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第1話 忘れられた王女の政略結婚
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今日もどこかで開かれるきらびやかな舞踏会。絢爛豪華な会場で、美しく着飾った貴族たちが笑いさざめき軽やかに踊る。おとぎ話に出て来そうな夢の空間。それはさながら、一枚の屏風絵のようだった。
そんな中、ロザリンド・ウィザースプーンは、自分の役割を全うすることに全力を注いでいた。完璧な壁の花でいるという使命。それが彼女に求められた全てだ。
栗色のふんわりした髪は緩く結われ、色素の薄い肌に頬のピンク色がよく映えている。ミントグリーンの装飾の少ないドレスだが、小柄な体型に似合っていてさながら妖精のような儚さがある。ぱっと見ふわふわした印象だが、ヘイゼルの瞳は一点をまっすぐ見つめ、直立している姿はどこか緊張が抜けない。
そう、彼女は仕事中であった。忠犬のように、主人が踊り終わるのをじっと待っているのだ。
しかし、傍目には踊る相手のいない令嬢に見えるのだろう。普通なら、彼女のような若い娘が誰にも声をかけられないのはおかしな状況である。そう思った若い貴公子が彼女に近づいて話しかけて来た。
「本来なら、誰かを介して自己紹介するのがマナーとは存じていますが、どうかご無礼をお許しください。どうしてもあなたを放っておくことができなかったのです。私はターナー家の——」
ちょうどその時、音楽が終わり、主人のラッセル夫人が戻って来た。もういい年なのに装飾過多のドレスは、彼女の巨体をより強調している。かなり動いたらしく、顔を真っ赤にして汗をかいていた。
「ああ疲れた。この年にもなると連続して踊るのは大変ね。ロザリンド、扇をちょうだい。全く、暑いったらありゃしない。単純に部屋の温度を上げればいいってもんじゃないのよ、光熱費を惜しまないアピールかしら? あら、この方はどなた? 仕事中に雑談とはいい度胸してるわね?」
ロザリンドが慌てて弁解しようとすると、貴公子が先に口を挟んだ。
「奥様! すいません! 私が一方的に話しかけただけで、彼女は何も悪くありません。どうかお叱りにならないでください」
「あら、そうなの。なら別にいいけど」
ラッセル夫人はそう言うと、険のある顔で貴公子をじろじろと眺めまわした。貴公子はそれにもめげず、勇気を出して食い下がる。
「もしよければ、改めて奥様から娘さんを紹介していただけるとありがたいのですが……」
「娘? 冗談をおっしゃらないで、若い人。こんなみすぼらしい娘と親子なわけがないでしょう? 彼女は私の付添人です。あなたのような方と釣りあう身分ではありません。ここにはもっと素敵なご令嬢がいるでしょう? 他を当たりなさい」
そう言い残すと、ラッセル夫人はでっぷりした体をゆっさゆっさと揺らしながら立ち去り、その後ろをロザリンドが身を小さくしながら追いかけた。貴公子は呆気に取られたまま、その背中を目で追うしかなかった。
**********
「全く、最近の若者はマナーがなってないわね! 一人でいる女性に突然話しかけるなんて。せいぜいあなたが色目を使ったんでしょうけど」
「そんな……! 滅相もございません! 私はただ立っていただけです!」
「そうやって口答えするところも生意気ね。まだ貴族仕草が抜けないのかしら。あれから何年経っているの? いい加減自分の立場をわきまえなさい」
ラッセル夫人は一気にまくしたてると、わざとらしくため息をついた。そう言われると何も言い返せなくなる。夫人のために扇で仰いでいたロザリンドは、沈痛な面持ちでうつむくしかできなかった。
それからさっきの失点を少しでも取り戻そうと、夫人のためにフルーツポンチを持って来たり、馬車を呼んだりと甲斐甲斐しくこまめに働いた。こうして、自分は少しも舞踏会の雰囲気を楽しむ余裕がないまま、日付が変わる頃に会場を後にした。
ロザリンドが、ラッセル夫人の付添人として住み込みで働くようになって3年の月日が経つ。その前は別の邸宅で家庭教師として働いていたが、家の主人に手を出されそうになったのを、ロザリンドから誘ったと妻に逆恨みされて追い出された。働き口が見つからなくて困っていたところを拾ってくれたのがラッセル夫人だったので、何を言われても逆らえない事情があった。自分のような訳あり娘、雇ってくれるところがあるはずない。
