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5.外伝
外伝① ロジャーの結婚02
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「いやー、よかった。殿下がお前を気に入ってくれて。正直余り期待はしてなかった」
「あなた、なに言っているのよ! 私はレティならうまく行くと思ってましたよ! 3日後にまた王宮に行くんでしょう?」
父と母はほくほく顔で家に帰って来た。その後ろから着いて来たレティシアが、やや固い表情であることにも気づかないくらい両親は浮かれていた。地味で期待外れの娘が皇太子の婚約者になれば確かに喜ぶのも無理はないだろう。しかし、そんなうまい話がこの世に存在すると思っているのか、レティシアは両親が不思議でならなかった。
話は数時間前に遡る。ロジャーはレティシアに声を上げられて、初めて彼女を認識したようだった。
「確かに写真では内面は分からないな。じゃあ君の内面を教えてくれ。君はどんな人間なんだ? 何が好きで何が大事に思っているのか?」
「そのっ……すいません! そんなつもりじゃ……」
レティシアは、ついかっとなってしまったことを反省した。不敬と受け取られても文句は言えない。
「いや、怒ってないよ。君は自分から進んで来たのではないだろう? 実は俺もなんだ」
「そう……なんですか?」
自分に興味がないと言われたも同然だが、彼女自身ロジャーに気に入られたいという気持ちはなかったので不快に感じることはなかった。
「正直に話してくれ。両親に言われて来たのか?」
ロジャーにまっすぐ見つめられて質問されたら嘘なんてつけない。気づくと、レティシアは全て打ち明けていた。自分は結婚願望がないこと、その代わりに学校を作りたいこと、家の財政状態が悪いせいで見合いをしなければならないこと。
ロジャーは黙って聞いていた。話し終わったあとで初対面の人間にしゃべり過ぎたと反省したが、彼の方は気にする様子はなかった。最後まで聞いたロジャーはいたずらを企む子供のような笑みを浮かべて驚くべき提案をした。
「全部話してくれてありがとう。ここで双方にとって利益になる提案があるんだが聞いてくれないか? 唐突だが、お互い婚約者の振りをするというのはどうだろう?」
婚約者……の振り!? レティシアはびっくりして二の句が告げなかった。
「俺だって結婚願望はない。義務なのは分かるが、今やる意味が分からない。それより周りにうるさく言われる方がうっとおしい。婚約者がいるということにしておけば、しばらくは穏やかに過ごせる。期間は……そうだな、半年ってとこかな。それ以上過ぎると本当に結婚せざるを得なくなる。解消する時は君から切る形にしてくれ。そうすれば君の名には傷がつかないし、俺に対しても今後周りが警戒してくれるかもしれない。婚約破棄されるような皇太子は期待できないって、な」
「あなたはよくても、私に何のメリットがあるの!?」
バカバカしい!とんでもない提案にレティシアはかっとなって敬語も忘れた。
「学校を作りたいって話していただろう? その費用を負担しよう。これでお互いウィンウィンだ」
学校の費用。専らの課題が資金不足だった。思わず乗りそうになったが、すぐに我に返った。そんなものを取引材料にするほど自分は落ちぶれちゃいない。
「ウィンウィンじゃないわよ! そんなの乗れるわけがないでしょう? 形だけの婚約だなんてうまくいくわけがないし、学校の費用だって出してもらうわけにいかないわ!」
「なぜ? 私の人生の目標なんですって言ってたじゃないか? 喉から手が出るほど欲しいんじゃないのか? 君は損得勘定できる人間だと思っていたが」
「こんな形で受け取りたくないってこと! 私の夢をバカにしないでくださる?」
レティシアは自分が否定されたかのように怒ったが、ロジャーはせせら笑っただけだった。
「なんだ、その程度の夢なのか。なら別にいいや。本当に子供を思うなら、どんな形であれ学校を作るのが先だと思うけどな。形式やプライドが邪魔してるんじゃ、お嬢様の暇つぶしのボランティア以上にはなれないな」
「……なんですって?」
「目的を遂げるための覚悟が足りないんだよ。学校を作るためなら他のすべてを投げうってもいいという覚悟がない。立派なお題目を唱える奴に限って何も成し遂げられないのはよくあることだ。今まで腐るほど見て来た」
ロジャーはため息をつきながら呆れたように言った。
