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37.回想

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* * * *



(殿下とお話をしろ、と言われましても……。)

  あのパーティーの後からわたくしに対しては一切情報がなく、それぞれの処遇も何も聞かされていませんでしたから、そんな状態で改めてお話しできることなど思い付きませんでした。

  ただ、それは先方も承知のはずなので、おそらくは非公式に謝罪のようなものがしたいのだろうと、わたくしも家族も予想していたのですが。

  美しい庭園を望む王宮の一室でわたくしと向き合い、殿下が真っ先に口になさったのは、謝罪でもなんでもなく。

「来たか。早速だが、コンチュのことについて、お前の知っている限りの情報を教えて欲しいのだ。……彼女について、あれから色々とよからぬ話を聞いたのだが、俺にはどうにも信じられず……。」
「……はあ。」

 「王宮の者が言うには、下位の者に対して随分と過激な仕打ちをしていたようなのだ。
気に入らない令嬢を取り巻きに囲ませて執拗に恫喝させ、恐怖で人前に出られなくなるまで追い詰めたとか、ときには髪を切り落としドレスを切り裂き、身に付けていたアクセサリーを取り上げることもあっただとか。挙げ句の果てには……いや、止めておこう。
さすがに誇張と思えるものも多くあるのだが……その……まさか、本当のことではあるまい……?」
「……。」

(そこまで聞いておきながら?)

  正直、この期に及んでまだコンチュ様の本質を認識しておられないことには驚きました。

  しかし、確かに彼女はあの騒動においてフラン様ほどの醜態は曝していませんでしたし、ご自分の信じた世界をほぼ全否定された今の殿下の心境を考えれば、僅かに残った可能性にすがるように夢を見るのも無理のないことなのかもしれません。

(あの日に叩きつけられた数々の事実は、彼にとって一度に受け止めきれる量ではなかったはずでしょうから。)

  ただ、それでは困ると判断なされた陛下のご命令で、手っ取り早く目を覚まさせるために容赦なく真実を突きつけられた、といったところなのでしょう。

  けれどそれは、あくまで彼の事情にすぎません。わたくしが慮って差し上げる筋合いはないのです。

(そう、端的に申し上げて、知ったことではないのですわ。)

「わたくしにそれを聞いて、どうなさりたいのです?」
「俺はただ、真実が知りたいだけだ。人を見る目を養え、と、お前も言っただろう?」

  確かにそうは申し上げましたが。
  わたくしが疑問なのは、今この場所で、開口一番にそれをお訊ねになる意味でございます。

(わたくしのことをいまだに「お前」と呼ぶご様子、無自覚なのでしょうが、これまでとさほど変わらぬ尊大な態度……。
少なくとも、謝罪の姿勢でないことは確かですね。)

「なあ頼む、教えてくれ、本当のことを。コンチュは真にそのような、非道な真似をしていたのか……?」

  そしてそのとき、わたくしは気づいてしまったのです。

  彼の瞳に、甘えのような、期待を孕んだ色が宿っていることに。


(ああ、このお方は。わたくしに否定をして欲しいのですね。)


  わたくしや他の誰かが彼女の所業によって苦しめられたかもしれない、だとか。
  事実だとしたら、具体的にどのようなことをされたのか、だとか。
  そういうことを知りたいのではなく。

  自分の信じる彼女を肯定して欲しいだけなのだ、と。

(この状況下で自分を誑かした女性に執心している場合ではないと思うのですが……。)

  ただ、ここ数日で随分とやつれた様子の彼はせめて彼女との思い出だけでも守りたいのかもしれませんし、とんでもない女性に庇護を与えたことにより、結果的にその悪行の片棒を担ぐような真似をしてしまったことを認めたくないのかもしれません。

  どちらにせよ、わたくしが悟ったのはただひとつ。

(わたくしが伝えたいことも、わたくしの心も、どうしたって理解され得ないのだわ。)

  そんなこと、とっくに思い知っていたはずですけれど。

  本当は少しだけ、期待していたのかもしれません。

  全てを理解した彼から、まっとうな謝罪をいただけるものと。
  もしかしたら、婚約を継続したいという申し出があるのかも、と。

  今さらお受けする気もないけれど、この鬱屈した気持ちがそれで少しでも晴れて、これまでの苦労が報われることを。

  けれどそんなものはただの空想に過ぎず、彼の視界にわたくしが価値あるものとして映ることは決してありません。

  気のない相手に理解を求めることの、何と不毛なことでしょう。

(わが事ながら驚きですが、わたくしはこの期に及んでまだこの方に「理解されたい」と思っていたのですね。)

  けれど、もはやそれも必要のない感情でございます。

  わたくしは、切り捨てることを決めました。

(きっと彼は今とても追い詰められていて、頭の中のほぼ全てを不安や恐怖に支配されている。
そんなとき、人はそれらをかき消してくれる寄る辺を探し、僅かでも希望を見いだせば形振り構わず縋り付くのでしょう。
自身が底無しの不安から逃れ、心の安寧を得るためだけに。
そう、たったそれだけのこと。
だからこそ、剥き出しとなった本音が、本性が、顕著に現れる。)

  つまるところ、彼に執着する理由など、もはや一つも残っていないのです。
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