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可愛い義弟② 1

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 思い返せばあの日から俺の目に見える世界はモノクロからカラーへと変化した……。そして短時間というか一瞬、刹那とでも言うべきか……。ルカと出会ったことでこんなにも光に満ちた色鮮やかな世界へと変貌するとは思わなかった──。



 幼いあの日、魔力検定をした日から一瞬にして光を失い、色も褪せ、モノクロームの世界になった。自身の魔力が水属性とわかったその日、俺の世界は反転したのだ。他国はどうなのかは詳しくは知らないが、この国は水属性は軽視される。周辺に生息するモンスターが異常に強いこの国で水は液体だから魔法を使っても倒せないと言う理由からだった。


 水属性は非国民。人となりよりも魔法の属性。


 そんなことを言う同世代の貴族の子息令嬢も多く、伯爵以下の者は俺にはなにも言わないが公爵、侯爵の子息令嬢は俺に消えろとまで言ってきた。俺としては帝国と比べてもこの国の貴族はほぼクズだと思っていたし、未練もなにもないから領地に引きこもっても良かったのだけれど……。一応、父上の仕事もあるし両親にもその事はなにも言わなかった。ただひたすら我慢していたのは他にも理由があって、ランドルフ領の次代である俺が水と地の属性だと判明したその日から王都や他の領地から徐々に水と地の属性をもつ平民や商人等が押し寄──領地に集まってきたのだ。俺の属性が判明した時点で父上は領民が増えることも見透していたらしく、てんてこ舞いと言うわけではないがかなり忙しそうだった。俺も学校が終われば王都にある別邸で幼馴染みのゼノとアンドレアと一緒に中庭でヨハンの指導のもと剣の練習をし、空いた時間は勉強に当てていた。お陰で俺もゼノもアンドレアも成績上位で尚且つ父上に夜になったら領地の勉強がてら大事な書類なども見せてもらっていた。そんな淡々とした日々のなか、精神的苦痛から何度も死にたい、楽になりたいと思ったことはあったけど、こうして第四騎士団の団長へ就任もした。
 就任直後の頃は団員とも本当に色々あったけれど、勝負を挑んできた団員を完膚なきまでに手加減はせず叩きのめした。うん、まぁ、ストレス発散に役立ったのは言うまでもない。それに俺の側近であるアンドレアやゼノに怪我をさせるわけにはいかないし、でもこの騎士団は有事の際は斥候部隊にもなるのに弱いのもどうかと思うしね……。うん、ストレス発散をかねた稽古としよう。
 とりあえず全員を倒したくらいの月日が過ぎた頃には複数の団員から認められたのか表面上は穏やかには暮らせるようにはなっていた。
 ゼノに言わせるとまだまだ無表情ではあるみたいだけれど……。

 そんなある日、この国の王から呼び出しがあった。

 幼い頃からこの王の目が視線が本当に気持ち悪くて嫌悪しかないが仕方ない。なんと言うかネットリした──というか、ジットリとまとわりつくような──……。なんと言ったらいいのか……。とにかく気持ち悪いとしか言えない。俺の体が大人へと成長するにつれ、その視線は余計に酷くなっていく。そうしたらアンドレアがいつだったか……。俺にボソッと耳元で言ったんだ。


 グレン。絶対に、絶対に! 王とは一人で会ったらダメだ。出来れば俺やゼノではなく、ハイネ様と一緒に会うようにしろ。あれは、あの目はお前を狙っている目だ。そろそろ本気で狙い始めてる気がするからお前のためにも一人で会うのはやめておけ。


 ──と。……いや、本当なのだとしても怪談話並みに怖いことを忠告だとしてもストレートには言わないでほしい。気持ち的にはこう……薄い布で包むようにやんわりとした表現をお願いしたい。なんというか国王には現在進行形で様々な鬼畜でゲスな伝説というか噂話があるのだ。そんな事を思い出しながらも今回の任務。仕事の説明を聞くのだが、宰相が俺達に説明をしているにも関わらず、やはりと言うか……。

 国王の方から気持ち悪い視線を物凄く感じる。

 王は見ている人の服が透明に見える力でも持っているのか? ──と冗談でも思ってしまうほどに食い入るような視線をぶつけてくる。任務の説明よりも舐めるような視線のみにストレスをかなり増やされたのは言うまでもない。


   ◆


 向かった先は王都から東南にある離れた領で起きている誘拐事件。そしてそこで俺の唯一無二と言える子を見つけた。あの子に一般常識と言う偏った記憶がないせいもあるだろう。水属性の俺を色眼鏡でなく、俺を俺として、一人のちゃんとした人間として見てくれる存在。
 奴隷商人に捕まっていた彼を助けたその日、彼だけ身元が不明で彼も身内はいないのかもと言っていた。

 ……なら、君のこれからを少しだけもらってもいいのかな……。

 そんな不謹慎なことが頭に一瞬だけよぎった。ただソレと同時に邪な感情にひどく敏感なアンドレアに睨まれたのだけれど──。

 他の捕まっていた子達は近くの村の教会に少しの寄付を渡して一日だけ預かってもらうことにし、身元不明の彼は手元に置くことにした。夜ご飯を食べている時に騎士団員達も可愛らしい彼を可愛がり始めたのに少しモヤっとするというかイラっとするというか……。とにかく団員達は彼が痩せているせいかミルクや肉を持ってきてたくさん食べさせようとしたり、なにかと気にかけているようだ。全員が食べ終わって皆思い思いに焚き火を前にして話をしている時に彼、ルカは側にゼノやアンドレアもいるのにも関わらず俺の膝へと倒れてきてスヤスヤと寝息を立てて寝てしまった。

