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第三章 足掻き、突き進む者
決勝
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やはりといったところか、ディルクの決勝戦の相手は目隠しの男だった。黒装束の男も必死に戦ったようだが、結局一撃も見舞うことができずに敗退したようだ。
相手の消耗を狙っていたディルクには残念ではあったが、試合が目前となってきたことで恐怖心が薄れてきていた彼は、覚悟を決めてあの相手にどう対処するかを何となくでも想像した。
相手は素手で戦うため、どんな攻撃が来てもおかしくはない。武器というのは破壊力があるが、その分攻撃もそれなりに読みやすい。
しかし素手の場合は掌底がくるのか、はたまた蹴りがくるのか、それ以外の体の部位を使ってくるのかが読みにくいのだ。しかもフェイントをかけやすいし、体も身軽なために素早い。
そのためイメージトレーニングでさえ相手にするのは億劫だが、有効そうな攻撃を頭に思い浮かべながらやってきた決勝戦の時間。ディルクは落ち着いて対処すべく深呼吸して、司会のアナウンスと共に戦場に入っていく。
今はもう見慣れてきた闘技場の対面に今回の対戦相手の男がいる。遠くからでもわかる静かな気の威圧感がディルクを圧迫する。観客にもそれが伝わっているかどうかはわからないが、とてつもない圧はそれだけで対戦相手には脅威だった。
それでもディルクは自前の精神力で落ち着きを保ち、ゆっくりと前に進み出た。同時に司会が試合の音頭を取り仕切る。
「さあ皆さま、ついにやって参りました決勝戦! 幾度とない戦いを勝ち抜いてきた二人の闘士の戦いぶりをご覧ください! まずは北の方角、熟練の武術で何人もの闘士の戦意を喪失させた男、ラウルの登場だ! 素手にも関わらずこの強さ、目隠しをしながらも人間離れした見切りを繰り返す超人はこの闘士だけに違いない! 続いて南の方角、手に持つ長剣と同じようにクールな戦いを披露し続ける旅人のコドラク! まるで死線を越えてきたかのような身のこなしと、類まれなる剣技と体術を身に着けているこの男は優勝へと突き進めるか! この闘技場の頂点を決める緊張の一戦、準備はよろしいですか? 栄光の決勝戦……始め!」
司会の声が途切れた瞬間にディルクが走り込むのと同じくして、相手の姿が忽然と消える。続けてフッと目の前に現れた影に、ディルクはなんとか反応して剣を振るい斬撃を放った。
それは確かに影を捉えたはずだったが、なぜかその斬撃は空を切り、手応えはない。代わりにディルクの背後に殺気が立つ。
一瞬だけだが強烈なそれに、ディルクは咄嗟に距離を取りつつ振り向いた。そのおかげで彼は勢い余る掌打を回避できたが、信じられないほどの風圧と尋常ではない素早さの相手がディルクの前に立ちはだかった。
「これほどまでの使い手は今まで見たことがない。一体何者なんだ?」
「ただの武道家と言って納得してもらえますかな? 私の方こそ先の攻撃が躱されるとは予想外。ですが……次は当ててみせましょう」
再び相手の姿が消えて、真正面に影が現れる。とりあえず相手の動きを見定めようと、右足を引いて正面から体を逸らしたディルクに右斜め後ろから掌打が襲いかかってくる。右肩を狙った相手の攻撃は見事に命中してしまい、ディルクはその衝撃で空中に吹き飛ばされる。
下から突き上げるように攻撃されたために斜めの状態のまま体勢を崩してしまったが、彼は剣を地面に突き刺して軸にすることで体勢を立て直した。右手になかなか力が入っていなかったが、左腕の力を振り絞って両手で剣を構え直す。
闘士が軽々と宙を舞ったことで観客の盛り上がりは絶好調で、かなりの賑わいにディルクの集中が阻害される。しかし彼は相手を見据えたまま、呼吸にだけに意識を向けた。そうすれば、やがて彼には観客の耳障りな声も聞こえなくなる。
そして研ぎ澄まされた感覚を保ったまま、彼はすぐさま反撃に転じた。風を切って進み、相手に肉薄したディルクは長剣を右上に振り上げる。相手のラウルはそれに合わせて振り上げられた剣の側に素早く身を躱したが、ディルクは突如腕を下げて左上に剣を振り上げた。
