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19.窮地

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  会場の警備にあたっているはずだった、学園所属の警護騎士達。

  そんな彼らに、わたくしたちは敵意を持って囲まれています。

「ククッ。キャスリン嬢には、絶対に今この場で過ちを認めていただかなくてはならぬのです。」

  フラン様は、この状況に満足そうに薄ら笑いを浮かべました。

「キャスリン様……!」
「貴方たち、何をなさるのですか!」

  これまで静観していたわたくしの友人たちが、たまらず駆け寄ろうと動きます。

「!いけない!下がりなさい!」

  わたくしは咄嗟に叫びました。

(出てきては駄目、わたくしが被る冤罪に家門ごと巻き込まれかねません。)

  そう思いを込めて見据えると、彼女たちはビクリと足を止めました。

「ククッ、私とてご令嬢相手に乱暴なことはしたくありません。ですからその身が惜しければ、この私の言うとおりになさい。
無駄な足掻きをやめて、即刻!コンチュ嬢に!誠意を込めて!謝罪するのです。」
「お、おいフラン。私は何もここまで……。」

  突然の暴挙と、それに酔いしれるようなフラン様に戸惑っておられるのでしょう。
  ジェフリー王子殿下が、おずおずと制止の声を上げました。

  しかし。

「何を甘いことを仰るのです、殿下。ここまで来ては、もう後戻りなどできるわけがないでしょう。」

  フラン様はそれを一笑に付します。

「難しく考えることはありません、重要なのは謝罪がなされたという事実。あとはその事実を、声を大にして喧伝すれば良いだけです。さすれば、学園も我々の話に乗らざるを得ないでしょう。
まさか管理下にある騎士を統制もできず歯向かわれ、その脅しに屈するような失態を、公にできるはずがありますまい。……ですよね?学園長。」
「……。」
「ご心配なさらずとも、これは全て正義のための行為。多少強引ではありますが、こうでもしなければ殿下のお志は貫けないのです。
醜悪で愚かなる魔女から我が国とコンチュ嬢を守り、理想を実現したいのでしょう?」

  ゆっくりと諭すような声色で紡がれるそれは、彼の得意とするところ、さながら悪魔の囁き。
  無防備に耳を貸す人の心を惑わし、じわじわと浸食していくのでしょう。

  そして。


「そう……だな。フラン、確かに君の言う通りだ。」


  その甘言は、いかに高貴な身分の人間であろうと、例外なく響いてしまうのです。

「!……ジェフリー殿下……っ!」

  今この瞬間まで、これほど彼の名を苦々しく絞り出したことがあったでしょうか。

  つい先程までは紛れもなくわたくしの婚約者であったはずの彼は、共に我が国の未来を担うはずであった彼は。
  卑劣な手段によってもたらされた最悪の状況下で、わたくしを切り捨てることを決めたのです。

「さあ、無理にでも頭を下げていただきますよ、キャスリン嬢。皆の前で額を地面に擦り付け!無様に!謝罪するのです!
ククッ、安心なさい。ご自分でできないというのなら、我々が手伝って差し上げますから!」

  殿下は今の彼の人相を見て、何もおかしいと思わないのでしょうか。
  そう疑問を持つほどに歪んだ笑みを浮かべたフラン様の合図とともに、護衛騎士たちがわたくしに向かってジリジリと距離を詰めてきます。

  武装した何人もの屈強な男性に詰め寄られる状況は、わたくしにとってただただ恐怖でしかありません。

(あくまで学園内での争いだと思い込んでいた、わたくしが間違っていましたわ……!)

  この会場にいる騎士全員が足並み揃えて学園に背くだなんて。
  一生徒に過ぎない伯爵令息が教師を一人二人味方につけた程度では、到底成し得ることではありません。

  学園付きの警護騎士は、王宮同様に相応の家柄であることが条件の一つであるため、必然的に古参貴族の家系の者が多くいます。

  家名を背負っているからこそ簡単には裏切れないはずの彼らを組織的に動かせたということは、つまり、裏で複数の古参貴族たちが関わっているに違いないのでした。

(学園内に目を光らせるだけでは足りなかった、甘かった……!)

  けれど、今さら思い知ったところでどうにもなりません。

(しかるべき場に持ち込めさえすれば、まだまだ手はありました。十分な証拠は用意してありましたのに……!)

  わたくしはギリリと奥歯を噛み締めました。

「さあ!さあ!さあ!」

  フラン様はそんなわたくしを勝ち誇ったように嘲笑し、煽るように急かしてきます。

  コンチュ様は「ざまあみろ」とでも言いたげに口角を吊り上げ、殿下の側近候補たちはニヤニヤと愉快そうに笑い、彼らの周囲を取り巻く生徒たちはヒソヒソとわたくしを指差して囁き、嗤いました。

「ねえあの顔、ご覧になって。あまりにも情けなくって笑えますわ。」
「嫉妬に狂った女の末路とは、本当に醜いものだな。」
「やはり下賤な連中と付き合うと、ああなってしまいますのねぇ。」

(まるで見世物にでもされているよう。地獄とはこのことですわ。悔しい……、口惜しい……!)

  結局わたくしは何もできず、何者にもなれない。幸福を望むことすら不相応で、分をわきまえろということなのでしょうか。

  それは婚約者に蔑ろにされる度、当て擦りのような他の令嬢への寵愛を目にするたび、何度も思ったことでした。

  負けてはいけない、まだ戦わなくてはいけないのですから、と自らを奮い立たせようとしても、今この状況が引き金となって、一番思い出したくない光景がフラッシュバックします。


──2つ先に刺さっていた、三色チョコのコーティングに色つきのアラザンをまぶされた可愛いバナナが。

──隣に刺さっていた、シックな下地にカラフルなチョコペンで模様を描かれ、ココナッツパウダーとアーモンドダイスを飾られたお洒落なバナナが。

──みんなみんな、わたくしを置いてどんどん愛されて、売れていく。

──真っ茶色の冴えないわたくしを、屋台の真ん中にひとつ残して。


(忘れもしない。最後にポツリ、誰に見向きもされず、塗りたくられたドロドロのチョコが固まるのを惨めな気持ちで待つことしかできないわたくしと、それを困ったように見つめる人間たちのあの表情。)

  じわり、目の前が涙に滲みます。

(……ああ。所詮、私は……。)

  もはや体の震えも、浅くなる呼吸も止めることができません。

  その場に立っていることすら困難になりかけた、そのときでした。


「そこまでだ。」


  会場に、凛と澄んだ声が響き渡りました。
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