愛されベータ

マロン

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 アメリカへ留学して10年が経った。

 僕は小児科医としてアメリカの病院に勤務している。

 この10年は勉強や臨床に忙しく目まぐるしい日々で充実した日々だった。

 高人や汐李のことを思い出さない日はなかったけど、忙しさでかき消すように過ごして来た。

 アルファやオメガだけでなくベータにも沢山アプローチされたけどどうしてもお付き合いする気持ちにはなれなかった。

 そうして選んだ小児科医への道。

 子どもたちを見るとササクレだった心が凪いだ。

 子供たちは可愛くて、難病で苦しんでいる子たちも一生懸命病気と戦っている。

 そんな子たちの力になりたくて僕は治療はもちろん子どもやその家族への心のケアについて学んでそして寄り添った。

 そんな時上司から日本で開催される小児科の学会へ行くように薦められた。

「日本へは10年間一度も帰ってないんだろ?そろそろ帰って家族にでも会って来たらどうだ?」
 と言われてしまって断れなかった。

 そうして僕は10年振りに日本へ帰国した。

 上司の計らいで学会よりも数日前に帰国した。

 両親の営むペンションへ初めて行けた。

 両親は幾分か老けていたけど相変わらず仲良しで僕を優しく出迎えてくれた。

 久しぶりのお父さんのご飯を食べてお母さんの淹れるお茶を飲み積もる話が沢山あって夜遅くまでおしゃべりした。

 次の日はペンションの掃除や、料理の仕込みを手伝ってひさしぶりに気持ちの良い日を過ごした。

 学会の日が近づき両親と別れる時が来た。

 お母さんは僕を抱きしめて「朔がやりたいことをやりなさい。好きなように生きて良いから。帰りたくなったらいつでも帰って来なさい。」と言ってくれた。

 お父さんは「元気でやれよ。」と言って顔を背けた。

 僕は2人に抱きついて「お父さんとお母さんの子どもで良かった。ありがとう。また来るね。」
 と言ってペンションを後にした。

 





 学会は都心のホテル内にある大ホールで行われた。

 湯川先生に学会の連絡をしたら一緒に参加すると返事があったので会場ロビーで待ち合わせた。

「湯川先生!ご無沙汰してます!」

 相変わらずカッコいい湯川先生は以前と変わらない優しい笑顔で現れた。

「朔くん久しぶりだね。大人っぽくなったなー。」と言いながら頭を撫でる。

「先生!僕もう28ですよ?」と言いながら2人で会場へ入った。

 学会はとても興味深い内容だった。

 小児科医療の新しい考え方や実践報告などが盛り込まれ出席して良かったとアメリカの上司に感謝した。

 学会が終わりどこかで食事でもしようとホールを出て歩き出した時に後ろから「朔!」と声がした。

 振り返ると高人と汐李が立っていた。

 真剣な顔でこっちを見ている。

 僕は咄嗟に逃げた。
 湯川先生も慌てて追いかけて来た。
 必死に逃げて宿泊するホテルの部屋へ駆け込んだ。
 会場のホテルからは少しだけ離れている。
 とにかくあの2人から逃げたかった。

 湯川先生は僕に「大丈夫かい?」と言いながら冷蔵庫からペットボトルの水を出して渡してくれた。

 それを受け取って一口飲んでから「ご心配かけてすみません。」と謝った。

 高人と汐李は仕事だったのだろうか?
 2人で小鳥遊グループの仕事をしているのだろうか?

 番となって子供もいるかもしれない。
 そんな2人と顔を合わせるのはまだ平気ではいられない。

 俯いてなにも言わない僕に湯川先生は言った。

「こんな時に言うことではないんだと思うけど…朔くん私と付き合ってみないか?」

「へっ?」思わずへんな声で返事をする。

「いきなりで驚いたかな?でも私は朔くんのことがずっと好きだったんだよ。僕はベータで男だけどね。朔くんと公私共にパートナーとして生きていきたいんだけど。どうかな?」

