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うちの坊っちゃん
しおりを挟む「…………はっきり言って暇なのよね……」
「………………それを言いにワザワザ私の部屋に来たんですか?」
目の前には不機嫌そうな雰囲気を醸し出しているわりには目以外が笑みを形作って、更には私が淹れた紅茶を優雅に飲んでいる器用な男がいる。なんと言えば良いのだろう。
──うん、うちの坊っちゃんとは大違い!
あ、間違えた。この人がうちの坊っちゃんだったわ……。
私、ミリアムがお世話していた養子とはいえ末弟であるルカ様とは大違いだ。あの子は近年稀に見る天使のような心を持っている。そこら辺の女の子よりも、いや妙に着飾った令嬢よりも遥かに可愛く、時折見せてくれる笑顔を見れば荒んだ心が消え去るような、そんな純白な坊っちゃんなのだ。
魔の手から守らねばっ! 男狂いとか少年性愛者とか色々な輩からと……。
──さて、この目の前にいる坊っちゃんは母が乳母をしていたので私とは乳姉弟の間柄なわけだが、はて……。私の乳弟は元来綺麗な顔をしているがこんなにも悪魔のような笑みを浮かべるやつだっただろうか……。確か以前までは体裁は保っていたから堕天使の笑みくらいだった気がするのだが? いつの間に悪魔へと進化したのだろうか──。
王都の家では幼い頃に水属性と言うこともあり、周りの目や言動が影響して反抗期と言うかグレてしまったのは仕方ない。しかしそれが早い段階でやって来てしまったのだから旦那様や奥様の嘆きと言ったら……。強いて言えば今ですら思い出したら嘆くのだから当時は相当だったのだろう。
「うーん、とりあえず暇だからさ? あんたの10歳の頃の服を全部出してよ。一応大事に取っておいてあるんでしょ?」
「あんたって……。えーっと、ミリアム? 君、そんなに口が悪かったかな?」
「煩いわねぇ! 私は暇なのよ! 可愛い、可愛い、超絶可愛い天使のルカ様付き侍女だったのよ? しかしいまや天使の侍女から偏屈になった爺の介護する侍女に……。私は爺の介護する侍女になるためにここへ帰ってきたんじゃないってのよ! さぁ、はよ!」
さぁ、服を出せとふんぞり返って言うと、どこからかバタバタと走ってきた母のローラにガンっ! と頭を殴られた。なぜ部屋にいなかったのに私が偉ぶって坊っちゃんに言ったのを知っているのだ──。
「グレン様、うちのバカが申し訳ありません」
「母様! なにするのっ!」
もう一発殴られて黙るしかなかった。こうなった母は暴力的……。大人しくしていた方が身のためかもしれない。
「ローラ……。あー、えっとミリアム? そんな昔の服を出せと言うことはもしかしてルカの服に作り替えるつもりなのですか?」
「そうよ? あぁ、フリルとレースをたっぷり贅沢に使った服を着たルカ様はきっと可愛らしいんでしょうね~っ! うふふ、楽しみだわぁ~!」
想像して思わずニヤけてしまうが、我慢できないので両手で頬を隠すように恥じらいながら笑っていると二人にジーっと見られていた。あ、しまった。ついつい想像のルカ様が可愛くて我慢できなかった。
「……確かにそうですわね……。グレン様、洋服を出してください。ルカ様が戻られた時に少なからず成長していましたら着る服がございませんので……。今ルカ様がお持ちなのは9つの頃の物でしたよね?」
「着る服か……。成程。ルカはなぜか服などに金を使いたがらないですから、自ら買ったり、オーダーをして作ったりすることはなさそうですね。……………………えーっと、たしかルカは13のはずでしたよねぇ……。なのに新しくリメイクする服は私が10の頃の服で果たして良いのだろうか──。あの年齢は成長が早いような気がするのですけど……」
その気持ちはよぉーくわかるわ! でもルカ様がミニマムサイズだから仕方ないんですよ。王都で年齢聞いてから身長などを見て母様とモニカさんが11歳の服を持ってきたらブカブカでしたからね! ルカ様はマジ痩せすぎ! 筋肉無さすぎ! 女の子みたいで可愛い。マジ可愛い! 以前、ヤト様も諦めた様子で俺とルカは成長が他よりも遅いのだと仰ってましたし? ルカ様は成長期無し! ──と見なしてもよくない? つまりは可愛い姿をたくさん見れるってことでしょ? それって凄く大事!
