【番外編完結】婚約破棄された令嬢は忘れられた王子に拾われる

雑食ハラミ

文字の大きさ
上 下
52 / 55
5.外伝

外伝① ロジャーの結婚09

しおりを挟む
婚約お披露目パーティーは成功に終わった。皇族に近い貴族を中心に集められたパーティーでレティシアが認められたのは非常に喜ばしいことだった。しかし、肝心なことを忘れていた。レティシアはただの風除けに過ぎないのだからここまで真面目にやる必要はなかったのだ。真面目にやればやるほど婚約破棄がしづらくなる。ここに来て、まずい事態に陥ったことに気が付いた。

ロジャーに相談してみたものの、彼はまともに取り合ってくれなかった。

「誰に何を言われようがすぱっと切っちゃえばいいんだよ。しばらくは何だかんだ言われるかもしれないが、みんな飽きっぽいからそのうち忘れていく。しかもレティにとっては箔が付くとも言えるんだぞ」

「箔? どういう意味?」

「あのロジャー皇太子の元婚約者ということでしばらくひっぱりだこになる。別れる時レティに不利になるようにはしないから、『あの皇太子を振ってやった女性』として株が上がる。寄付を集めやすくなって別の学校を建てられるかもしれないし、生かし方はごまんとあるよ」

ロジャーはうまいことを言ったつもりだろうが、レティシアは賛成しかねた。

「私は、ピンチをチャンスに変えるような器用な生き方はできないわ。もうこれ以上目立たないほうがいいと思うんだけど……」

もじもじしながら答えるレティシアを見て、ロジャーはしばらく考えた後、意外なことを口走った。

「それじゃあ、本当に結婚するか?」

いきなりこの人は何を言い出すのだ。レティシアはぽかんと口を開けたまま彼を凝視した。自分はうるさい外野を黙らせるだけのただの風除けに過ぎないのに、本物の皇太子妃が務まるわけがない。先日のパーティーは精いっぱい背伸びした結果だ。あれが普通と思われては困る。彼には、もっと才色兼備で家柄も財産も後ろ盾もしっかりした令嬢がふさわしい。自分のような女で妥協して欲しくはない。そんなことが頭の中で渦巻いたままどう言ったらよいものか言葉を選んでいるうちに、ロジャーがアハハと笑い出した。

「ごめん。今のは冗談だ。気にしないで」

ロジャーが伏し目がちに言ったので、レティシアはほっとした。皇太子なのだから軽々しく結婚などと口にしないで欲しい。

「それより契約期間まであと一ヶ月切ったけど、何か思い出作りでもする?」

ロジャーは気分を切り替えるように明るい調子で言った。あのお見合いから間もなく半年になるのか。始める時はずっと先のことだと思っていたが、実際はあっという間だった。気付けば、学校の資金を援助してもらったり、美しく変身させてもらったり、様々な場所に連れて行ってくれたりと至れり尽くせりだった。それに比べ自分は彼の役に立てただろうか。風除けの役割だけでは申し訳ない気持ちになってきた。

「私の方はもう十分すぎるほどいただいたから、今度はあなたが決めて。たまにはあなたの希望を教えてよ」

軽い気持ちで言ったが、ロジャーには難しい質問だったらしく、しばらくうーん、うーんと悩んでいた。やっとのことで出した結論はレティシアにとって意外なものだった。

「普通の恋人がするような気軽なデートがしたい。繁華街を食べ歩きするとか。レティは屋台の食べ物平気? 貴族のお嬢様の中には衛生的でないとか言って敬遠する人もいるけど?」

「ええ、別に平気よ。余り食べる機会はないけど、全くないわけではないし。でもそれでいいの?」

「いいんだ。じゃあ約束な。こちらもお忍びの格好で行くから」

しかし、その約束が果たされることはなかった。間もなくして、王宮を揺るがす大事件が起きたからだ。先日パーティーで仲良くなったばかりのディーン侯爵が、爵位をはく奪されて遠方の島に流刑に処されたという知らせを聞いたのは、それから1週間後のことだった。

**********

レティシアがその知らせを聞いたのは、自宅で刺繍をしていた時だった。父がどすどす音を立てながら居間に入って来て、どかっとソファに座ると新聞を広げて読み始めた。そして新聞に顔を突っ込んだまま「王宮が大変そうだな。ディーン侯爵って知ってるか?」とレティシアに聞いて来たのだ。

