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第11話 持つべきは有能なメイド
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「おはようございます、ロザリンド様。あれ、随分嬉しそうですね。何かあったんですか?」
昨日残念なことがあったばかりなのに、一夜明けてやけに晴れ晴れとした表情のロザリンドを見て、ハンナは着替えを手伝いながら尋ねた。
「おはよう、ハンナ。昨夜また夢の中に動物が出て来たの。大きな体で私を包み込んでくれて、暖かくてふわふわしてて、本当に気持ちよかった。お陰で元気になったわ。ここに来てから不思議なこともあるのね」
それを聞いたハンナは困ったように笑った。
「そ、それはよかったです。ロザリンド様がお元気になるのが一番ですもの。いつまでも終わったことにくよくよしてられませんものね」
その通りだ。新しい土地にやって来てつい心細くなっていたが、昔から独りぼっちなことには変わらなかった。今の方がレグルスやハンナが味方についてくれるだけ恵まれている。そのことを忘れてはいけない。
そんなことを思った日の午後のことだった。タルホディアの歴史の本を読んでいたロザリンドのところに、ハンナがやって来てこう言った。
「あの、もし、小姓がロザリンド様にお会いしたいと伺ってるんですが……何でも、先日のお礼を言いたいとかで」
ロザリンドは、一体何事かしらと思いながらも会うことにした。おずおずと入って来たのは、先日カルランスの侍女に詰められていた小姓の少年だ。女性だけの空間に入ることに緊張しているらしく、身をこわばらせて耳を垂らしている。この耳はハムスターだろうか。オレンジ色の髪にそばかすがある顔はまだあどけない。10代前半と見える。
「あ、あの……皇妃さまにまだお礼を言ってなかったので……遅くなり申し訳ございません」
「まだ皇妃になったわけじゃないのよ。ロザリンドと呼んで」
「はい、ロザリンド様……えっと、あの」
真っ赤な顔で動きもぎこちない少年はいつまでたっても本題に入らない。しびれを切らしたハンナが声をかけた。
「ちょっと、お礼を言いに来たんじゃなかったの? 緊張し過ぎよ」
「わっ、すいません! こんな間近でお会いできるなんて思ってなくて……その、えっと」
「言いたいことがあったら早く言いなさいよ! ここからつまみ出すわよ!」
「やめてあげて、ハンナ。脅かしちゃかわいそうよ。せっかくお礼を言いに来てくれたんでしょう? あなた、名前は何て言うの?」
「ケビンと言います。あ、そうじゃなくて、先日はロザリンド様に助けていただいて本当に感謝しています! 何とお礼を申し上げていいやら分からなくて、えっと、その」
やっと、本題に入ることができたケビンは、そう言うと頭をがばっと下げた。
「そのせいで、カルランスの侍女の方がいなくなったと聞いて、自分のせいなんじゃないかってずっと気になって、もしそうなら申し訳ないことをしたと思って——」
「気にしてくれてありがとう。でもそういう訳じゃないから心配しないで。むしろ、不当ないじめは、相手が誰だろうが許されるものではないわ。こちらこそ侍女のしつけがなってなくてごめんなさい」
「そんな、滅相もない!」
ケビンは、再び顔を真っ赤にして否定した。まさかロザリンドの方から謝られるとは思ってなかったらしく、すっかり恐縮している。二人のやり取りを見守っていたハンナは、その時、何かを思いついたようにケビンに話しかけた。
「そうだ。ねえ、あなた直属の上司はどなたなの?」
「え? まさか俺……僕の教育がなってないと告げ口するんですか!?」
「そうじゃないわよ。確かに教育はなってないけど。そうじゃなくてちょっと人脈作りをね……」
ケビンの回答を聞いたハンナは、どういうわけかぱっと顔を輝かせた。そして、彼が帰った後、ロザリンドにこう言った。
「ロザリンド様、昨日のようなことにならないために味方を増やしましょう。後ろ盾が陛下だけではいくら何でも心細いです。陛下のご威光に頼らなくても、ロザリンド様を支持してくださる方を増やすのです。そのための人脈作りをしましょう」
「確かにそれは必要ね。でもどうやって?」
「社交界の重鎮で誰からも畏怖されるご婦人がいらっしゃいます。どちらの派閥にも属しておらずバランス感覚も優れています。ただし、少々偏屈なところがあり、外国人のロザリンド様だとおいそれと近づけないかもしれません。ですが、さっきのケビンの上司は、その方に長くお仕えしている家系なんです。この人脈を使えば、お近づきになれるかもしれません。彼女に知己になっていただくのです」
ハンナはそう言うと、お茶会の招待状の山からある一通を取り出した。水色の便箋に書かれたそれは、一週間後の日付が書かれていた。
「この会合ならその方も来られると思います。今度はこれにしましょう。そしてケビン経由でロザリンド様の評判を流しておきましょう」
「ハンナ……あなたもしかして策士?」