少し身をかがめて右上から来る斬撃に備えていた相手は右下からの切り上げに対応できずに、思わず両腕をクロスさせて防御の姿勢を取った。素手の防御に対してこちらは剣撃。明らかに剣の方が優勢かと思われたが、あっけなくその剣撃は肉を裂くこともなく進撃を止められてしまった。
ガキン! という音が闘技場内に響き渡り、観客もさらに騒然となる。
「素手で防御したのに剣で傷一つ付かないとはな」
「防御などするつもりはなかったのですがね。やはりあなたは侮れない相手のようだ……」
いくら下からの攻撃で力を入れにくいとはいえ、刃物を通さない肉体など通常ではありえない。何か裏があるのは確実だった。だが当然ラウルがそれを考えさせてくれるはずもなく、ディルクは身軽さを生かした相手の連撃を受けることになる。
顎を狙った掌底から脇腹をかすめる蹴り。どれも重い一撃で、しかも素早い。躱しきれずに防御する時も体ではなく剣で抑えなければ即座に戦闘不能になりかねない。それは右肩に喰らった攻撃からも明らかだった。
右下に構えた両手持ちということで観客には誤魔化せているかもしれないが、ディルクの右手はあまり使い物になっていなかった。それでもとめどなく叩きこまれる攻撃をなんとか耐え切れば、ふとしたときにほんの一瞬だけ、相手に隙が生まれた。
それはディルクがわざと攻撃を外したことでその反撃をしようと相手が大ぶりになったときのわずかな時間。右足を軸にした回し蹴り。これがディルクに到達する直前に、彼はタイミングを完璧に掴んで、使い物にならない右手を無理やり動かしそれを受け流した。
その刹那、左手に持ったディルクの剣が、両手持ちの構えの名残である右の腰元から、相手の右の腹を鋭く切り裂いた。ラウルは痛みに足を引っ込めて、右ひざを折ると腹を抑えてうずくまった。そして早々にこう呟く。
「私の負けです。優勝は彼に……」
最後まで言い切ることなく、ラウルはその場に倒れて意識を失った――。思いのほか傷が深かったようだ。数秒続いた沈黙の後、司会が大々的に告げる。
「決勝戦、勝者はコドラク闘士に決まりました! 観客の皆さん、惜しみない拍手を!」
そうしてディルクは盛大な拍手に包まれながら、闘士控室へと戻っていく。相手のラウルはすぐさまどこかへ運び込まれているようだったが、ディルクにはそれを気にする余裕などはなかった。
観客からの視線が切れた後、ディルクは右手を庇うように控え室に続く戸を開けている。どこで使うかわからない剣術への影響を心配しながら――。
相手の消耗を狙っていたディルクには残念ではあったが、試合が目前となってきたことで恐怖心が薄れてきていた彼は、覚悟を決めてあの相手にどう対処するかを何となくでも想像した。
相手は素手で戦うため、どんな攻撃が来てもおかしくはない。武器というのは破壊力があるが、その分攻撃もそれなりに読みやすい。
しかし素手の場合は掌底がくるのか、はたまた蹴りがくるのか、それ以外の体の部位を使ってくるのかが読みにくいのだ。しかもフェイントをかけやすいし、体も身軽なために素早い。
そのためイメージトレーニングでさえ相手にするのは億劫だが、有効そうな攻撃を頭に思い浮かべながらやってきた決勝戦の時間。ディルクは落ち着いて対処すべく深呼吸して、司会のアナウンスと共に戦場に入っていく。
今はもう見慣れてきた闘技場の対面に今回の対戦相手の男がいる。遠くからでもわかる静かな気の威圧感がディルクを圧迫する。観客にもそれが伝わっているかどうかはわからないが、とてつもない圧はそれだけで対戦相手には脅威だった。
それでもディルクは自前の精神力で落ち着きを保ち、ゆっくりと前に進み出た。同時に司会が試合の音頭を取り仕切る。
「さあ皆さま、ついにやって参りました決勝戦! 幾度とない戦いを勝ち抜いてきた二人の闘士の戦いぶりをご覧ください! まずは北の方角、熟練の武術で何人もの闘士の戦意を喪失させた男、ラウルの登場だ! 素手にも関わらずこの強さ、目隠しをしながらも人間離れした見切りを繰り返す超人はこの闘士だけに違いない! 続いて南の方角、手に持つ長剣と同じようにクールな戦いを披露し続ける旅人のコドラク! まるで死線を越えてきたかのような身のこなしと、類まれなる剣技と体術を身に着けているこの男は優勝へと突き進めるか! この闘技場の頂点を決める緊張の一戦、準備はよろしいですか? 栄光の決勝戦……始め!」
司会の声が途切れた瞬間にディルクが走り込むのと同じくして、相手の姿が忽然と消える。続けてフッと目の前に現れた影に、ディルクはなんとか反応して剣を振るい斬撃を放った。