「今、何て言った? ディーン侯爵ですって?」

そして父から新聞を奪って記事を読むと顔が真っ青になった。

「まさか、流刑なんて信じられない。何かの間違いとしか思えない」

だってつい先日はあんなに快活に笑っていたのに。余りの急転直下の出来事に頭の処理が追い付かなかった。

混乱した頭で新聞を読んでもはっきりしたことは分からなかった。中央省庁に勤める侯爵の息子が公金を横領して皇族と縁の深い公爵令嬢を篭絡したらしい。それならなぜ本人でなく親が処罰されるのか。家にいても埒が明かないので、レティシアは王宮へ出向いて直接聞くことにした。

頭に血が上ったまま行ったので、ロジャーが留守にしているかもしれないということは考慮していなかった。王宮に着いた後でしまったと後悔したが、幸いロジャーは王宮にいた。手放せない仕事があるのでしばらく待つことになったが、1時間くらいして彼は姿を現した。

「新聞でディーン侯爵のことを知ったわ。一体どういうことなの? なぜ息子の罪を父親が被らなくてはならないの?」

ロジャーは沈痛な面持ちだったが、淡々とした口調で答えた。

「侯爵の息子は界隈では有名なドラ息子だった。若い時からギャンブルに明け暮れ借金を作ったり、メイドに次々に手を出して婚外子を作ったり。ただ亡き母の縁者ということで、父である侯爵が監視するという条件で大分大目に見てもらっていた。そこで今回の件だ。本人には当然重い処罰が下ることになるが、侯爵が自分が目を離したせいだと申し出て、自分も罪を被る代わりに息子の命だけは助けて欲しいと嘆願した。当然父は反対したが、根負けして侯爵の望み通りにしたってわけだ」

「なんで!? なんでそんなことをするの? ドラ息子なら放っておけばいいじゃない!」

レティシアは憤然として叫んだが、ロジャーは諦めたようにかぶりを振った。

「息子に甘いという向きもあるが、それより一族の中から死罪となった罪人を作りたくなかったんだろうな。貴族は爵位を子孫に受け継いでいくのが仕事だ。先祖からいただいたディーン侯爵家の血筋と名誉を守るために選んだのがこの結果だと思う。爵位は傍系に受け継がれることになるが、少なくとも家は守った形になる」

「でも……! 流刑先の島なんて何にもないところだわ。満足な医療も受けられないだろうし、あのお年では余りにむごすぎる……!」

「死罪を覆すにはそれなりの代償が必要なんだよ、いくら侯爵でも。そうでないと周りに示しがつかない。今回のことは侯爵自ら申し出たことだ。皇帝も俺も当然そんなことはしたくなかったが仕方なかった」

「そんな……侯爵のお宅に伺う約束もしていたのに……」

レティシアははらはらと涙を流した。そんな彼女の肩をロジャーはそっと抱いた。彼の方が傷ついているに違いないのに、それでも自分を慰めてくれる優しさが温かかったが、涙はとめどなく溢れ続けた。

**********

しかし、それ以来ロジャーの態度が素っ気なくなった。パーティーの前は何かと理由を付けてレティシアに会いに来たのに、ディーン侯爵の件があってから何となく避けられている気がする。別に気まずいこともなかったはずだ。レティシアは色々考えたが、思い当たる節がないので本人に直接尋ねてみることにした。

「別に、何ともないよ」

忙しそうにしているところを何とかつかまえて聞いたのに、余りにもぶっきらぼうな答えだった。これで納得するはずがない。

「あなた、こないだのディーン侯爵のことがあってから様子が変よ。何があったのか教えてくれなきゃ私ここから動かない」

レティシアは腰に手を当てて胸を反らせて言ったが、ロジャーはうっとおしそうな視線を向けた。

「そっとしておいて欲しい時にあれこれ詮索されるのは嫌なんだ。今は仕事で気を紛らわせている時期だから放っておいて欲しい」

人が心配して聞いているのにその言い草はなんだ。レティシアはついかっとなった。

「侯爵も心配してたのよ。あなたが無理していつかぽっきり折れるんじゃないかって。だから私も何か力になれることがあれば協力したいの——」

「どうせもうすぐいなくなるくせに知った風な口を聞くな!」

レティシアの前でロジャーが声を上げるのは初めてだった。余裕綽々の態度で常に自分が優位に立っていると見せつけるのが常なのに、こんなに追い詰められた彼は見たことがなかった。

「みな俺の前からいなくなるんだ。それなのにこれ以上人の心に入り込まないでくれ! 人に頼ることを覚えたら弱くなってしまう。俺は弱くなるわけにはいかないんだ。頼むから出てってくれ! 出てけ!」

最後は怒鳴る勢いだった。元々威圧感が強いのに更に怒鳴られたら委縮しない者はいなかった。レティシアは頭が真っ白になったまま逃げるようにその場を去ることしかできなかった。それ以来彼に会えなくなった。会えないまま契約期間の半年が終了した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...