ロザリンドが恐る恐る聞くと、ハンナはにやっと笑い得意げに答えた。
「私は一介のメイドに過ぎません。ですが、大事なご主人様のためとあらば、持てるスキルをフル活用するだけです」
昨日残念なことがあったばかりなのに、一夜明けてやけに晴れ晴れとした表情のロザリンドを見て、ハンナは着替えを手伝いながら尋ねた。
「おはよう、ハンナ。昨夜また夢の中に動物が出て来たの。大きな体で私を包み込んでくれて、暖かくてふわふわしてて、本当に気持ちよかった。お陰で元気になったわ。ここに来てから不思議なこともあるのね」
それを聞いたハンナは困ったように笑った。
「そ、それはよかったです。ロザリンド様がお元気になるのが一番ですもの。いつまでも終わったことにくよくよしてられませんものね」
その通りだ。新しい土地にやって来てつい心細くなっていたが、昔から独りぼっちなことには変わらなかった。今の方がレグルスやハンナが味方についてくれるだけ恵まれている。そのことを忘れてはいけない。
そんなことを思った日の午後のことだった。タルホディアの歴史の本を読んでいたロザリンドのところに、ハンナがやって来てこう言った。
「あの、もし、小姓がロザリンド様にお会いしたいと伺ってるんですが……何でも、先日のお礼を言いたいとかで」
ロザリンドは、一体何事かしらと思いながらも会うことにした。おずおずと入って来たのは、先日カルランスの侍女に詰められていた小姓の少年だ。女性だけの空間に入ることに緊張しているらしく、身をこわばらせて耳を垂らしている。この耳はハムスターだろうか。オレンジ色の髪にそばかすがある顔はまだあどけない。10代前半と見える。
「あ、あの……皇妃さまにまだお礼を言ってなかったので……遅くなり申し訳ございません」
「まだ皇妃になったわけじゃないのよ。ロザリンドと呼んで」
「はい、ロザリンド様……えっと、あの」
真っ赤な顔で動きもぎこちない少年はいつまでたっても本題に入らない。しびれを切らしたハンナが声をかけた。
「ちょっと、お礼を言いに来たんじゃなかったの? 緊張し過ぎよ」
「わっ、すいません! こんな間近でお会いできるなんて思ってなくて……その、えっと」
「言いたいことがあったら早く言いなさいよ! ここからつまみ出すわよ!」
「やめてあげて、ハンナ。脅かしちゃかわいそうよ。せっかくお礼を言いに来てくれたんでしょう? あなた、名前は何て言うの?」
「ケビンと言います。あ、そうじゃなくて、先日はロザリンド様に助けていただいて本当に感謝しています! 何とお礼を申し上げていいやら分からなくて、えっと、その」
やっと、本題に入ることができたケビンは、そう言うと頭をがばっと下げた。
「そのせいで、カルランスの侍女の方がいなくなったと聞いて、自分のせいなんじゃないかってずっと気になって、もしそうなら申し訳ないことをしたと思って——」
「気にしてくれてありがとう。でもそういう訳じゃないから心配しないで。むしろ、不当ないじめは、相手が誰だろうが許されるものではないわ。こちらこそ侍女のしつけがなってなくてごめんなさい」
「そんな、滅相もない!」
ケビンは、再び顔を真っ赤にして否定した。まさかロザリンドの方から謝られるとは思ってなかったらしく、すっかり恐縮している。二人のやり取りを見守っていたハンナは、その時、何かを思いついたようにケビンに話しかけた。
「そうだ。ねえ、あなた直属の上司はどなたなの?」
「え? まさか俺……僕の教育がなってないと告げ口するんですか!?」
「そうじゃないわよ。確かに教育はなってないけど。そうじゃなくてちょっと人脈作りをね……」
ケビンの回答を聞いたハンナは、どういうわけかぱっと顔を輝かせた。そして、彼が帰った後、ロザリンドにこう言った。
「ロザリンド様、昨日のようなことにならないために味方を増やしましょう。後ろ盾が陛下だけではいくら何でも心細いです。陛下のご威光に頼らなくても、ロザリンド様を支持してくださる方を増やすのです。そのための人脈作りをしましょう」
「確かにそれは必要ね。でもどうやって?」
「社交界の重鎮で誰からも畏怖されるご婦人がいらっしゃいます。どちらの派閥にも属しておらずバランス感覚も優れています。ただし、少々偏屈なところがあり、外国人のロザリンド様だとおいそれと近づけないかもしれません。ですが、さっきのケビンの上司は、その方に長くお仕えしている家系なんです。この人脈を使えば、お近づきになれるかもしれません。彼女に知己になっていただくのです」
ハンナはそう言うと、お茶会の招待状の山からある一通を取り出した。水色の便箋に書かれたそれは、一週間後の日付が書かれていた。
「この会合ならその方も来られると思います。今度はこれにしましょう。そしてケビン経由でロザリンド様の評判を流しておきましょう」
「ハンナ……あなたもしかして策士?」
ロザリンドが恐る恐る聞くと、ハンナはにやっと笑い得意げに答えた。
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