「私もそうだって言うの……?」
「現にそうだろ。なにも非合法なやりかたで得た金でもなし、舞い込んだチャンスは手遅れになる前につかみ取れ。話を聞く限り、そのペースで進めたら学校ができるのはずっと後だろう。その間に学べなかった子供の数を数えてみろ」
確かにロジャーの言う通りかもしれない。本音を言うと、資金が思うように集まらず困っていた。各方面に頭を下げて回ったが、冷淡な反応をされることも少なくなかった。何年かかっても実現できればまだいい方だろう。何かが起きて計画がとん挫することだってあり得る。しかし、このままロジャーの言う通りにするのも癪だった。
「もし、冗談じゃ済まなくなったらどうするんですか? 好きでもない人と間違って一緒になるなんてごめんなんですけど?」
「その時は俺が君の名誉を守るから大丈夫だよ。俺は皇太子だから少々のことがあっても揺るがない。君は一介の伯爵令嬢だろう。君の方が立場が弱いのは承知している。君が不利になるようなことはしないと約束する」
ロジャーはそう言うと、レティシアの顔を覗き込むように真正面からじっと見つめた。彼が自分の要求を通す時に使う手だ、乗ってはいけないと頭では分かっていたが、今まで最後まで抗えた人などいないのではないかと思われた。
「わ……分かりました。半年でいいんですね。もし何らかのトラブルでそこまで持たなかった場合は……」
「それでも払うものは払う。俺が少しの間だけ快適に過ごせるように風除けになってもらうだけだ。簡単だろ? あ、公式行事や一緒に出席しなければならないところはあるけれど」
募金を募ってあちこち頭を下げに行くことに比べれば、公式行事に一緒に出ることは簡単だった。レティシアも一通りの淑女教育は受けているから別に困ったことはない。強いて言えば、人前に出るのは苦手だがそれも期間限定なら我慢しよう。レティシアの返事を聞いてロジャーはにやっと笑った。
「よし。交渉成立だ。よろしく、レティ」
それが婚約の真相だった。そんなこととは露知らず、父と母は自分の娘が選ばれたと浮かれている。内心父母に反発していたとはいえ、さすがに申し訳ない気持ちになった。しかし、真相を話したら卒倒どころでは済まない。ロジャーとの秘密にしておくしかなかった。
落ち目の貴族フィッツジェラルドの地味で目立たない娘が、国内外に名をとどろかすロジャー皇太子と婚約したというニュースは国じゅうを駆け巡った。連日家にはお祝いの手紙が届き、訪問客も絶えなかった。妹たちまで姉を見る目が変わってレティシアは家にも居場所がなくなった。
(ロジャーの嘘つき! 大したことないと言ってたけどそんなことないじゃない! 婚約者というだけでここまで注目されるとは思わなかった! 今までの平穏な日々を返して!)
次にロジャーに会った時レティシアは不満をぶつけたが、ロジャーは涼しい顔をしていた。
「そりゃ皇太子の婚約者ともなれば、注目されるに決まってるだろう? 逆に俺は周りからうるさく言われなくなったから助かった。ありがとな」
「とんでもないわよ! ここまでひどいなんて知らなかった。こんなことになるって知ってたら受けなかったわ」
「さすがに今キャンセルしたら、学校の件はなしだぞ。自分からぶち壊すようなことはしないでくれよな」
そうだ、学校の資金を出してもらうはずだった。それが終わるまでは動くに動けなかった。レティシアはぐっと詰まったが、ロジャーの言うとおりにするしかなかった。
「今日は家族を紹介する。皇帝陛下は多忙で来れないからまた日を改めて。母はもういないが、第三夫人と弟と妹がいるので会ってくれ。みな君に会うのを楽しみにしている」
そう言われ、レティシアはロジャーの家族と面会した。ロジャーの母親はロジャーが子供の時に亡くなり、第二夫人は娘のリリーを残したまま離婚した。現在の妻は第三夫人のオリガである。オリガはまだ若いがとてもしっかりして優しそうな女性だった。裏表なさそうな性格で、これから親戚になるのを楽しみにしています、とにこやかに言った。
リリーは学院の2年生で、学内のいじめ問題に着手して学校改革を進めていると聞いた。レティシアは、自分の通っていた頃に比べ学院が変わったという話を聞いたことはあるが、リリーが先導していたとは知らなかった。
「お兄様から話は聞いてます。この度はご婚約おめでとうございます。家族になれるのが楽しみです」
「私のいた頃は陰湿ないじめが多かったので、今の生徒が羨ましいですわ。私も地味な嫌がらせを受けた事があるし、その時にリリー様がいらっしゃったら違っていたかもしれません」