それは確かに影を捉えたはずだったが、なぜかその斬撃は空を切り、手応えはない。代わりにディルクの背後に殺気が立つ。
一瞬だけだが強烈なそれに、ディルクは咄嗟に距離を取りつつ振り向いた。そのおかげで彼は勢い余る掌打を回避できたが、信じられないほどの風圧と尋常ではない素早さの相手がディルクの前に立ちはだかった。
「これほどまでの使い手は今まで見たことがない。一体何者なんだ?」
「ただの武道家と言って納得してもらえますかな? 私の方こそ先の攻撃が躱されるとは予想外。ですが……次は当ててみせましょう」
再び相手の姿が消えて、真正面に影が現れる。とりあえず相手の動きを見定めようと、右足を引いて正面から体を逸らしたディルクに右斜め後ろから掌打が襲いかかってくる。右肩を狙った相手の攻撃は見事に命中してしまい、ディルクはその衝撃で空中に吹き飛ばされる。
下から突き上げるように攻撃されたために斜めの状態のまま体勢を崩してしまったが、彼は剣を地面に突き刺して軸にすることで体勢を立て直した。右手になかなか力が入っていなかったが、左腕の力を振り絞って両手で剣を構え直す。
闘士が軽々と宙を舞ったことで観客の盛り上がりは絶好調で、かなりの賑わいにディルクの集中が阻害される。しかし彼は相手を見据えたまま、呼吸にだけに意識を向けた。そうすれば、やがて彼には観客の耳障りな声も聞こえなくなる。
そして研ぎ澄まされた感覚を保ったまま、彼はすぐさま反撃に転じた。風を切って進み、相手に肉薄したディルクは長剣を右上に振り上げる。相手のラウルはそれに合わせて振り上げられた剣の側に素早く身を躱したが、ディルクは突如腕を下げて左上に剣を振り上げた。
少し身をかがめて右上から来る斬撃に備えていた相手は右下からの切り上げに対応できずに、思わず両腕をクロスさせて防御の姿勢を取った。素手の防御に対してこちらは剣撃。明らかに剣の方が優勢かと思われたが、あっけなくその剣撃は肉を裂くこともなく進撃を止められてしまった。
ガキン! という音が闘技場内に響き渡り、観客もさらに騒然となる。
「素手で防御したのに剣で傷一つ付かないとはな」
「防御などするつもりはなかったのですがね。やはりあなたは侮れない相手のようだ……」
いくら下からの攻撃で力を入れにくいとはいえ、刃物を通さない肉体など通常ではありえない。何か裏があるのは確実だった。だが当然ラウルがそれを考えさせてくれるはずもなく、ディルクは身軽さを生かした相手の連撃を受けることになる。
顎を狙った掌底から脇腹をかすめる蹴り。どれも重い一撃で、しかも素早い。躱しきれずに防御する時も体ではなく剣で抑えなければ即座に戦闘不能になりかねない。それは右肩に喰らった攻撃からも明らかだった。
右下に構えた両手持ちということで観客には誤魔化せているかもしれないが、ディルクの右手はあまり使い物になっていなかった。それでもとめどなく叩きこまれる攻撃をなんとか耐え切れば、ふとしたときにほんの一瞬だけ、相手に隙が生まれた。
それはディルクがわざと攻撃を外したことでその反撃をしようと相手が大ぶりになったときのわずかな時間。右足を軸にした回し蹴り。これがディルクに到達する直前に、彼はタイミングを完璧に掴んで、使い物にならない右手を無理やり動かしそれを受け流した。
その刹那、左手に持ったディルクの剣が、両手持ちの構えの名残である右の腰元から、相手の右の腹を鋭く切り裂いた。ラウルは痛みに足を引っ込めて、右ひざを折ると腹を抑えてうずくまった。そして早々にこう呟く。
「私の負けです。優勝は彼に……」
最後まで言い切ることなく、ラウルはその場に倒れて意識を失った――。思いのほか傷が深かったようだ。数秒続いた沈黙の後、司会が大々的に告げる。
「決勝戦、勝者はコドラク闘士に決まりました! 観客の皆さん、惜しみない拍手を!」
そうしてディルクは盛大な拍手に包まれながら、闘士控室へと戻っていく。相手のラウルはすぐさまどこかへ運び込まれているようだったが、ディルクにはそれを気にする余裕などはなかった。
観客からの視線が切れた後、ディルクは右手を庇うように控え室に続く戸を開けている。どこで使うかわからない剣術への影響を心配しながら――。
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