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29.捨て身の諜報
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物言いたげなわたくしの視線を受けたブルーノ卿は、「まあ、そういうことです。」と、多少ばつが悪そうに微笑みました。
「しかし、元々王宮側が独自に察知できていたわけではありません。
恥ずかしながら、我々がことに気づいたのは、あなたが彼を危険視していたことを知ったからですので。」
「どういう……ことですの?」
「二年前、図書館で私と貴女がお会いしたあの日。私が声をお掛けする直前に、貴女は彼が怪しいと呟いていたでしょう?……それを私が上奏したのです。もちろん綿密な調査で確信を得た上、宰相職の父を通してではありますが。」
「ああ、あれを……。聞いていらしたのですね。」
誰に聞かれるともしれない場所で不用意なことを口にしてしまった自らの迂闊さに恥じ入りはしましたが、納得できる理由ではありました。
「くそっ!なせだ……、なぜっ……、なぜ知っている!?」
「まあ。なぜ、とは?知っているとは何のことですの?」
「とぼけるな!ご丁寧にあの店の帳面まで準備していたということは、知っていたのだろう!こちらの思惑も、用意した『証拠』の内容も!他のことだってそうだ!まるで全て事前に知っていたとでも言いたげに!」
ついにフラン様は、なりふり構わずわめき散らします。
「あら、先ほども申し上げましたでしょう?あなた方、わたくしを陥れようと学園内でこそこそと相談し合っていたではありませんか。
それを少し聞かせていただいただけです。おかげで情報には事欠きませんでしたわ。」
「だからそれがおかしいと言っている!この計画の肝は全面を池に囲まれた見通しの良いガゼボでしか話したことがないのだぞ!それを簡単に聞いていたなどと……!」
そこで何かに思い当たったのか、彼は突然哄笑を始めました。
「……ああそうか、さては貴様、学園に手の内の者を侵入させたのだな?……ふっ、はははっ!
たとえ直属の侍女であろうと護衛であろうと、供の者を学園の敷地内に入れることは禁止されている!貴様は陛下の御名のもとに制定された規則を破ったのだ!王命に逆らう反逆者めが!
……そうだ、そうでもなければこの俺がこんな事態に陥っているはずがない。俺の策略は完璧だ!完璧だったはずなんだ!
こんなことが許されてたまるか!お前も、お前も道連れにしてやる!」
壊れたように笑い続けるフラン様に対し、わたくしは淡白に答えます。
「わたくしは誰も侵入などさせておりません。なぜなら、あなたの『計画』とやらは全て、わたくし自身がこの耳で聞いたものだからです。」
「なん……だと……?」
「あなた方が意味ありげに示し合わせ、そういった場所に集うとき。わたくしはあるときは池の中に潜み、あるときは草木をこの身に纏って諜報につとめました。」
そのように語りながら、わたくしは前世で時折話に聞いたり、植物園から見た子供向けのショーで存在を知ることのあった「忍者」というものの情報がとても役立ったことを思い出していました。
そう。
わたくしは自ら体を張り、いにしえの「忍者」のごとく目立たずかつ動きやすい衣装に身を包み、彼らの手の内を探るためにがっつりと張り込みをしていたのです。
春には爛漫の花々を、秋には落ち葉をわが身に纏って擬態をし。
夏は口に咥えた細長い筒を水面に出して呼吸を確保しながら池に潜み、冬は白鳥の羽毛を纏い、寒さに堪えながら雪に紛れ。
(見つからないよう無理な体勢で、ぷるぷると体を震わせながら長時間の張り込み……。今思い出しても、過酷な日々でしたわ。)
「それはどう考えても嘘だろう!病弱なお前がそんな真似をできるはずがないではないか!」
すかさず声をあげられた殿下に、わたくしはため息をつきました。
「随分と前から誤解をなさっているようですが、そもそもわたくしは病弱ではなく、殿下にそのように申し上げたこともございません。今も昔も、この体は至って健康ですわ。」
「えっ。」
「……本当に、最初からわたくしに関心をお持ちでなかったのですね。」
(正直、殿下には心底がっかりですわ。)
たったこれだけのことを聞いていただくために、わたくしは何度袖にされ、どれほどの時間と労力をかけたのでしょう。
ようやくきっぱりと告げることができた安堵感とともに、大きな脱力感が襲います。
確かにアクミナータ家は代々病弱な家系ではありますが、突然変異か神の気まぐれか、わたくしだけは生まれた時から今に至るまで、正真正銘の健康優良児。
そのことは最初の顔合わせの際にお話してありますし、そもそも婚約の時点で王宮側から殿下への説明がなかった筈がないのです。……にもかかわらず全く認識しておられないというのは、つまりそういうことに他なりません。
「ちなみに、彼女が自ら情報を集めたというのも嘘ではありませんよ。現状を鑑みて学園には王命による監視が入っていましたから、その事実についても王宮が把握しておりますので。」
ブルーノ卿は淡々とした口調で補足してくださいました。
「そして、キャスリン嬢が直接的に動いたとされる全ての嫌疑について、彼女が反証となる完璧なアリバイを持っているのは、あなた方が彼女に被せる予定の罪状全てを事前に知っていたから。
侯爵令嬢たる彼女がそこまで徹底して調査しなければならなかった、その真の理由も含めて、彼女はよくよく理解なさっていました。……そうでしょう?キャスリン嬢。」