母ローラのこの家に帰ってきたときに着る服がないの一言で坊っちゃんの意識はルカ様の服へと移り、最近の定番となりつつある不機嫌だだ漏れな感じは何処かへと吹き飛んだらしい。先程まではとても面倒そうな顔をして立ち上がる気配のなかった癖に、動く気無しだったソファーと仲良しの重い腰はルカ様で軽くなったのか彼はスタスタとクローゼットとは別の収納庫へ歩き出した。
ルカ様マジック!
ルカ様はさすがだわぁ~っ! 離れていてもグレン様の機嫌を左右するんだもの。天使の遠隔操作ってやつなのかしら……。坊っちゃんが出してくれたと言うよりも収納庫の扉を解除してくれたので私と母様が葛籠箱を取り出すとそっと蓋を開けた。
「母様、うちの坊っちゃんはなぜこんなにもシンプルな服ばっかり……。子供服のデザインで大人が好みそうな主に刺繍のみのクラシックでなんともチクハグな──」
「反抗期だったからですよ。フリルのフの字やレースのレの字を見つけると一切着ませんでしたからね……。その点、ルカ様は何でも着てくださるからリメイクのしがいがあります」
「うん、君たち親子は私を貶してるのかな?」
ゴゴゴ……と効果音が聞こえ、坊っちゃ──グレン様を見ると先程のように目は一切笑わない悪魔の笑みを貼り付けていた。ちゃんと冷静になって思い浮かべて? 私たちは一切坊っちゃんを貶してませんよ? 目の前の服と思い出話をしてただけでしょう?
「仕方ない坊ちゃまですね……。あぁ! この服は坊っちゃまの瞳の色に近いですから私がとても可愛らしい服に変えて差し上げますね? 取り合えず希望だけは聞きましょうか……」
母はずいっと服を手に持ってグレン様の顔を覗き込んでいる。そして選択肢をあげたのだが気のせいかな……。私の耳には一つしかなかった気がするんだけど──。
母の選択肢は、
1、ジャケットの後ろ部分にフリルをたっぷり着けてドレスっぽくする。
2、ジャケットの袖口をフリルやレースで姫袖っぽくしてドレスみたくする。
3、シャツの裾にフリルやレースでロング丈にしてドレスっぽくする。
4、そもそも全てやりますけど構わないでしょう?
だった。ねぇ、これって聞く意味あったのかな──。しかも可愛くの部分が何か隠されてて違和感だったよ?
「ローラ……。ルカの瞳の色のリボンを付けてあげてくださいね?」
「心得ております。勿論、ズボンの裾も可愛らしくしますので」
──うん、母様も婆のせいで最近ストレス凄かったから笑みが黒いけどまぁ、いっか……。母様はウキウキしながら服を手に出ていった。
「それで、ミリアムはどんなのにするんです?」
「うーん、そうだなぁ~……。とりあえずこの青と薄黄色のラインのやつは黒いリボンやレースを使って……。このシャツは半透明のオーガンジーとかレースを使って可愛く。強いて言えばルカ様をグレン様が襲いたくなるようにちょっとエロチックに作るよ!」
「……は? エロチック……ですか? ルカが着るのに? 可愛く──ではなくてエロチック?」
おぉ、混乱してる。恐ろしく混乱してる! その顔ちょっと可愛いなぁ~……。フフフフフ……。そもそも私はシャツとして着るように作るとは言っていない。このシャツは比較的柔らか素材だから寝巻きにする予定なのだ。坊っちゃん、楽しみに待ってろや~っ! んで予想外の反応してくれるのを心待ちにしててやるわぁ~っ!
取り合えず全て貰っていくね~! と持ってきていた空のカゴに出してくれたものを全て押し込んで抱えると私は部屋を出ていった。うちのグレン様──いや、うちの坊っちゃんは血の繋がらない末の弟ルカ様を愛しすぎてるせいか、話題に出すと不機嫌さが軟化するからちょっとチョロい。今度、爆発しそうになったら出来上がった服を一つずつ見せていくことにしよう。ヤト様とルカ様が戻られるまでに屋敷が崩壊しないよう、時間稼ぎをせねばっ! ──あ、寝巻きだけエロくても燃えないかなぁ……。母様とモニカさんに勝負下着というかその時にふさわしい下着の相談をしようかなぁ~……。
フフフフフ……。グレン様とヤト様のルカ様との間に生まれるお子は男も女もどっちも超絶可愛いんだろうなぁ~……。出来ることならあの爺、婆が正気に戻ってくれるとありがたいんだけども、なんか直感的に──うん、無理かな? 無理な気がする!
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