上 下
35 / 57

秘密の特訓

しおりを挟む

 ゼノの家にしばらく滞在することになった初日。

「ねぇ、兄さん。まだ起きてる?」
「ヤト? まだ起きてますが、ヤトも寝ないとダメですよ?」

 ヤト。彼の本当の名前はナイトリンガーという16歳の第四王子殿下だった俺の弟になる予定の人。幼い頃にパーティで出会ったときのまま、やる気はなさそうなのに目は相変わらず曇らずキラキラしている。俺からしてみれば彼もまた可愛い弟なのだ。血は繋がらないが最愛の弟であるルカからしてみたら彼は他の誰よりも頼れる兄。それが最初、受け入れたくない事実だったのは否定しない。まぁ、今はこんなにも仲良しで、ライバルというよりも共有者といったところなのだろうか……。俺は自分とヤトの間でスヤスヤと寝ているルカの頭をそっと撫でた。

「ちょっとルカを抜きにして二人で話したいことがあるんだよね」

 とは言え、ベッドの周りはヤトが落ち着かないからと周囲を魔法の壁で覆っている空間なのでフットベンチに俺とヤトは座った。

「ちょっと試作品なんだけどさ……」

 そう言って手渡されたのは旅の時にヤトが目覚ましに使っていた厚めのプレート。色味が若干青くなったソレをそっと手渡された。

「俺さ? すごく嫌な予感がするんだよね」
「ヤト? 申し訳ないがそのヤトの言う嫌な予感と、このプレートを渡されることに理由と言うか何も結び付かないんだが……」
「俺ね? ルーに関してのみ勘が当たるんだよね……。でも、一番大事なときに俺は間に合わなかった。俺の目の前で、俺の腕のなかで、守りたかったルカは死んだ。俺はルーを守れなかった。もうそんな思いは嫌だ。あんな生きながら死んでるみたいなそんな日々は嫌だ。だから、兄さんがいれば俺が一人増えるようなものだから今度こそルーを……。ルカを守る」

 決定事項のような言葉に一瞬息を飲んだ。殿下は、いやヤトは本気なんだと──。

「だからもしものためにコレ渡す。そう言うわけで使い方を兄さんはちゃんと覚えて……。ルーが寝たら毎日教えるから……。コレ、たぶん誰にも見せない方が良いヤツね? パパさんにもママさんにも誰にも……。俺と兄さんの秘密──ね」

 ソレからというもの短文を送る練習をしている訳だが、コレは本当に便利だと思う。例えば敵地に攻め入る時に部隊を別けるときの連携するときに便利だろうし、後方部隊への指示も自らできる。あぁ、でも騎士団は脱退したから意味ないか……。
 ヤトがいうには短文を送る機能はメールというらしいのだが、画面の表記はチャットなのだと言う。えーっと、どっちなの? 聞きたいけど聞いてもわからなそうなのでここは敢えて「そうなんですね」と言ったが聞いた方が良かっただろうか……。たぶん、これはヤトやルカのいた文明のものなのだろう。これがこの世にあったら仕事も随分と楽なはずなのだ。
 ブーンブーン……と小さな音を立ててプレートが震える。えっと、画面と言うのだろうか。そこにはヤトからの短文が書かれていた。

「はっ!?」

 思わずヤトを見つめてしまった。しかしヤトに冷静な、そして小さな声で練習も兼ねてるから返事は打ち返す……と言われた。………………あー、そうだった。すぐ側でルカが寝ていたんだった。しかし画面に目を向ければそこに書かれた文字に目を疑ってしまうのは仕方ない。

【ねぇ、アンドレアさんってさ? ゼノさんの事、好きなの?】
【アンドレアにそう言ったことを相談されたことも、他の人からの噂話も聞いたことありませんが? なぜそう思ったんです?】

 せっせとまだ慣れない文字の入力をして返事をするとすぐに返事が戻ってきた。いやね、その。何なのだろうか……。ヤトのその速い返事は……。そして返ってきた文章を確認するとそこには【えー? でも馬車の中でゼノさんを熱っぽく見つめてたし、隣にずっと座ってたし? しかも一緒のベッドに寝てなかったっけ?】と……。うん、確か俺とヤト、ルカが一緒に寝てるのに俺らが伸び伸び寝るのは申し訳ないとか言って一緒に寝てたような……。えっ、えっ!? まさかの口実だったの? ゼノと寝るための口実だったの!? え、あのアンドレアが?

