【完結】忘れられた王女は獣人皇帝に溺愛される

雑食ハラミ

文字の大きさ
上 下
19 / 35

第19話 華やかな迷路

しおりを挟む
夜も更ける頃になり晩餐会は無事終了した。目に見えない駆け引きはあったものの、想定以上のことは起きなかったようだ。めいめいの部屋に帰ってから、レグルスはロザリンドを呼び止めた。

「今日はお疲れ様。あなたは素晴らしかった。今夜は疲れただろうからゆっくり休んでくれ」

「無事お役に立ててよかったです。私が私じゃないみたいで、まるで夢の中にいるようでした」

「夢なんかじゃない。あなたが元々持っている魅力が花開いただけだ。もっと自信を持って欲しい」

「自信だなんてそんな……。今日はたまたま他の令嬢がいなかっただけです。もっと大きな舞台ならあっという間にメッキがはがれていたことでしょう。陛下のリードがなかったらどうなっていたか……」

「そんな謙遜しなくてもいいのに……」

「謙遜なんかじゃありません。思ったまでを申しただけですが?」

ロザリンドは、自分が褒められると嬉しいと思うより先に、不安になる癖が付いている。それを見たレグルスはなぜか悲しそうに微笑んだ。

「まあいい。湯に浸かって疲れを取って早く休みなさい。私はまだ少し仕事が残っている」

そう言ってレグルスは去って行った。もういい時間なのにまだ仕事が残っているとは。嫌な顔一つせず淡々と仕事をこなす彼に畏敬の念を新たにする。本当に自分のような者が妻でいいのだろうか?

(こんな時、カッサンドラ様なら……ううん、今は考えるのはよそう)

レグルスに言われた通り、ロザリンドは入浴を済ませてから床に入った。慣れない体験でぐったり疲れたのですぐに入眠したが、またいつもの動物と身を寄せ合う夢を見た。普段は傷ついた心を癒すように優しく体を寄せてくるのだが、この日は向こうの方から愛を乞うようにぎゅっと抱きしめられた。獣が自分を求めているようなそんな感覚にぞわぞわする。でも不思議と嫌な感じはしない。相手の求めに応じたくなる衝動に襲われるが、あと一歩のところで怖い気持ちがわずかに勝る。不安定なシーソーのような状態が続くうちに、心地よい快感に身をゆだね、深い眠りに落ち、気づくと朝になっていた。

「ハンナ、おはよう」

「ロザリンド様、おはようございます!? 私何も知りませんよ?」

「うん? おかしなことを言うのね。それより今日の予定は何だったかしら?」

「は、はい! 今日の予定ですね! ええと、使節団のエド・ターナーという方が面会を求めています。どうなさいますか?」

エドの名前を聞いて、半分夢見心地だったロザリンドは我に返った。エドに気を付けるように。レグルスが言っていたことを思い出す。彼に会うなとは言ってないから、ここは一つ会ってみて、彼の出方を伺ってもいいかもしれない。藪蛇だったらどうしようという怖い気持ちもあったが、昨日の成功体験が彼女の背中を後押しした。

「いいわ。会ってみます。先方にそう伝えて」

かくして、約束の時間に熱帯の草原の庭園に面した客室を準備してもらい、そこでエドに会うことにした。この部屋を選んだのには、一応理由がある。レグルスの本来の姿であるライオンが生息するのがこの気候だからだ。聡いエドならこのメッセージが伝わるのでは、そんな考えがあった。

「お会いする時間を作ってくれてありがとうございます」

開口一番、エドはこう切り出した。淡い水色を基調とした上着は、彼の端正な若々しさを際立たせていた。人に接する仕事だけあって、自分の好感度を高める演出に隙がない。やはり彼は有能だ。

「こちらこそ。あなた一人で会いに来たの? 他の方は?」

「我々は同時に様々な仕事にかかっていて、なかなか全員で行動できないのです。無礼をお許しください」

「いいえ、謝る必要はありません。本来、私はあなたにこんなに丁寧な対応をしてもらえる身分ではなかったのだから」

「滅相もありません! あなたがどんな立場でも、僕の態度は変わりません! あの時も、どんな方か知った後もあなたのお姿が脳裏から離れませんでした。実は、何とかアプローチできる方法を探していたんです。しかし、あれから間もなく王宮に入られて、手が届かない人になってしまった……」

「まあ、お話が上手ですわね」

殿方を翻弄する話術など持ち合わせていないロザリンドだったが、思っても見なかったことを言われたので、思わず本音が出てしまった。

「本当です。ラッセル夫人は身分が吊りあわないとおっしゃいましたが、そんなことどうでもいいと思いました。でもまあ、昨晩、レグルス陛下との仲睦まじさを見てたら、一人で勝手に盛り上がただけだったと悟りましたがね」

そう言ってエドは苦笑いした。今のは彼の本音なのだろうか。それともあらかじめ用意されたシナリオなのか。よく分からなかったが、どちらにしても心は凪のままだった。

そんな時だった。無意識下で考えていたことがふと口を告いで出たのは。

「……本当は、国王陛下に私を誘惑するように言われてたのでは?」

「え? 一体何をおっしゃるんですか?」

「レグルス陛下が私との仲をアピールした意味を考えてましたの。最初はあなたをけん制するためだと思っていました。ところが、そんな小さなことを気にする陛下かしらと疑問に思ったのです。こう言っては失礼ですが、陛下にとっては、一介の役人のあなたなど、赤子の手をひねるくらいの相手でしょう。そこまでムキになる必要もない。じゃ本当の理由は? あなたは、カルランスの国王が用意した、私に対する武器。そうお考えになったのかもしれません」