レティシアが手放しで褒めると、リリーは頬を赤らめた。
「私も最初からできたわけではありません。友人の協力と、お兄様も手伝って下さったから実現できたようなものです。今だって問題は残っているし……」
ロジャーも一枚噛んでいたとは思わなかった。ロジャーもまた多忙な身の上なのに、よく兄弟の面倒まで見れたものだ。
次は、ティムの番だった。ティムは母親のオリガ夫人に伴われ、花束を持って来ていた。
「これ受け取って下さい。ロジャー兄さまの大事な人って言うからお花を取って来たんだ。僕とも仲良くしてください」
レティシアは手作り感あふれる花束を受け取り丁寧にお礼を言った。ティムはとても愛くるしくてかわいい子だった。3人はそれぞれ母親は違うが仲はいいようだ。ロジャーの兄妹と聞いて身構えていたが、思ったより素朴で穏やかな人たちだったので拍子抜けした。みな彼女を歓迎してくれたが、この人たちを騙しているのだと思うと胸がちくりと痛んだ。
「みんな仲良さそうでいいですね。もっとギスギスしているのかと偏見を持っていました」
兄妹たちがいなくなって二人になった後、レティシアはロジャーにそう言った。
「こうなったのは最近だけどな。最初からじゃなかったよ」
「でもうちの妹たちよりずっといいですよ。お二人とも優しくて王族じゃないみたい」
レティシアは口にしてから今のは失礼な物言いだったと反省したが。ロジャーは何とも思ってないらしかった。
「だから俺が守ってやらなきゃ駄目なんだよ。王族だって普通に傷ついたり悲しんだりするただの人間だ。父上は国のことで精いっぱいだから、妹と弟は俺が守る」
ふと見せたロジャーの真剣な表情に、レティシアは息を飲んだ。彼の心の内を垣間見た思いだった。じゃあ、あなたのことは誰が守ってくれるの?という疑問が頭に浮かんだが、口には出せずに飲み込んだ。
**********
もしよければ感想など残してくださると嬉しいです。
新作「没落令嬢の細腕繫盛記~こじらせ幼馴染が仲間になりたそうにこちらを見ています~」もよろしくお願いします!「大人の世界名作劇場」風の作品です。
「あなた、なに言っているのよ! 私はレティならうまく行くと思ってましたよ! 3日後にまた王宮に行くんでしょう?」
父と母はほくほく顔で家に帰って来た。その後ろから着いて来たレティシアが、やや固い表情であることにも気づかないくらい両親は浮かれていた。地味で期待外れの娘が皇太子の婚約者になれば確かに喜ぶのも無理はないだろう。しかし、そんなうまい話がこの世に存在すると思っているのか、レティシアは両親が不思議でならなかった。
話は数時間前に遡る。ロジャーはレティシアに声を上げられて、初めて彼女を認識したようだった。
「確かに写真では内面は分からないな。じゃあ君の内面を教えてくれ。君はどんな人間なんだ? 何が好きで何が大事に思っているのか?」
「そのっ……すいません! そんなつもりじゃ……」
レティシアは、ついかっとなってしまったことを反省した。不敬と受け取られても文句は言えない。
「いや、怒ってないよ。君は自分から進んで来たのではないだろう? 実は俺もなんだ」
「そう……なんですか?」
自分に興味がないと言われたも同然だが、彼女自身ロジャーに気に入られたいという気持ちはなかったので不快に感じることはなかった。
「正直に話してくれ。両親に言われて来たのか?」
ロジャーにまっすぐ見つめられて質問されたら嘘なんてつけない。気づくと、レティシアは全て打ち明けていた。自分は結婚願望がないこと、その代わりに学校を作りたいこと、家の財政状態が悪いせいで見合いをしなければならないこと。
ロジャーは黙って聞いていた。話し終わったあとで初対面の人間にしゃべり過ぎたと反省したが、彼の方は気にする様子はなかった。最後まで聞いたロジャーはいたずらを企む子供のような笑みを浮かべて驚くべき提案をした。
「全部話してくれてありがとう。ここで双方にとって利益になる提案があるんだが聞いてくれないか? 唐突だが、お互い婚約者の振りをするというのはどうだろう?」
婚約者……の振り!? レティシアはびっくりして二の句が告げなかった。
「俺だって結婚願望はない。義務なのは分かるが、今やる意味が分からない。それより周りにうるさく言われる方がうっとおしい。婚約者がいるということにしておけば、しばらくは穏やかに過ごせる。期間は……そうだな、半年ってとこかな。それ以上過ぎると本当に結婚せざるを得なくなる。解消する時は君から切る形にしてくれ。そうすれば君の名には傷がつかないし、俺に対しても今後周りが警戒してくれるかもしれない。婚約破棄されるような皇太子は期待できないって、な」