「……ご明察のとおりでございますわ。」
わたくしは、面食らいながらもそう答えたのでした。
「しかし、元々王宮側が独自に察知できていたわけではありません。
恥ずかしながら、我々がことに気づいたのは、あなたが彼を危険視していたことを知ったからですので。」
「どういう……ことですの?」
「二年前、図書館で私と貴女がお会いしたあの日。私が声をお掛けする直前に、貴女は彼が怪しいと呟いていたでしょう?……それを私が上奏したのです。もちろん綿密な調査で確信を得た上、宰相職の父を通してではありますが。」
「ああ、あれを……。聞いていらしたのですね。」
誰に聞かれるともしれない場所で不用意なことを口にしてしまった自らの迂闊さに恥じ入りはしましたが、納得できる理由ではありました。
「くそっ!なせだ……、なぜっ……、なぜ知っている!?」
「まあ。なぜ、とは?知っているとは何のことですの?」
「とぼけるな!ご丁寧にあの店の帳面まで準備していたということは、知っていたのだろう!こちらの思惑も、用意した『証拠』の内容も!他のことだってそうだ!まるで全て事前に知っていたとでも言いたげに!」
ついにフラン様は、なりふり構わずわめき散らします。
「あら、先ほども申し上げましたでしょう?あなた方、わたくしを陥れようと学園内でこそこそと相談し合っていたではありませんか。
それを少し聞かせていただいただけです。おかげで情報には事欠きませんでしたわ。」
「だからそれがおかしいと言っている!この計画の肝は全面を池に囲まれた見通しの良いガゼボでしか話したことがないのだぞ!それを簡単に聞いていたなどと……!」
そこで何かに思い当たったのか、彼は突然哄笑を始めました。
「……ああそうか、さては貴様、学園に手の内の者を侵入させたのだな?……ふっ、はははっ!
たとえ直属の侍女であろうと護衛であろうと、供の者を学園の敷地内に入れることは禁止されている!貴様は陛下の御名のもとに制定された規則を破ったのだ!王命に逆らう反逆者めが!
……そうだ、そうでもなければこの俺がこんな事態に陥っているはずがない。俺の策略は完璧だ!完璧だったはずなんだ!
こんなことが許されてたまるか!お前も、お前も道連れにしてやる!」
壊れたように笑い続けるフラン様に対し、わたくしは淡白に答えます。
「わたくしは誰も侵入などさせておりません。なぜなら、あなたの『計画』とやらは全て、わたくし自身がこの耳で聞いたものだからです。」
「なん……だと……?」
「あなた方が意味ありげに示し合わせ、そういった場所に集うとき。わたくしはあるときは池の中に潜み、あるときは草木をこの身に纏って諜報につとめました。」
そのように語りながら、わたくしは前世で時折話に聞いたり、植物園から見た子供向けのショーで存在を知ることのあった「忍者」というものの情報がとても役立ったことを思い出していました。
そう。
わたくしは自ら体を張り、いにしえの「忍者」のごとく目立たずかつ動きやすい衣装に身を包み、彼らの手の内を探るためにがっつりと張り込みをしていたのです。
春には爛漫の花々を、秋には落ち葉をわが身に纏って擬態をし。
夏は口に咥えた細長い筒を水面に出して呼吸を確保しながら池に潜み、冬は白鳥の羽毛を纏い、寒さに堪えながら雪に紛れ。
(見つからないよう無理な体勢で、ぷるぷると体を震わせながら長時間の張り込み……。今思い出しても、過酷な日々でしたわ。)
「それはどう考えても嘘だろう!病弱なお前がそんな真似をできるはずがないではないか!」
すかさず声をあげられた殿下に、わたくしはため息をつきました。
「随分と前から誤解をなさっているようですが、そもそもわたくしは病弱ではなく、殿下にそのように申し上げたこともございません。今も昔も、この体は至って健康ですわ。」
「えっ。」
「……本当に、最初からわたくしに関心をお持ちでなかったのですね。」
(正直、殿下には心底がっかりですわ。)
たったこれだけのことを聞いていただくために、わたくしは何度袖にされ、どれほどの時間と労力をかけたのでしょう。
ようやくきっぱりと告げることができた安堵感とともに、大きな脱力感が襲います。
確かにアクミナータ家は代々病弱な家系ではありますが、突然変異か神の気まぐれか、わたくしだけは生まれた時から今に至るまで、正真正銘の健康優良児。
そのことは最初の顔合わせの際にお話してありますし、そもそも婚約の時点で王宮側から殿下への説明がなかった筈がないのです。……にもかかわらず全く認識しておられないというのは、つまりそういうことに他なりません。
「ちなみに、彼女が自ら情報を集めたというのも嘘ではありませんよ。現状を鑑みて学園には王命による監視が入っていましたから、その事実についても王宮が把握しておりますので。」
ブルーノ卿は淡々とした口調で補足してくださいました。
「そして、キャスリン嬢が直接的に動いたとされる全ての嫌疑について、彼女が反証となる完璧なアリバイを持っているのは、あなた方が彼女に被せる予定の罪状全てを事前に知っていたから。
侯爵令嬢たる彼女がそこまで徹底して調査しなければならなかった、その真の理由も含めて、彼女はよくよく理解なさっていました。……そうでしょう?キャスリン嬢。」
「……ご明察のとおりでございますわ。」
わたくしは、面食らいながらもそう答えたのでした。
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