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第三章 足掻き、突き進む者
模索
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ディルクは現場から少しでも離れたくて、オーヴェンデの街まで戻って深酒をしていた。ゴスリック大陸を出るときとは違った背中で、彼は強い酒に溺れようと足掻いている。
何杯目かなど彼にはもう覚えがないが、それでもまだ酔いつぶれることができていない。
またしても邪悪な魔術師を止めることができず、偉大な協力者を一人失った。この事実は重く、酒をあおったくらいでは忘れることなどできない。
巨大な竜巻がラベール大陸行きの船を呑み込んだという噂は瞬く間に広まり、それを見聞きする度に、重たい事実が彼を失意の底へと突き落とした。
さらには実用的な問題が浮上して、絶望に拍車をかけている。馬を借りるのに使ったり、こうして酒を飲むのに使ったりしたことで、元々多くなかった路銀がもう心もとないほどまで減っているのだ。
酔えない酒を切り上げて、支払いをしようとして戸惑う彼。酒屋の主人はその様子を見て気の毒そうに眉を落とし、ディルクにこう提案してくる。
「お客さん、金に困ってるならこの街の闘技場に出場して稼いでみたらどうだ? 何となくだが、あんたかなりの実力者だろう。悪くない話だと思うぜ?」
「ああ……そうだな」
儲け話をするような気分ではなく、そのときは適当な返事をしただけだったが、宿に戻って水を飲み、頭を冷やしてからその言葉を反芻すると思いのほか、ディルクには悪くない話に思えた。
戦いを見世物にすることには騎士として抵抗がないわけではなかったが、背に腹は代えられないし、何より負けても何も失う物はないということが決め手だった。
勝ったら必要なだけの金は手に入り、負けても最悪価値のない自分の命が失われるだけ。そう。それだけなのだ。
朦朧とした頭でそれを考えて、それから一晩明けた翌日。ディルクはさっそく闘技場を目指して歩きだしていた。
ケレストロウズ公国領、オーヴェンデの街からやや離れたところにそれはあるらしく、戦いが始まるのは夕方くらいの時間帯らしいのだが、闘士として用がある彼はその時間帯から外れた朝からそこへと向かった。
街はずれだけあってそこに向かうにつれて人通りは少なくなっていくが、それでも全くいないわけではなく、体格の良い男や気の強そうな女も歩いている。それらの人物を見る限り、どうやら闘技場の闘士たちがうろついているようだった。
彼らを観察しながら歩くこと数十分。ディルクは大きなドーム状の建物に到着する。今のところは物音はしないが、この周囲には何か妙な殺気が満ちていて、それは建物の中から溢れているようだ。
その雰囲気を感じ取った途端に、ディルクはしばらくその場にとどまってしまった。元騎士団長のため精神は強い方ではあるが、それでも何故か、今日はいつもと違って覚悟が必要だった。
酒場の主人は確か、死ぬことは滅多にないとは言っていた。もちろん動けないほどの怪我をすることは珍しくないらしいが、それでも命だけは守られると。
しかし今のディルクは勇猛果敢に何でも挑んできた過去の彼とは確かに違っているようだった。
沢山の騎士の仲間をふがいない自分のせいで殺してしまったせいか。魔導書を求めて、あの魔術師を止めようとしたせいで協力者の老人やその場の罪のない人々を殺してしまったせいか。
とにかく彼は打ちひしがれて、何故かこんな場所に来ている。悲痛な表情でそのまま立っていると彼は誰かに声をかけられた。
「迷い人……ですかな?」
ディルクが声のする方に振り向くと、そこには黄色い布で目隠しをした、特徴的な服を着た男が立っていた。その服装というのはこの地域のものではなく、袖の部分もローブのようにだぼっとしている。
しかしそれよりも動きやすそうな加工がしてあって、オレンジに近い鮮やかな色をしていた。
「いや。迷ったわけはない。この闘技場の闘士として戦うために来たんだ」
「それは視えている故知っている。しかしあなたは別の意味で迷っている。違いますかな?」
「心の迷い……か。否定はできんな」
