咲かないオメガ

マロン

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川嶋沙月の場合

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 3年後


 都心から電車で30分ほどの所にその昔ニュータウンとして栄えた町に2人はいた。

 当時若いファミリー達がこぞって家を建て、賑わいを見せたその町は交通の利便性が良いのに住人の高齢化でずいぶん寂れてきていた。

 沙月の兄は仕事で街の再開発を請け負っておりこの街の再開発もその仕事の一つだった。

 寂れた商店街、その地名にちなんで錆びついたアーケードには《桜ヶ丘商店街》と書いてある。

 兄が僕たちのところへやってきて「ここはどうかな?」と聞いてきた。

「うん!いいと思う!陽太さんどう?」

「そうだね。ここにしよう。お兄さんよろしくお願いします。」
 と頭を下げた。

 それから1年後桜ヶ丘商店街はアーケードも新しく、その端っこに《桜ヶ丘小児科・内科クリニック》がある。

 院長は仲井陽太だ。看護師は和泉拓人、櫻学園の看護師だったその人は僕たちの話を聞いて学園を辞めて来てくれた。
 そしてその真向かいには《桜ヶ丘保育所》がある。

 アーケード内にあった閉店となっている店舗を2つほど無くして運動場の敷地にしてある。

 真夏の暑い日は日差しが遮られるし、雨の日も園庭で遊べるので評判は上々だ。

 保育所を開設するにあたりひまわり保育園の園長先生や他の先生にも沢山助力をもらった。

 運営に関することはもちろん、沙月と一緒に働いてくれるのに人間的にも申し分のない先生を斡旋してくれたり保育用品を購入する問屋さんも懇意にしている業者を紹介してくれたりして保育所の運営なんて右も左もわからない沙月は本当に助かった。

 沙月の兄によってゴーストタウンになりかけていた街は活気を取り戻しつつあり若いファミリーが街に沢山住み始めた。

 商店街には新しいお店がいくつも出来ている。

 その一つが姉の番の始めた美容院だ。

 姉の番は美容師として働いていたがこの商店街の話を聞いて独立してここに店を構えた。

 姉が番さんと知り合った時すでに美容師として働いていたそうで、オメガでありながら資格を取りいっぱしに働いていることに心底驚いたそうだ。

 オメガはアルファに庇護されなくても特別にアルファやベータと張り合おうとしなくても身体にあった抑制剤を飲んで適切に診察を受けていれば発情期に左右されず普通に暮らせるのだということを全く知らなかったと姉は悔やんでいた。

 「それをわかっていたら沙月のことを母から守れたかもしれないのに…」と涙を流した。

 それももう過ぎてしまったことだから…と沙月は気にしていない。

 沙月は今、仲井沙月となって商店街近くの一軒家で陽太と共に暮らしている。

 身体もつなげた。フェロモンに翻弄されるような激しいものではなくお互いを慈しむようなお互いを確かめ合うような優しい行為。

 心も身体も満たされるような気持ちになる。

 一緒になろうと決める前に沙月は気になっていることがあった。

 それは自分は機能不全のオメガだから番うことができない、でも陽太さんはアルファだからもし他のオメガのフェロモンを感じた時に僕では陽太さんを引き止められないんじゃないか…ということ。

 すると陽太さんは実はね…と自分は若い時からオメガに対して何かを感じたことはなく自分を狙ったいわゆるオメガテロのようなことにあっても少し不快な気持ちになるだけでラットを起こしたこともなかったと。

 若い頃はラットの抑制剤を常備していて何かあればすぐに飲んでいて、自分がラットを起こさないのは抑制剤が身体に合っていてよく効いてるからだと思っていたけど、ある時抑制剤を忘れてオメガテロにあってしまった時に全く平気だったことがあったんだ。
それから自分はラットを起こさないんじゃないか?と思ったそうだ。

 普段からアルファのフェロモンもほとんど出ておらず、周囲の人たちは僕がちゃんと抑制剤を服用しているからフェロモンが出ていないと思っているけど本当は全く飲んでないんだよ…と苦笑した。

 子種も非常に少ないらしくて子供を作ることも難しいらしい。

「僕は沙月にしか心を動かされないんだ。僕と沙月ちょうどピッタリだと思わない?ある意味運命の番だよ思うよ。」
 そう言って優しく口付けてくれた。

 番となるようなアルファとオメガのような強く激しい愛情ではないけど、自分たちには穏やかで深い愛情がある。
 沙月はもう何の憂いもなく陽太の胸に飛び込んだ。
 
 櫻学園を退所した時にはこんな未来想像できなかった。

 毎朝起きると隣には愛する人がいて、沢山の子どもたちに囲まれる充実した仕事があって、大変なことももちろんあるけれど幸せを感じて生きている。
 
 オメガとしては咲かなかったけれど…と沙月は言うけれど陽太は知っている。

 沙月の笑顔は花が咲いたようだということを。
 
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