ジュエル・キス

椎奈風音

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ジュエル・キス

第五話

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 俺のバイト先である『ジュエル』という洋菓子店は、俺の家族が経営している。
 実家の隣に建てられたこじんまりとした店舗は、お客さんが4~5人入るといっぱいになるくらい狭い。
 ショーケースの中には、常時数十種類のケーキが並び、店内には他にクッキーやマドレーヌなどの焼菓子も置いている。
 大学が休みの時は俺も店に出て手伝うが、平日は両親と兄貴だけで店を切り盛りしている。
 パティシエの資格を持つ父さんと兄貴が菓子を作り、母さんが販売やラッピングをしている。

 俺の仕事は、店での接客だ。
 たまに菓子作りの方に呼ばれることもあるが、ケーキにフィルムを付けたり焼き菓子を袋に入れたりする雑用がほとんどだ。
 自分では特別不器用だとは思わないが、兄貴ほど美的センスがないせいか、仕上げを任されることはまずない。

「慎吾、これ並べとけよ」
「わかった」
 兄貴にケーキの乗ったトレイを渡され、それをショーケースに並べていく。
「兄貴、他には?」
「もうすぐ出来るから、ちょっと待て」
 空になったトレイを持って、厨房に戻ると兄貴が真剣な顔でケーキのデコレーションをしていた。
 フルーツを並べて、生クリームで飾っていくとシンプルだったケーキがあっという間に、キラキラした宝石みたいに変わっていく。
 手際がいいせいか、魔法を見ているみたいだ。

(こういう時は、カッコイイんだけどな)
 普段は横暴で、俺のことを下僕としか思っていないような兄貴だけど、仕事は絶対に妥協しない。
 その姿は単純にカッコイイと思うし尊敬もするが、いつもとの落差があり過ぎだ。
 いくら開店前で忙しいとはいえ、意地の悪い兄貴が、このまま何もしないなんてありえない。
 その予感は的中した。

「で、慎吾、無事治まったのか?」
「は?」
 唐突に訊かれて、一瞬なんのことかわからなかった。
「そこ」
 目線で身体の中心を指され、思わずトレイを落としかけた。
 意地悪く笑われ、羞恥で身体が熱くなる。
 せっかく忘れていたのに、兄貴にキスされたことまで思い出して、最悪の気分だ。

(そんなに溜まっていたのか?)
 そう思わないとやってられない。
 いくら上手かったとはいえ、相手はあの兄貴だぞ?
 俺をからかうことに生きがいを感じているとしか思えない相手にキスされて感じるなんて、俺はマゾか?
 ……いや、違う。

「癖になったんなら、またやってやろうか?」
「……本当に、最低だなっ!」
 追い打ちをかける兄貴から、出来上がったばかりのケーキをぶん取って俺は売り場に逃げた。
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