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33. 天才の気まぐれ

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ダスティンは、日中の仕事が終わった後まっすぐビクトールの研究室に駆けつけてくれた。ビクトールは礼を言ったがそんなことはどうでもいいという様子で、ダスティンは厳しい表情で切り出した。

「手伝うとは言ったが、その前にお前の真意を確認したい。この魔法薬は一体誰のためのものなんだ?」

やはりそう来たか。いつまでも隠し通せるものではない。ビクトールは観念したようにため息をつきながら答えた。

「リリアーナ・オズワルド公爵令嬢です」

なぜビクトールが王室とも繋がりの深い公爵家の令嬢と知り合いなのか? しかも王太子と婚約までしていた人物と? ダスティンは訳が分からず混乱したが、それは後で聞くことにして、まず確認しなければならない方を優先させることにした。

「あの母娘の間に何かあるのか?」

「その通りです。でも動きを予測されていたとは思いませんでした。アレクサンドラの手紙を見せてもらえますか?」

ビクトールは、ダスティンから1枚の紙を受け取った。流暢な筆跡で難しい謎を解いた者への賛辞の言葉から始まっている。しかし、ビクトールはこれが挑戦状のようなものに見えて仕方なかった。

「これを読む限り、自分が仕掛けた謎を解明できる者は現れないと自信を持っていたようだな。それでも一縷の望みをかけてこの手紙を書いた。簡単にバレたくはないが、自分と同じ高みに到達できる同士を心のどこかで求めていたということか。一見矛盾する思考だが理解はできる。頂点に立つ者は孤独でもあるんだよ」

ダスティンは呟くようにそう言ったが、ビクトールは分かるような分からないような心持ちだった。

「アレクサンドラ・オズワルドは優秀な魔法使いだったと聞いています」

「ああその通りだよ。俺も詳しいことは知らないが、今でも生きていれば並ぶ者なしだったと言われている。だから娘があんなんだと知った時はショックだったろうな」

それはリリアーナ本人からも聞いた。彼女が今までに晒されてきたプレッシャーの大きさが分かる気がする。

「アレクサンドラ・オズワルドは、かつてあの禁書庫に足を踏み入れたことがある。そこでお前と同じ目的で調べものをして、あの手紙を本に挟んだ。まあ、手紙はほんの悪戯心だったんだろう」

「……悪戯にしては手が込んでますね。手紙を読んでくれる者がいたとしても自分が知りようないのに」

「まあ、そこは天才の気まぐれってとこかな。現に俺たちは彼女の思惑通りこうして振り回されてるじゃないか。今頃してやったりと思っているかも」

ビクトールは、リリアーナと同じ金髪で青い目を持った美女がにんまり笑っているのを想像して、思わずぶるっと震えた。

「更に癪に障ることに彼女、この手紙の中に俺が何度やっても失敗した魔法薬の正確なレシピまで書いてくれてますよ。『ここまで来られたあなたへのご褒美です。きっとこれが知りたいのでしょう?』ですって。クソッ、どこまで思考と行動が読まれてるんだ!」

確かにアレクサンドラの手紙には、ビクトールが先日禁書庫から持ち出した魔法薬のレシピの完全版が書かれていた。まだ試していないがきっと正解なのだろう。同じ魔法使いとして、ビクトールはプライドが傷つけられたような気持ちになった。

「まあ、これを鵜呑みにせず俺達でも考えてみよう。そのために来たんだから」

こんな時でもダスティンは冷静だった。

「それにお前の才能がもったいないんだ」

ダスティンは小声でぼそっと呟くように付け足したが、それだけで十分真意は伝わった。ダスティンは才能と言ったが、本当はビクトール自身を心配してくれている。そのためにわざわざ手伝いを申し出てくれたのだ。

ダスティンと話し合い、当面の目標を再確認する。一番大事な目的はリリアーナを救うことだ。このままでは確実に彼女に影響が及ぶ。そのための王太子救出であって、ルークの安否は正直どうでもよい。しかし、王太子を助けなければ事態は収束しない。死んではいないのだからどこかに解決の糸口があるはずだ。

「これから仕事終わりに毎日ここに通うよ。普段は魔法技術省の仮眠室が俺の家だったけど、これからはここで寝泊まりさせてもらう。お前は毎日家に帰らないといけないんだよな。まずはアレクサンドラのレシピで一つ作ってみよう。レシピを知っていても難しいことには変わりがない。何度も失敗する覚悟はしておかないといけない」