 思ってもいなかった告白に僕の頭の中は固まってしまった。
 でもすぐにハッとして慌てて答えた。

「ごめんなさい。急過ぎてびっくりしてしまって。」

「全く意識してなかったと思うから大丈夫。返事はすぐじゃなくて良いよ。良く考えてみて。」
 と話していたら部屋のインターホンが鳴った。

 湯川先生がドアまで行ってどちら様ですか?と聞くとドアの向こうから

「朔!海里だ!開けてくれないか?」と聞こえた。

 海里?と僕は慌ててドアまで走った。
 勢いよくドアを開けるとそこには随分とがっしりした身体になった海里がいた。

「海里!久しぶりだね!元気だった?っていうかなんでここに僕がいるってわかったの?」
 と矢継ぎ早に聞いた。

 その隣で湯川先生が「三枝くん…朔くんと知り合いだったのかい?」と聞いた。

 湯川先生と海里は知り合いだったの?と思ってると海里が
「僕ね産科医になったんだ。バースセンターで研修を受けたことがあってね。湯川先生にもお世話になったんだよ。」

 そうだったんだ。湯川先生に海里とは中学からの同級生だったこと高校も一緒で仲が良かったことを話した。

「そうだったのか…研修中もバース性のことを熱心に勉強してたからよく覚えているよ。」

「ところで朔?どうして僕がここにいるか疑問でしょ?」と海里が言った。

 そして「高人と汐李に頼まれたんだ。朔と話をして欲しいって。」

 高人と汐李はずっと僕を探していて帰国したことをどこかで聞きつけて追っていたらしい。

 やっと見つけたけど高人と汐李では警戒されて話も聞いてもらえないんじゃないかと海里が頼まれたという。

「まどろっこしい話はなしだよ。高人と汐李は番っていない。婚約も結婚もしていないんだよ。」

 え?だって2人は運命の番で、あの時衝撃的な出会いをして抱き合うところまで僕は見た。

 シェルターでオメガの子たちも婚約したって話してたし…。

 朔がタクシーでバースセンターへ運ばれた後大変だったんだから…とあの日起こったことを話してくれた。

 普段からフェロモンコントロールが完璧な2人だけどさすがに運命の番に出会った瞬間に出てくるフェロモンは抑えるのにパワーと時間がかかったようで2人とも睨み合いながら集中してフェロモンを抑え込んでたらしい。

 見つめ合ってるように見えたのは睨み合ってたってことみたいなんだけど…。

 そして近寄った途端に高人から僕の匂いが漂ってきてカッとなった汐李が掴みかかったんだって。

 そこから高人も朔を悲しませたオメガがコイツだって気がついて取っ組み合いになった。

 上位アルファと上位オメガの本気の取っ組み合いだから誰も近寄れずで大変だったそうだ。

「後はさ、高人と汐李から直接聞いてよ。あの2人は本当に朔のことが好きなんだよ。」

 そして湯川先生に向かって言った。

「湯川先生は朔に隠していることがありますよね?僕の口から言うより先生が言うべきことじゃないでしょうか?」

 隠していること?何だろう?

「バースセンターでの研修中に沢山の論文を読みました。湯川先生の研究論文も完成したものから研究途中のものまで。そして見つけたんですよ。朔の秘密を…。」

 湯川先生は諦めたように笑った。そして
「そうだね。これは朔くんにとって大切なことだね。」といって教えてくれた。

 ベータはアルファオメガの間に子どもはできないけど両性ベータで覚醒した僕は相性の良い上位アルファが相手なら孕むことができて、同じように相性の良い上位オメガなら孕ませることができると言うのだ。

「相性の良い上位のアルファオメガであることが大事なんだ。」

 上位でも相性が悪ければ子どもはできないんだって。

 実際覚醒してバースセンターへ運ばれた時意識朦朧とした中で撮ったCTには子宮ができていて採取した性液はアルファに限りなく近かったらしい。時間と共に子宮は確認できないほど小さくなりそのあと採取した精液はほぼベータに戻っていたって。

 それらの事実と高人と汐李の朔への執着具合から見て2人と朔の相性は良いと思われるんだって。

「ごめんね。朔くん。本当は高人くんと汐李くんの2人が番っていないことも婚約していないことも朔くんには伏せてたんだ。そして朔くんが2人の子どもをもうけることができることもわかってて隠した。隠した上で君に告白したんだ。卑怯者で本当にごめんね。」

 そう言って頭を下げた。

 僕はもうそんなことは気にならなかった。
 先生はいつも優しく僕に寄り添ってくれたし辛かった時もそばで支えてくれた。

「先生には感謝しかないんです。本当のことを教えてくださってありがとうございました。先生の気持ちに応えることはできませんがこれからも僕の先生として見守っていただけませんか?」

 先生は泣いていた。泣きながらウンウンと頷いて「これからも私は君の先生だよ」と笑った。
 
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