「あなたはよくても、私に何のメリットがあるの!?」
バカバカしい!とんでもない提案にレティシアはかっとなって敬語も忘れた。
「学校を作りたいって話していただろう? その費用を負担しよう。これでお互いウィンウィンだ」
学校の費用。専らの課題が資金不足だった。思わず乗りそうになったが、すぐに我に返った。そんなものを取引材料にするほど自分は落ちぶれちゃいない。
「ウィンウィンじゃないわよ! そんなの乗れるわけがないでしょう? 形だけの婚約だなんてうまくいくわけがないし、学校の費用だって出してもらうわけにいかないわ!」
「なぜ? 私の人生の目標なんですって言ってたじゃないか? 喉から手が出るほど欲しいんじゃないのか? 君は損得勘定できる人間だと思っていたが」
「こんな形で受け取りたくないってこと! 私の夢をバカにしないでくださる?」
レティシアは自分が否定されたかのように怒ったが、ロジャーはせせら笑っただけだった。
「なんだ、その程度の夢なのか。なら別にいいや。本当に子供を思うなら、どんな形であれ学校を作るのが先だと思うけどな。形式やプライドが邪魔してるんじゃ、お嬢様の暇つぶしのボランティア以上にはなれないな」
「……なんですって?」
「目的を遂げるための覚悟が足りないんだよ。学校を作るためなら他のすべてを投げうってもいいという覚悟がない。立派なお題目を唱える奴に限って何も成し遂げられないのはよくあることだ。今まで腐るほど見て来た」
ロジャーはため息をつきながら呆れたように言った。
「私もそうだって言うの……?」
「現にそうだろ。なにも非合法なやりかたで得た金でもなし、舞い込んだチャンスは手遅れになる前につかみ取れ。話を聞く限り、そのペースで進めたら学校ができるのはずっと後だろう。その間に学べなかった子供の数を数えてみろ」
確かにロジャーの言う通りかもしれない。本音を言うと、資金が思うように集まらず困っていた。各方面に頭を下げて回ったが、冷淡な反応をされることも少なくなかった。何年かかっても実現できればまだいい方だろう。何かが起きて計画がとん挫することだってあり得る。しかし、このままロジャーの言う通りにするのも癪だった。
「もし、冗談じゃ済まなくなったらどうするんですか? 好きでもない人と間違って一緒になるなんてごめんなんですけど?」
「その時は俺が君の名誉を守るから大丈夫だよ。俺は皇太子だから少々のことがあっても揺るがない。君は一介の伯爵令嬢だろう。君の方が立場が弱いのは承知している。君が不利になるようなことはしないと約束する」
ロジャーはそう言うと、レティシアの顔を覗き込むように真正面からじっと見つめた。彼が自分の要求を通す時に使う手だ、乗ってはいけないと頭では分かっていたが、今まで最後まで抗えた人などいないのではないかと思われた。
「わ……分かりました。半年でいいんですね。もし何らかのトラブルでそこまで持たなかった場合は……」
「それでも払うものは払う。俺が少しの間だけ快適に過ごせるように風除けになってもらうだけだ。簡単だろ? あ、公式行事や一緒に出席しなければならないところはあるけれど」
募金を募ってあちこち頭を下げに行くことに比べれば、公式行事に一緒に出ることは簡単だった。レティシアも一通りの淑女教育は受けているから別に困ったことはない。強いて言えば、人前に出るのは苦手だがそれも期間限定なら我慢しよう。レティシアの返事を聞いてロジャーはにやっと笑った。
「よし。交渉成立だ。よろしく、レティ」
それが婚約の真相だった。そんなこととは露知らず、父と母は自分の娘が選ばれたと浮かれている。内心父母に反発していたとはいえ、さすがに申し訳ない気持ちになった。しかし、真相を話したら卒倒どころでは済まない。ロジャーとの秘密にしておくしかなかった。
落ち目の貴族フィッツジェラルドの地味で目立たない娘が、国内外に名をとどろかすロジャー皇太子と婚約したというニュースは国じゅうを駆け巡った。連日家にはお祝いの手紙が届き、訪問客も絶えなかった。妹たちまで姉を見る目が変わってレティシアは家にも居場所がなくなった。
(ロジャーの嘘つき! 大したことないと言ってたけどそんなことないじゃない! 婚約者というだけでここまで注目されるとは思わなかった! 今までの平穏な日々を返して!)