 寝顔も可愛いなぁ……。

「おや、こちらか思っていたよりも疲れていたのかな? 眠ってしまったみたいですね。……外は可哀想だから私も休ませてもらうよ。アンドレア、あとは頼むね? おやすみ」

 心地良さそうに寝ているルカを抱っこしてテントに連れ帰ったのだが──。

「おい、グレン?」

 何故かアンドレアはテントについてきたのでルカを横にさせて向き合うと彼はなんとも言えない顔をしていた。

「グレン。なんつーか、ルカを気に入ったみたいだがとりあえず今はなにもするなよ? 絶対に!」
「しませんよ。あ、でも丁度良かった。アンドレアも少し手伝ってくれますか? 先程、ルカが馬車に轢かれたと言っていたのが気になりまして、怪我がないか確認しようと思ってたので手伝ってください」

 ニコッと笑みを見せて言うとアンドレア……いや、アンディはため息をついて手伝ってくれた。

「怪我は特になさそうですね……。まぁ、あの元気な感じからして大丈夫とは思ってましたけど……。うーん……。と、なるとやはり回復されてから売られたんですかねぇ……」
「そうなのかもなぁ……。それにしても着やせしているだけかと思ったんだが、この子は普通に痩せすぎだな」
「明日の朝はたくさん食べさせた方がいいですかねぇ……」

 そっと脱がせた服を元に戻すとアンディはガリガリっと頭を掻いていた。俺と同じこととは言わないが、彼は彼でルカに対して色々思案しているんだろうな……。悪い方から良い方まで幅広く──。

「とりあえず明日の早朝にあの商人達を村から引き取って王都へ送るんでしたね。隊の半分はいなくなりますから、アンディ? お前もそのつもりで──」
「それに関しては言われなくともわかっている。村の方も怪しい報告は今のところ無いしなぁ……。それで? お前は今のところルカをどうするつもりなんだ?」
「どう……ですか? うーん、そうですねぇ……。本当に彼に身内がいないのであれば私の弟か、私の侍従。もしくは従者にでもしますかね……。あ、それならば父上に手紙を書いてジェラルドに託しましょうか……。あ、そう言えば父上には遠征に出る前に困ったことがあれば手紙を寄越せといってましたから丁度いいですね」

 ニヤリと笑うとアンディは「ハイネ様はそう言う意味で言ったんじゃないと思うぞ」と言ったがそんなことは関係ない。だって困ったことがあればと言ったのは父上の方なのだ。

 なので「あぁ、困った困った。困ったなぁ……」と、冗談で口に出してみた。するとアンディは俺の聞く耳持たずな態度を見て肩を少し竦め、そして苦笑いというか小さく笑うとテントから出ていった。どうやら俺の横暴を見逃すというよりも責任を持つなら好きにしろと言いたいようだ。

 父上に例え困ったことが起きたとしても手紙など書く気は一切なかったのだが、外堀を埋めるためにも情報を共有した方が話の進みは早いだろう。明日、早朝に出発する部下に託すためにレターセットとペンとインクと言った必要な道具を荷物から取り出して台にセットするとペンを手に持った。

「んっ……。ぅん……ネコぉ~……」

 猫? 突然の可愛い声に振り返ってみれば猫と遊んでる夢でも見てるのだろうか、微笑んでいるようなルカがとてもじゃないが男の子とは言えない可愛い顔をして寝ていた。思わずもっと見ていたいな──と思い、体の向きを変えて近くで寝顔を見ながら思案する。手紙を読んだ父上が気になってしまうように文章を構築するために……。そしてその内容の中に俺の素直な気持ちもちゃんと織り混ぜて書き始める。

 きっと父上なら、母上なら絶対に気付いてくれるはず──。

 手紙を書き終え、インクを乾かすために魔法を使うと今一度手紙を読み返す。そして自分の中でオーケーを出すと封筒へしまい、封蝋を押して完成させるとそっと上着の内ポケットにしまった。
 寝台では本当に気持ち良さそうに寝ているルカがいて、彼の頭を撫で、頬を撫で、そっとルカを抱き締めながら毛布にくるまった。温かい。これが子供の体温。いや、人肌の温もりというものなのだろうか……。

 早朝、安心しているのかスヤスヤと眠っているルカを起こさないように抜け出すと出発準備をしていたジェラルドに声をかけた。

「ジェラルド、すまないが王都についたら父上にこの手紙をジェラルドから直接手渡してもらえるかな?」
「ランドルフ伯にですね? 畏まりました。肌身離さず確実にランドルフ伯に手渡します」

 ジェラルドはとても真面目でこんなときはとても心強い。絶対に父上の手に渡る前に読んだり、他の人に手渡したりしない。まぁ、封蝋があるから読まないとは思うけど……。

「頼みますね」
「はっ!」
「道中はモンスターに気を付けて進むんですよ? 荷物を中心に陣を組み、確実に生きたアイツらを引き渡すのが使命だと言うことは忘れないように。そしてジェラルド、君も無理はしないように」
「はい! ありがとうございます、団長!」

 一緒に見送るためにいたゼノは隣で手を振っていた。

「なぁ、グレン? もしかして今日も、今日とてモンスター狩りに行くつもりなのか?」
「何を言っているんですか? 仕事の一貫なのだから当たり前でしょう? 確か村にボアの被害が出てましたからね」

 クスクスと笑っているとゼノはなんとも言えない顔をしていた。そんなにモンスターを討伐するのに反対なのだろうか……。

 ボアの肉は村の方にも寄付する予定なのだけれど……。





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