そう思えば、横柄なラッセル夫人が救いの天使に思える。付添人という立場ながら、殆どお付きのメイドの仕事に近いのも、最初に指示したことを平気で覆してそれがロザリンドの責任にされるのも、他の使用人仲間から蔑まれていることも気にならない。相場から大分少ない給金でも、何とか生活できるだけ御の字だ。色目を使う主人がいないことも助かった。
そんなある日、王宮からの使いがラッセル家にやって来た。
「ええ、ロザリンド・ウィザースプーンはうちの使用人ですが。えっ? 彼女にですか? でもなんで今更?」
ロザリンドは、王宮という言葉を聞いて嫌な予感がしたが、主人に言われ仕方なく使者と会った。
「国王陛下直々あなたに会うんですって!? あなたとは無関係のはずじゃなかったの? 一体どうして?」
そんなこと言われてもロザリンドにも分からない。母が亡くなってから国王には会っていない。今では赤の他人のはずだ。なぜ今更自分に会うの? というのは、彼女が一番思うところだ。
そうは言っても王命に逆らえるはずがない。ロザリンドはせめてもと、できる範囲で身だしなみを整えた。持っている衣類はどれも地味だが、その中でも比較的新しいドレスを選んだ。装飾品の類も殆ど持ってないが、使用人の立場ということで許してもらおう。先日の舞踏会で着たドレスは、ラッセル夫人からの借り物だ。従者がみすぼらしい格好をしたら自分の沽券に関わると言って一時的に貸してくれたのだ。
ありったけの物でどうにか身だしなみを整え、王宮へと向かった。以前はここを住処にしていたはずだが、久しぶりに足を踏み入れるとなると随分緊張する。二度とここに戻って来ることはないと思っていたのに。
ロザリンドは、王族に対するマナーを忘れてないか冷や冷やしながら頭の中で繰り返し復習した。会うのは初めてではないが、臣下としては初めてかもしれない。自分の覚えているマナーで合っているのかどうしても自信が持てないでいた。
「ああ、久しぶり。そう固くならずに、まあ座りなさい」
しかし、国王の調子はあっけないほどにざっくばらんだった。王族に拝謁する時の長口上を述べようとすると、「ああ、いい」と止められてしまった。一体何事だろうと訝しく思いながら腰を下ろす。
この人を父と呼んだ時代もあった。しかし、今は血のつながりのない赤の他人である。ロザリンドはどんな顔をして接したらいいのだろうと戸惑ったが、国王の方は何食わぬ顔をしたままリラックスした様子だ。これじゃまるで親子のようではないか。一体何を考えているのだろう、皆目見当がつかない。
久しぶりに見る国王は髪に白いものが交り、顔のしわが増えたようだ。10年以上も会ってないのだから変わって当然である。向こうからは「大きくなったね」や「きれいになったね」などの言葉をかけられるのかと思ったが、そのようなことは一切なかった。
「今回お前を呼んだのは他でもない、縁談を紹介したいと思ったんだ」
「え、縁談ですか!?」
一瞬礼儀もかなぐり捨てて大声を上げてしまった。それくらい予想してなかったことだ。どうして今更、血縁関係者のようなことをするのだろう。
「これは外交的にも非常に重要な、つまり政治色の強い婚姻だ。だからお前には重要な役割を果たしてもらうことになる」
神妙な表情で述べる国王の顔を、ロザリンドは不敬であるにもかかわらずまじまじと見つめた。
「つまり、政略結婚ということですか」
「そうだ。飲みこみが早いな。相手は我が国と西側の国境を接するタルホディア皇国。言わずと知れた獣人が治める国だ。そこの若き皇帝、レグルス・ラド・タルホディアという名前を聞いたことがあるだろう。帝位について日が浅いが国民からの信頼は厚く、体制は盤石だ。5年前に妻を亡くしてからは独り身で、今年で30歳を迎えるらしい。前妻との間に子は設けておらず、跡継ぎを作らなくてはならない。そこで、お前の出番だ」
国王と目が合って、ロザリンドは体をびくっと震わせた。
「後妻としてタルホディアに嫁いでほしい。この、カルランス王国の王女として」
「は? 王女ですか?」
ロザリンドは、余りの手のひら返しに気の抜けた声を上げた。まさか、自分が王女に返る日が来るなんて。