次にロジャーに会った時レティシアは不満をぶつけたが、ロジャーは涼しい顔をしていた。
「そりゃ皇太子の婚約者ともなれば、注目されるに決まってるだろう? 逆に俺は周りからうるさく言われなくなったから助かった。ありがとな」
「とんでもないわよ! ここまでひどいなんて知らなかった。こんなことになるって知ってたら受けなかったわ」
「さすがに今キャンセルしたら、学校の件はなしだぞ。自分からぶち壊すようなことはしないでくれよな」
そうだ、学校の資金を出してもらうはずだった。それが終わるまでは動くに動けなかった。レティシアはぐっと詰まったが、ロジャーの言うとおりにするしかなかった。
「今日は家族を紹介する。皇帝陛下は多忙で来れないからまた日を改めて。母はもういないが、第三夫人と弟と妹がいるので会ってくれ。みな君に会うのを楽しみにしている」
そう言われ、レティシアはロジャーの家族と面会した。ロジャーの母親はロジャーが子供の時に亡くなり、第二夫人は娘のリリーを残したまま離婚した。現在の妻は第三夫人のオリガである。オリガはまだ若いがとてもしっかりして優しそうな女性だった。裏表なさそうな性格で、これから親戚になるのを楽しみにしています、とにこやかに言った。
リリーは学院の2年生で、学内のいじめ問題に着手して学校改革を進めていると聞いた。レティシアは、自分の通っていた頃に比べ学院が変わったという話を聞いたことはあるが、リリーが先導していたとは知らなかった。
「お兄様から話は聞いてます。この度はご婚約おめでとうございます。家族になれるのが楽しみです」
「私のいた頃は陰湿ないじめが多かったので、今の生徒が羨ましいですわ。私も地味な嫌がらせを受けた事があるし、その時にリリー様がいらっしゃったら違っていたかもしれません」
レティシアが手放しで褒めると、リリーは頬を赤らめた。
「私も最初からできたわけではありません。友人の協力と、お兄様も手伝って下さったから実現できたようなものです。今だって問題は残っているし……」
ロジャーも一枚噛んでいたとは思わなかった。ロジャーもまた多忙な身の上なのに、よく兄弟の面倒まで見れたものだ。
次は、ティムの番だった。ティムは母親のオリガ夫人に伴われ、花束を持って来ていた。
「これ受け取って下さい。ロジャー兄さまの大事な人って言うからお花を取って来たんだ。僕とも仲良くしてください」
レティシアは手作り感あふれる花束を受け取り丁寧にお礼を言った。ティムはとても愛くるしくてかわいい子だった。3人はそれぞれ母親は違うが仲はいいようだ。ロジャーの兄妹と聞いて身構えていたが、思ったより素朴で穏やかな人たちだったので拍子抜けした。みな彼女を歓迎してくれたが、この人たちを騙しているのだと思うと胸がちくりと痛んだ。
「みんな仲良さそうでいいですね。もっとギスギスしているのかと偏見を持っていました」
兄妹たちがいなくなって二人になった後、レティシアはロジャーにそう言った。
「こうなったのは最近だけどな。最初からじゃなかったよ」
「でもうちの妹たちよりずっといいですよ。お二人とも優しくて王族じゃないみたい」
レティシアは口にしてから今のは失礼な物言いだったと反省したが。ロジャーは何とも思ってないらしかった。
「だから俺が守ってやらなきゃ駄目なんだよ。王族だって普通に傷ついたり悲しんだりするただの人間だ。父上は国のことで精いっぱいだから、妹と弟は俺が守る」
ふと見せたロジャーの真剣な表情に、レティシアは息を飲んだ。彼の心の内を垣間見た思いだった。じゃあ、あなたのことは誰が守ってくれるの?という疑問が頭に浮かんだが、口には出せずに飲み込んだ。
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もしよければ感想など残してくださると嬉しいです。
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