固定観念(いま)をぶち壊せ!

椎奈風音

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日常をぶち壊せ!

第二話

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「重役出勤か?いい御身分だな、藤宮ふじみや」 
 痴漢の男に煽られ、どうにも治まりがつかなくなった欲望を駅のトイレで虚しく開放し、教室に辿り着いたのは、一時間目の授業が終わった後だった。 
 こっそり教室に入ったつもりだが、隣の席の長瀬ながせには当然気付かれてしまう。 
 長瀬はクラス委員で、転校したてで右も左もわからない俺の面倒をよく見てくれる。

 長瀬は、染めたことが一度もないような漆黒の髪に、涼しげな切れ長の瞳が印象的な美形だ。 
 フレーム無しの眼鏡が一見冷たそうに見えるが、真面目でいいヤツだ。 
 長瀬はこの学校で有名人である兄貴や弟と全く似ていない俺に、普通に接してくれる数少ない人間だ。

 ……俺が言うのもなんだが、俺の家族は近所でも有名な美形家族だ。 
 どこの世界の王族かと思うほど、掘りが深く華やかな美貌の父親と、その血をそのまま受け継いだ超絶美形の兄。 
 ミスユニバースに選ばれたことがある大和撫子のような母親と、美少女顔負けの可愛い弟。 
 そして、誰にも似ていない平凡な俺……。
(俺はもしかして、橋の下の子か?) 
 ふと浮かんだ疑問を怖くなって頭から消した。 
 ……マジで、洒落にならない。

「おっはよ!藤宮。今日は遅かったな」 
ひいらぎ?」 
 ハイテンションで俺達に近付いてきたのは、金に近い茶髪で制服を着崩したチャラい男だ。 
 隣の長瀬が、眉を顰めるのを見てしまい苦笑するしかない。 
 まるで正反対の二人だが、実は長瀬と柊は従兄弟同士だ。 
 真面目な長瀬は、チャラい柊が苦手なようだが、俺から見るとなかなか面白い二人だ。 
拓海たくみ、お前が言えた義理か?」 
「なんのことかな?」 
 わざとらしく肩を竦める柊に、冷ややかな視線で淡々と語る長瀬が怖い。
「お前だって、さっき来たばかりだろ?」 
(柊、また授業サボったんだ……) 
 長瀬が機嫌が悪い理由がわかった気がする。

 柊は派手な外見通り、学校生活も派手だ。 
 授業をサボるのもしょっちゅうだし、……これは俺が言っていいことなのかわからないが、下半身もかなり緩い。 
 思春期に女の子のいない環境のせいか、ここの生徒の8割はゲイかバイだ。 
 特に柊や長瀬みたいに顔がいいヤツは、選り取り見取りで選びたい放題だ。 
 長瀬はともかく、柊は据え膳はまず間違いなく食べるタイプだろう。 
 それだけヤりたい放題な柊なのに、成績だけはいいのは何故なのか……。 
 世の中、不公平だ。

「この馬鹿のことは置いといて、藤宮今日はどうしたんだ?」 
 馬鹿なんて酷い~、と叫びながら泣き真似をする柊が正直気持ち悪い。 
 いくら顔が良くても、これは許容範囲外だ。 
 横を見たら、長瀬の顔が引きつっている。 
「これ以上、馬鹿には付き合いきれない」 
 どうやら長瀬は、さっさと柊を切って捨てる気のようだ。 
 真哉しんやったら、照れ屋さんなんだから、と語尾にハートマークがつきそうな甘ったるい声を出した柊に、ゾッと鳥肌がたった。 
 わざとなんだろうけど、気持ち悪すぎる。 
 俺も長瀬を見習って、柊を無視することにした。

「藤宮は理由もなく授業をサボるタイプじゃないし、今日は何かあったのか?」 
(何かって……) 
 今朝の電車での出来事を思い出し、真っ赤になる。 
 流石に痴漢に遭ったなんて、言えないよな。 
「えっと、満員電車でちょっと気分が悪くなっちゃって……」 
「そうか。藤宮はここに入るまでは、チャリ通だったな。じゃあ、慣れるまでは大変だろうな」 
 咄嗟に出た嘘だったが、実感が篭もっていたせいか、長瀬はすんなり納得してくれた。
 長瀬も柊も中等部の頃から電車通だったらしく、比較的空いてるスペースや満員電車で楽な方法を教えてくれるが、未だ慣れない俺は、毎朝人の波に呑まれないようにするだけで精一杯だ。


「まぁ、気を付けなよ、藤宮。満員電車で怖いのは、人に押されるだけじゃないから」 
「!?」 
 ニヤリと意味深な笑みを浮かべた柊に、心臓が嫌な音を立てた。 
(まさか、何か知ってる?) 
 もし、誰かにあの場面を見られてたとしたら、俺マジで立ち直れない……。
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