「私は、国王陛下とは血のつながっていない他人のはずです。14年前にそう決められたではありませんか。それなのに、なぜ今更?」
「この婚姻のためだよ。いくら獣人とは言え、皇帝の妻として差し出すには平民のままではいられない。そこでお前をわが国の第一王女として復位させる。時間がないので、早速このまま王宮にとどまって準備に取り掛かって欲しい。平民の期間が長かったから、新しく覚えなければならないことも多いだろう。カルランス代表として恥ずかしくない王女として研鑽を積んで欲しい」
余りの急な話にロザリンドは絶句するしかなかった。なぜタルホディア? 母方の血のつながっていない兄弟にタルホディア人がいたと聞いたことがあるがそれっきりで、縁もゆかりもない種族である。だが、一方でなぜ自分が選ばれたか腑に落ちる部分もあった。
獣人は人間より物理的に力が強く、戦になればまず勝ち目はない。我が国カルランスは、国境を接しているためタルホディアを刺激せずに外交を行う必要がある。しかし同時に、獣人は人間より劣った存在として差別されてもいた。王族の大事な姫をあんな野蛮な国に嫁に出すわけにはいかないのだろう。そこで選ばれたのがロザリンドだ。
ロザリンドは、母が姦淫の疑いで処刑されるまで、カルランス王国の第一王女だった。王妃だった母は最期まで無実を訴えたが聞き入れられず、一人娘であるロザリンドも不義の子だと一方的に断罪され、身分をはく奪された。
10歳で王宮を放逐された彼女は、母の実家に引き取られたが、運悪く跡継ぎが早世し、年老いた祖父母も相次いで亡くなり、孤立無援の身となった。それでも18歳までは寄宿舎にいられたが、卒業してからは働く必要が出て、家庭教師を3年、現在の付添人を3年勤めている。すっかり身も心も平民に染まり、王族だった頃の欠片はこれっぽちも残っていない。
そんな取るに足らない存在だから、獣人の花嫁として選ばれたに違いない。捨て駒としてはおあつらえ向きな存在だ。例え万一のことがあっても簡単に切り捨てられる。そんな国王の思惑が垣間見えた気がした。元より国王の命令だから逆らえる術なんてない。しかし、この人を父親だと思った過去の自分が、この上もなく愚かに思えたのもまた事実だった。
そんな中、ロザリンド・ウィザースプーンは、自分の役割を全うすることに全力を注いでいた。完璧な壁の花でいるという使命。それが彼女に求められた全てだ。
栗色のふんわりした髪は緩く結われ、色素の薄い肌に頬のピンク色がよく映えている。ミントグリーンの装飾の少ないドレスだが、小柄な体型に似合っていてさながら妖精のような儚さがある。ぱっと見ふわふわした印象だが、ヘイゼルの瞳は一点をまっすぐ見つめ、直立している姿はどこか緊張が抜けない。
そう、彼女は仕事中であった。忠犬のように、主人が踊り終わるのをじっと待っているのだ。
しかし、傍目には踊る相手のいない令嬢に見えるのだろう。普通なら、彼女のような若い娘が誰にも声をかけられないのはおかしな状況である。そう思った若い貴公子が彼女に近づいて話しかけて来た。
「本来なら、誰かを介して自己紹介するのがマナーとは存じていますが、どうかご無礼をお許しください。どうしてもあなたを放っておくことができなかったのです。私はターナー家の——」
ちょうどその時、音楽が終わり、主人のラッセル夫人が戻って来た。もういい年なのに装飾過多のドレスは、彼女の巨体をより強調している。かなり動いたらしく、顔を真っ赤にして汗をかいていた。
「ああ疲れた。この年にもなると連続して踊るのは大変ね。ロザリンド、扇をちょうだい。全く、暑いったらありゃしない。単純に部屋の温度を上げればいいってもんじゃないのよ、光熱費を惜しまないアピールかしら? あら、この方はどなた? 仕事中に雑談とはいい度胸してるわね?」
ロザリンドが慌てて弁解しようとすると、貴公子が先に口を挟んだ。
「奥様! すいません! 私が一方的に話しかけただけで、彼女は何も悪くありません。どうかお叱りにならないでください」
「あら、そうなの。なら別にいいけど」
ラッセル夫人はそう言うと、険のある顔で貴公子をじろじろと眺めまわした。貴公子はそれにもめげず、勇気を出して食い下がる。