「ぶ、武器!? これまた物騒ですね」

エドは少しおどけて言ったが、ロザリンドは淡々とした口調を崩さなかった。

「では、作戦と言い換えましょうか。国王陛下は、私にアプローチできる人間を探していた。残念ながら、カルランスでは友人がいなかったから人選に苦慮した。かろうじて、一度だけ声をかけただけの、知り合いとも呼べないあなたに白羽の矢が立った。こうではありませんか?」

「もしそうだとして、私がはいと言うと思いましたか?」

この期に及んでも、エドの表出は余裕を失っておらずにこやかな態度を崩していない。内心どう思っているか知らないが、それでも十分小憎らしく感じられた。

「いいえ。思いません」

「それならこの話は終わりになってしまう。これ以上続けようがないじゃありませんか?」

「そうね。でもさっきのあなたは、正に私を口説いていましたわ。その本心はどこにありますの? わざわざ使節団の一員になって外国に来て、他国の皇帝の婚約者を誘惑する。普通に考えたらリスクばかりで、何のメリットもない。あなたは国王から何を託されたの? 国王は何を考えているの?」

最初は淡々としていたロザリンドの口調は、だんだん熱を帯びてきた。エドは、感情を表に出さぬまま静かに彼女の言葉を受け止めている。そして、弱々しい笑みを浮かべながらこう言った。

「私の口からは何とも言えません。ただし、一つだけ訂正をさせてください。先ほどあなたを口説いたのは国王から指示されたからとおっしゃいましたが、そんな単純な話ではありません。確かに国王陛下は私を利用した。しかし、私も自分の目的を果たすために利用したのです。さっきの言葉は、全部が嘘ではありません。もし、あなたが王宮に呼ばれるのがもう少し遅かったら。今でもそう考えることがあります。貴重なお時間を取らせてしまいました。これで失礼いたします」


しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!? 貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。 愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

【完結】戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました

水都 ミナト
恋愛
最高峰の魔法の研究施設である魔塔。 そこでは、生活に不可欠な魔導具の生産や開発を行われている。 最愛の父と母を失い、継母に生家を乗っ取られ居場所を失ったシルファは、ついには戸籍ごと魔塔に売り飛ばされてしまった。 そんなシルファが配属されたのは、魔導具の『メンテナンス部』であった。 上層階ほど尊ばれ、難解な技術を必要とする部署が配置される魔塔において、メンテナンス部は最底辺の地下に位置している。 貴族の生まれながらも、魔法を発動することができないシルファは、唯一の取り柄である周囲の魔力を吸収して体内で中和する力を活かし、日々魔導具のメンテナンスに従事していた。 実家の後ろ盾を無くし、一人で粛々と生きていくと誓っていたシルファであったが、 上司に愛人になれと言い寄られて困り果てていたところ、突然魔塔の最高責任者ルーカスに呼びつけられる。 そこで知ったルーカスの秘密。 彼はとある事件で自分自身を守るために退行魔法で少年の姿になっていたのだ。 元の姿に戻るためには、シルファの力が必要だという。 戸惑うシルファに提案されたのは、互いの利のために結ぶ契約結婚であった。 シルファはルーカスに協力するため、そして自らの利のためにその提案に頷いた。 所詮はお飾りの妻。役目を果たすまでの仮の妻。 そう覚悟を決めようとしていたシルファに、ルーカスは「俺は、この先誰でもない、君だけを大切にすると誓う」と言う。 心が追いつかないまま始まったルーカスとの生活は温かく幸せに満ちていて、シルファは少しずつ失ったものを取り戻していく。 けれど、継母や上司の男の手が忍び寄り、シルファがようやく見つけた居場所が脅かされることになる。 シルファは自分の居場所を守り抜き、ルーカスの退行魔法を解除することができるのか―― ※他サイトでも公開しています

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

追放された公爵令嬢エヴァンジェリカ、冷酷王に溺愛される ~悪役に仕立てられた私ですが、国を救ったら求婚されました~

ゆる
恋愛
婚約者である王太子の前で、無実の罪を着せられ、公爵令嬢エヴァンジェリカ・セロンは国外追放を言い渡された。 「悪女」呼ばわりされ、父からも見放され、すべてを失った彼女は、寒空の下、故郷を追われる――。 しかし、その絶望の先に待っていたのは、隣国ルシタニアの"冷酷王"ルシウス・ヴォルフガングとの運命的な出会いだった。 「面白い。お前を拾ってやろう――余の役に立つのならな」 有能な者しか信用しない冷徹な王のもと、エヴァンジェリカはその才知を発揮し、王国の参謀見習いとして頭角を現していく。 そして、かつて彼女を追放した婚約者と“聖女”の国が危機に陥り、救いを求めてくるとき――彼女の華麗なる“ざまあ返し”が幕を開ける! 「お前を追放した国を、今度は見下ろす側に回るのだ」

処理中です...