 あのアンディがっ!?


   ◆


 そんな懐かしい事を思い出しつつ、静かな家、部屋で俺は一人で居る。

「グレン様」
「食事は全てこの部屋へ。ソレが無理ならば食事は不要です」

 困った顔をした侍従を「出ていけ」と無言で廊下へポイッと追い出すと部屋には自分一人きり。もう自分でやることに慣れてしまったお茶を淹れ、ソファーにドカリと座る。
 一緒に旅をして来た家族達は全て祖父母付きにされ、祖父母に付いていた者は父上、母上、俺の監視も含めて交換となった。乳母のローラ達侍女は祖母付きになったがそつなくこなし、言われたことしかしない木偶と影で言われていたか……。まぁ、母上の髪は旅の間で自分で出来るようになったから、髪は艶々のままなのは良かったのかもしれない。王都に居た者全てが少なからず……。いや、かなりルカの恩恵を受けている。体を綺麗にするだけだったクリーンの改善や、個々の能力に応じた魔法の改善。特に生活面だ。
 しかし祖父達はそんなルカを追い出したから全員が結託してなにもしないことを選ばせた。つまりはある種のボイコットである。おお元締めはきっと俺。なんと言うべきなのか、父上や母上はわからないが皆がボイコットしたのだから俺も似たようなことをしておくべきだと判断し、この部屋に父上と母上。ローラ達以外を立ち入らせるのを拒んだ。率先して美味しくもない食事をとらないことを心配した父上が、夜だけこの部屋にきて一緒に食事を取るのを祖父からもぎ取ってきたと笑っていたのが最近のニュースだろうか。もぎ取るって勝手に来れば良くないか? と思わないでもない。でもこんな生活を我慢できているのはルカに付いていったヤトからの定期連絡があるからだ……。
 しかし、住む場所を見つけた報告から数ヵ月。ここ最近の連絡事項は何だか楽しそうだ。植えた野菜の種から芽が出たよ~とか、ボートで釣りしたよ~とか……。2人の現状は殺したいくらいに充実した生活だと言うことだろうか──。

「はぁ……。ルカとデート出来ませんでしたねぇ……。父上も、俺も……」

 自嘲気味に呟くとボーッと天井を見つめた。


 ルカ、今すぐ君に会いたい……。

 ルカをギュッと抱き締めたい。

 あの可愛い笑顔が見たい。


 何よりもルカを愛したい──。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

異世界の親が過保護過ぎて最強

みやび
ファンタジー
ある日、突然転生の為に呼び出された男。 しかし、異世界転生前に神様と喧嘩した結果、死地に送られる。 魔物に襲われそうな所を白銀の狼に助けられたが、意思の伝達があまり上手く出来なかった。 狼に拾われた先では、里ならではの子育てをする過保護な里親に振り回される日々。 男はこの状況で生き延びることができるのか───? 大人になった先に待ち受ける彼の未来は────。 ☆ 第1話~第7話 赤ん坊時代 第8話~第25話 少年時代 第26話~第?話 成人時代 ☆ webで投稿している小説を読んでくださった方が登場人物を描いて下さいました! 本当にありがとうございます!!! そして、ご本人から小説への掲載許可を頂きました(≧▽≦) ♡Thanks♡ イラスト→@ゆお様 あらすじが分かりにくくてごめんなさいっ! ネタバレにならない程度のあらすじってどーしたらいいの…… 読んで貰えると嬉しいです!

傾国の美青年

春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。

爺ちゃん陛下の23番目の側室になった俺の話

Q.➽
BL
やんちゃが過ぎて爺ちゃん陛下の後宮に入る事になった、とある貴族の息子(Ω)の話。 爺ちゃんはあくまで爺ちゃんです。御安心下さい。 思いつきで息抜きにざっくり書いただけの話ですが、反応が良ければちゃんと構成を考えて書くかもしれません。 万が一その時はR18になると思われますので、よろしくお願いします。

処理中です...