「もしよければ、改めて奥様から娘さんを紹介していただけるとありがたいのですが……」
「娘? 冗談をおっしゃらないで、若い人。こんなみすぼらしい娘と親子なわけがないでしょう? 彼女は私の付添人です。あなたのような方と釣りあう身分ではありません。ここにはもっと素敵なご令嬢がいるでしょう? 他を当たりなさい」
そう言い残すと、ラッセル夫人はでっぷりした体をゆっさゆっさと揺らしながら立ち去り、その後ろをロザリンドが身を小さくしながら追いかけた。貴公子は呆気に取られたまま、その背中を目で追うしかなかった。
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「全く、最近の若者はマナーがなってないわね! 一人でいる女性に突然話しかけるなんて。せいぜいあなたが色目を使ったんでしょうけど」
「そんな……! 滅相もございません! 私はただ立っていただけです!」
「そうやって口答えするところも生意気ね。まだ貴族仕草が抜けないのかしら。あれから何年経っているの? いい加減自分の立場をわきまえなさい」
ラッセル夫人は一気にまくしたてると、わざとらしくため息をついた。そう言われると何も言い返せなくなる。夫人のために扇で仰いでいたロザリンドは、沈痛な面持ちでうつむくしかできなかった。
それからさっきの失点を少しでも取り戻そうと、夫人のためにフルーツポンチを持って来たり、馬車を呼んだりと甲斐甲斐しくこまめに働いた。こうして、自分は少しも舞踏会の雰囲気を楽しむ余裕がないまま、日付が変わる頃に会場を後にした。
ロザリンドが、ラッセル夫人の付添人として住み込みで働くようになって3年の月日が経つ。その前は別の邸宅で家庭教師として働いていたが、家の主人に手を出されそうになったのを、ロザリンドから誘ったと妻に逆恨みされて追い出された。働き口が見つからなくて困っていたところを拾ってくれたのがラッセル夫人だったので、何を言われても逆らえない事情があった。自分のような訳あり娘、雇ってくれるところがあるはずない。
そう思えば、横柄なラッセル夫人が救いの天使に思える。付添人という立場ながら、殆どお付きのメイドの仕事に近いのも、最初に指示したことを平気で覆してそれがロザリンドの責任にされるのも、他の使用人仲間から蔑まれていることも気にならない。相場から大分少ない給金でも、何とか生活できるだけ御の字だ。色目を使う主人がいないことも助かった。
そんなある日、王宮からの使いがラッセル家にやって来た。
「ええ、ロザリンド・ウィザースプーンはうちの使用人ですが。えっ? 彼女にですか? でもなんで今更?」
ロザリンドは、王宮という言葉を聞いて嫌な予感がしたが、主人に言われ仕方なく使者と会った。
「国王陛下直々あなたに会うんですって!? あなたとは無関係のはずじゃなかったの? 一体どうして?」
そんなこと言われてもロザリンドにも分からない。母が亡くなってから国王には会っていない。今では赤の他人のはずだ。なぜ今更自分に会うの? というのは、彼女が一番思うところだ。
そうは言っても王命に逆らえるはずがない。ロザリンドはせめてもと、できる範囲で身だしなみを整えた。持っている衣類はどれも地味だが、その中でも比較的新しいドレスを選んだ。装飾品の類も殆ど持ってないが、使用人の立場ということで許してもらおう。先日の舞踏会で着たドレスは、ラッセル夫人からの借り物だ。従者がみすぼらしい格好をしたら自分の沽券に関わると言って一時的に貸してくれたのだ。
ありったけの物でどうにか身だしなみを整え、王宮へと向かった。以前はここを住処にしていたはずだが、久しぶりに足を踏み入れるとなると随分緊張する。二度とここに戻って来ることはないと思っていたのに。
ロザリンドは、王族に対するマナーを忘れてないか冷や冷やしながら頭の中で繰り返し復習した。会うのは初めてではないが、臣下としては初めてかもしれない。自分の覚えているマナーで合っているのかどうしても自信が持てないでいた。
「ああ、久しぶり。そう固くならずに、まあ座りなさい」
しかし、国王の調子はあっけないほどにざっくばらんだった。王族に拝謁する時の長口上を述べようとすると、「ああ、いい」と止められてしまった。一体何事だろうと訝しく思いながら腰を下ろす。
