【完結】忘れられた王女は獣人皇帝に溺愛される

雑食ハラミ

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第20話 皇后の素質

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ロザリンドは、エドと別れた後部屋に戻り、ソファに座って、ぼんやりと先ほどのやり取りを思い出した。脇にはハンナが入れてくれたお茶が置いてあったが、口を付けぬまますっかり冷めている。そんなことも気付く様子はなかった。

(一体何なの? 核心に触れることなく最後に爆弾のような置き土産を残して去るなんて? 皇帝の婚約者に対して告白しに来るなんて何て大胆な……。でもそれならどうして私が本当に困っていた時に助けてくれなかったのかしら? 子供の頃から、いつか王子様が自分を助けに来てくれるんじゃないかと夢見てた。現実には一人で生きていくしかないと諦めていても、心の奥底では娘時代の夢を捨てきれなかった。今頃来ても何の意味もないのに?)

空しいような腹立たしいような。どちらにしても、あんな甘言でロザリンドがなびくわけがない。それより圧倒的な存在感を放つレグルスと会った後なのに。政略結婚という特異な条件がなければ出会うはずのなかった二人だが、とても今は他の人は考えられない。レグルスのためなら、自分の身すら投げ出す覚悟はできていた。

(だって私にはそれしかないもの……。こういう形でしか気持ちを伝えることができない)

それなら、ロザリンドの母は国王に永遠の愛を捧げたことになる。無実を訴えながらも不平不満を訴えず処刑された母。娘のロザリンドのために生きようと戦うよりも、愛に殉ずる姿を国王に見せつけたかったのではと、今となっては思う。だからだろうか。今でも母を思い出す時、愛おしい気持ちより、怒りの交った悲しみの感情が湧きおこるのは。

(母と同じようになるのは嫌だ、でも、他のやり方を知らない自分はもっと嫌だ)

母が究極の自己犠牲精神を発揮しても、国王は一切心を動かされなかった。まさに愚かとしか言いようがない。そんな母のやり方を踏襲してもうまく行かないのは分かり切っているのに、それでも、愛に飢えて来たロザリンドは他のやり方を知る機会がなかった。このままではまずいと漠然と危機感を持っているが、具体的にどうすればいいのだろう。

「ねえ、ハンナ。今日は陛下は会いに来てくれるかしら?」

「使節団が来ているので大分お忙しいですが、陛下ならすき間を縫って会いにいらっしゃると思いますよ」

ハンナは、レグルスを恋しがっているロザリンドを微笑ましく思って嬉しそうに答えたが、ロザリンド自身はもっと切羽詰まった気持ちだった。不安な気持ちを払拭するために、あのたくましい腕でぎゅっと抱きしめて欲しい。それくらい心細くなっていた。

「ロザリンド! 何かあったのか?」

レグルスが飛び込むようにロザリンドの部屋にやって来たのは、夜も遅くなってからだった。

「陛下! どうして私が会いたがっていることが分かったんです?」

「それは……、まあ、何となくそんな気がしたんだよ」

びっくりして尋ねるロザリンドに、レグルスは少し気まずい表情を浮かべながら答えた。

「びっくりさせてすまない。でも私も会いたかった。何もなくても会いたいよ」

彼がそんな素直なことを言ってくれるなんて。ロザリンドはこそばゆい余り、どうにかなってしまいそうだ。

「今回使節団と会ったことで強硬派もこれ以上ごねることはできないだろう。さっさと式を挙げてしまおう。いつまでも宙ぶらりんのままじゃ埒が明かない」

「それは嬉しいのですが、私事にかまけて目が曇らせることはしないでください。それでは優れた政治家とは言えません」

ロザリンドにしては強い口調で言ったが、レグルスはそれを聞いて、却って嬉しそうに目を細めた。

「あなたは美しいだけでなく賢い人だな。それでこそ私の奥さんだ」

「そんな、やめてください……。恐縮してしまいます」

今度は逆に顔を真っ赤にしてもじもじするようになったが、それはそれでかわいいようで、レグルスはクスクス笑っている。

「陛下は私を甘やかしすぎです。もうからかわないでください!」

とうとうレグルスはこらえきれなくなってアハハハハと声を出して笑い出した。

「ごめんごめん。からかうつもりはなかったんだ。ただ余りにかわいくて。かわいくて賢い、私の奥さんだ。早く結婚して正式な夫婦になりたい」

レグルスはそう言うと、ロザリンドの髪を一房掬って、愛おしそうに指を滑らせた。たったそれだけのことなのに、やけにゾクゾクしてしまう。

「こんな身分じゃなければ、結婚は個人的なことだからと突っぱねられるのに。自分の人生を左右される決断に他人の思惑が介入するなんて我慢ならない。自分に友好的でない者たちの意見なんて耳を貸したくない」

「それって強硬派のことを指してます? 人間社会に溶け込むことに反対しているって聞きました」

「そう。でも彼らはしばしば人間と手を組むんだ。今回のカルランスの使節団も橋渡しをしたのは強硬派と言われている」

「どうして? 人間とは敵対的なはずでしょう?」

「敵か味方かというのは濃淡で決まるんだよ。強硬派にとって一番の敵は融和派。その一番の敵を困らせるためなら普段は友好的でない相手とも手を組む。敵の敵は味方ってわけじゃないけど、それに近い状態かな。結婚に反対したのだって、君の評判を少しでも落としたくて嫌がらせしたに過ぎないんだよ。そのくせ裏では手を組んだりしている。この世界は伏魔殿さ」

苦笑いしながら説明するレグルスの横顔は、少しやつれているように見えた。笑って話せるようになるまで色々あったのだろう。ロザリンドは彼を守ってあげたい気持ちでいっぱいになった。

「混血が進めば異能の力が弱まって困ると強硬派は考えてるんですよね?」

「その通りだ。元々我々の固有種は、不思議な力を持つ代わりに寿命が短く繁殖力も弱かった。融和策を取ったことで、それぞれの長所を取り入れて大きく発展したと言うのに。たしかに異能を持つ者は少なくなったが、それでも獣の姿に変わる能力は失われていないし、今の形が一番バランス取れていると私は考える」

「異能があるからといって、いいことばかりじゃないんですね……」

「ああ。むしろこんな能力なければよかったとさえ思う。こんなもののせいで私たちは……。ごめん、話がそれた。この話はこの辺にしよう」

一瞬ではあるが、レグルスの目が怒りに燃えた気がしたのは気のせいだろうか。ロザリンドは目を見張ったが、次の瞬間いつもの彼に戻っていた。

「私にも何かできることはありますか? 陛下のお役に立ちたいんです」

「あなたに何かしてもらう必要はないよ。人間のあなたがタルホディアに受け入れられる素地を整えるのは我々の義務だ」

周りがお膳立てするのを受け入れればいい……。レグルスはロザリンドを気遣って言ってくれたのだろうが、彼女は自分がお飾りのままでいるつもりはなかった。そしてしばらく考えてから口を開いた。

「分かりました。そういうことでしたら私にも考えがあります。陛下の手を煩わせるようなことは決して致しませんので、少し動いてみてもよろしいでしょうか?」



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