事態は何一つ好転しないが、それでも孤独だった闘いに仲間が加わったことは大いに励まされた。ビクトールは「お願いします」とダスティンに頭を下げた。

**********

フローラは、杖を手にしたまま孤児院の敷地の前で仁王立ちになっていた。ようやく居場所を見つけた。リリアーナがここに匿われていることは分かっている。この孤児院にたどり着くまでにずいぶん時間を浪費してしまった。

ドブネズミの特待生はずっと欠席したまま行方をくらましているし、オズワルド家も娘の居場所がつかめないの一点張りで、なかなか糸口が見つからない。取り巻きの一人のカイルが最近ドブネズミと接触しているという情報を入手したが、それ以上の収穫は得られず、自分に対してはフレンドリーな態度を崩さないのがまた腹が立った。

これだけ掘っても何もつかめないのは、彼らは何かを隠していると逆に証明しているようなものだ。隠しているからこそこちらを警戒して対策しているのだ。しかし、そこまでは分かっても証拠がなければ何も手出しができない。フローラは、しばらくの間随分とやきもきさせられた。

しかし、解決の糸口は意外なところからやって来た。とある社交の場で、最近慈善訪問を断っている孤児院があると誰かが言っていたのを小耳にはさんだのだ。その時は聞き流したが、孤児院なんて貴族からの寄付がなければ成り立たないのに、どうして訪問を断っているのだろうと後で思い直した。ここまで考えた時何かが閃いた。自分の勘の鋭さが誇らしく思える。フローラはその時のことを思い出して一人ニヤニヤと笑った。

ここまでは完璧だった。だが、いざ孤児院の前まで来たところで新たな問題が発生した。敷地周りに何重にも渡って防御魔法が仕掛けられている。どうやら一人の手によるものではないらしく、織物を織るように複数人の手で魔法が複雑に入り組んでいるのが分かった。さすがのフローラでも歯が立たない。それでも人の出入りはできるのだからどこかに綻びがあるはずだ。フローラはその場でじっと立ち尽くしたまま考え込んだ。

「フローラ様!? もしかしてフローラ様ですか?」

突然名前を呼ばれてフローラはびくっとして慌てて杖を懐にしまった。孤児院の窓から思わぬ人影を見つけたデボラが驚いた様子で飛び出して来たのだ。

「あなた、私のこと知ってるの?」

「もちろんです! だってあなたとルーク殿下のファンですもの! お二人の姿絵をベッドに貼って毎日寝る前にお祈りしてるんです! まさかこんな場所でお会いできるなんて夢みたいだわ! でもどうしていらしたんです?」

痩せぎすで器量もぱっとしない孤児の少女が目を輝かせてキャッキャッ喜ぶのを見ても、フローラは白けた気持ちしか湧かなかった。しかしあることを思いつき、天使のような笑みを浮かべながらデボラに優しく話しかけた。

「ねえ、ここにリリアーナ様はいらっしゃるかしら? リリアーナ・オズワルド様」

「ええ、いますけど。彼女がどうかしたんですか?」

デボラは純粋に疑問に思ったようでキョトンとした顔をした。やっぱりだ。フローラは心の中で快哉を叫んだ。

「ちょっと用があってここに来たの。私のことを案内してくださる?」

ようやく中に入れる方法を思いついた。敷地全体を取り囲む防御の魔法は、普段から孤児院に出入りする人間には適用されていないはずだ。それならこの少女と一緒に入ってしまえばいい。この少女と友好関係を築いておけば魔法にひっからないはずだ。フローラは自分の運の良さに感謝した。

「あいつ絶対何かあると思ったんです。見た目も性格もきついし、何から何までフローラ様とは正反対ですもの」

興奮気味に話すデボラを見て、フローラはこれなら予想以上にうまくいくと確信を持った。

「私もリリアーナ様のことは信じたいわ。でも過去にルーク殿下とトラブルがあったのは事実だし。これ以上殿下が苦しむ姿は見たくない。もしリリアーナ様がこの件に無関係ならコソコソ隠れてないで出てきて欲しいわ。私からもお願いしたいと思って」

フローラ様は何てお優しい方なのだ。こんな時でさえあのクソビッチを信じたいなどと言うなんて。そんな価値もない女なのに。デボラは、目を潤ませながら話すフローラを見て、ますます心酔の度合いを高めていった。

「ぜひ! 私でよければ案内します! フローラ様のお役に立てるなんて光栄だわ! みんなに自慢しちゃおう! あの女をどうか懲らしめてやってください!」

ぱっと輝く笑顔で建物の中に案内するデボラは気付かなかった。その時フローラが顔を歪ませてほくそ笑んでいたことを。こうしてフローラはいとも簡単に孤児院の中に入ることができたのだった。





**********

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