この人を父と呼んだ時代もあった。しかし、今は血のつながりのない赤の他人である。ロザリンドはどんな顔をして接したらいいのだろうと戸惑ったが、国王の方は何食わぬ顔をしたままリラックスした様子だ。これじゃまるで親子のようではないか。一体何を考えているのだろう、皆目見当がつかない。
久しぶりに見る国王は髪に白いものが交り、顔のしわが増えたようだ。10年以上も会ってないのだから変わって当然である。向こうからは「大きくなったね」や「きれいになったね」などの言葉をかけられるのかと思ったが、そのようなことは一切なかった。
「今回お前を呼んだのは他でもない、縁談を紹介したいと思ったんだ」
「え、縁談ですか!?」
一瞬礼儀もかなぐり捨てて大声を上げてしまった。それくらい予想してなかったことだ。どうして今更、血縁関係者のようなことをするのだろう。
「これは外交的にも非常に重要な、つまり政治色の強い婚姻だ。だからお前には重要な役割を果たしてもらうことになる」
神妙な表情で述べる国王の顔を、ロザリンドは不敬であるにもかかわらずまじまじと見つめた。
「つまり、政略結婚ということですか」
「そうだ。飲みこみが早いな。相手は我が国と西側の国境を接するタルホディア皇国。言わずと知れた獣人が治める国だ。そこの若き皇帝、レグルス・ラド・タルホディアという名前を聞いたことがあるだろう。帝位について日が浅いが国民からの信頼は厚く、体制は盤石だ。5年前に妻を亡くしてからは独り身で、今年で30歳を迎えるらしい。前妻との間に子は設けておらず、跡継ぎを作らなくてはならない。そこで、お前の出番だ」
国王と目が合って、ロザリンドは体をびくっと震わせた。
「後妻としてタルホディアに嫁いでほしい。この、カルランス王国の王女として」
「は? 王女ですか?」
ロザリンドは、余りの手のひら返しに気の抜けた声を上げた。まさか、自分が王女に返る日が来るなんて。
「私は、国王陛下とは血のつながっていない他人のはずです。14年前にそう決められたではありませんか。それなのに、なぜ今更?」
「この婚姻のためだよ。いくら獣人とは言え、皇帝の妻として差し出すには平民のままではいられない。そこでお前をわが国の第一王女として復位させる。時間がないので、早速このまま王宮にとどまって準備に取り掛かって欲しい。平民の期間が長かったから、新しく覚えなければならないことも多いだろう。カルランス代表として恥ずかしくない王女として研鑽を積んで欲しい」
余りの急な話にロザリンドは絶句するしかなかった。なぜタルホディア? 母方の血のつながっていない兄弟にタルホディア人がいたと聞いたことがあるがそれっきりで、縁もゆかりもない種族である。だが、一方でなぜ自分が選ばれたか腑に落ちる部分もあった。
獣人は人間より物理的に力が強く、戦になればまず勝ち目はない。我が国カルランスは、国境を接しているためタルホディアを刺激せずに外交を行う必要がある。しかし同時に、獣人は人間より劣った存在として差別されてもいた。王族の大事な姫をあんな野蛮な国に嫁に出すわけにはいかないのだろう。そこで選ばれたのがロザリンドだ。
ロザリンドは、母が姦淫の疑いで処刑されるまで、カルランス王国の第一王女だった。王妃だった母は最期まで無実を訴えたが聞き入れられず、一人娘であるロザリンドも不義の子だと一方的に断罪され、身分をはく奪された。
10歳で王宮を放逐された彼女は、母の実家に引き取られたが、運悪く跡継ぎが早世し、年老いた祖父母も相次いで亡くなり、孤立無援の身となった。それでも18歳までは寄宿舎にいられたが、卒業してからは働く必要が出て、家庭教師を3年、現在の付添人を3年勤めている。すっかり身も心も平民に染まり、王族だった頃の欠片はこれっぽちも残っていない。
そんな取るに足らない存在だから、獣人の花嫁として選ばれたに違いない。捨て駒としてはおあつらえ向きな存在だ。例え万一のことがあっても簡単に切り捨てられる。そんな国王の思惑が垣間見えた気がした。元より国王の命令だから逆らえる術なんてない。しかし、この人を父親だと思った過去の自分が、この上もなく愚かに思えたのもまた事実だった。
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