「……本来迷っている方にこんなことは言うべきではないが――あなたとは一戦を共にしてみたい。決心できたら是非闘技場へ入られるがよろしい。では」
男は目隠しをしているにも関わらず何の不自由もないように闘技場の方向へと進んでいった。やがてその姿が闘技場の中に消える頃、ディルクも何かに駆られるようにそれに続いた。そして彼の姿も同様に、薄暗い闘技場の中へと消えていくのだった。
何杯目かなど彼にはもう覚えがないが、それでもまだ酔いつぶれることができていない。
またしても邪悪な魔術師を止めることができず、偉大な協力者を一人失った。この事実は重く、酒をあおったくらいでは忘れることなどできない。
巨大な竜巻がラベール大陸行きの船を呑み込んだという噂は瞬く間に広まり、それを見聞きする度に、重たい事実が彼を失意の底へと突き落とした。
さらには実用的な問題が浮上して、絶望に拍車をかけている。馬を借りるのに使ったり、こうして酒を飲むのに使ったりしたことで、元々多くなかった路銀がもう心もとないほどまで減っているのだ。
酔えない酒を切り上げて、支払いをしようとして戸惑う彼。酒屋の主人はその様子を見て気の毒そうに眉を落とし、ディルクにこう提案してくる。
「お客さん、金に困ってるならこの街の闘技場に出場して稼いでみたらどうだ? 何となくだが、あんたかなりの実力者だろう。悪くない話だと思うぜ?」
「ああ……そうだな」
儲け話をするような気分ではなく、そのときは適当な返事をしただけだったが、宿に戻って水を飲み、頭を冷やしてからその言葉を反芻すると思いのほか、ディルクには悪くない話に思えた。
戦いを見世物にすることには騎士として抵抗がないわけではなかったが、背に腹は代えられないし、何より負けても何も失う物はないということが決め手だった。
勝ったら必要なだけの金は手に入り、負けても最悪価値のない自分の命が失われるだけ。そう。それだけなのだ。
朦朧とした頭でそれを考えて、それから一晩明けた翌日。ディルクはさっそく闘技場を目指して歩きだしていた。
ケレストロウズ公国領、オーヴェンデの街からやや離れたところにそれはあるらしく、戦いが始まるのは夕方くらいの時間帯らしいのだが、闘士として用がある彼はその時間帯から外れた朝からそこへと向かった。
街はずれだけあってそこに向かうにつれて人通りは少なくなっていくが、それでも全くいないわけではなく、体格の良い男や気の強そうな女も歩いている。それらの人物を見る限り、どうやら闘技場の闘士たちがうろついているようだった。
彼らを観察しながら歩くこと数十分。ディルクは大きなドーム状の建物に到着する。今のところは物音はしないが、この周囲には何か妙な殺気が満ちていて、それは建物の中から溢れているようだ。
その雰囲気を感じ取った途端に、ディルクはしばらくその場にとどまってしまった。元騎士団長のため精神は強い方ではあるが、それでも何故か、今日はいつもと違って覚悟が必要だった。
酒場の主人は確か、死ぬことは滅多にないとは言っていた。もちろん動けないほどの怪我をすることは珍しくないらしいが、それでも命だけは守られると。
しかし今のディルクは勇猛果敢に何でも挑んできた過去の彼とは確かに違っているようだった。
沢山の騎士の仲間をふがいない自分のせいで殺してしまったせいか。魔導書を求めて、あの魔術師を止めようとしたせいで協力者の老人やその場の罪のない人々を殺してしまったせいか。
とにかく彼は打ちひしがれて、何故かこんな場所に来ている。悲痛な表情でそのまま立っていると彼は誰かに声をかけられた。
「迷い人……ですかな?」
ディルクが声のする方に振り向くと、そこには黄色い布で目隠しをした、特徴的な服を着た男が立っていた。その服装というのはこの地域のものではなく、袖の部分もローブのようにだぼっとしている。
しかしそれよりも動きやすそうな加工がしてあって、オレンジに近い鮮やかな色をしていた。
「いや。迷ったわけはない。この闘技場の闘士として戦うために来たんだ」
「それは視えている故知っている。しかしあなたは別の意味で迷っている。違いますかな?」
「心の迷い……か。否定はできんな」
「……本来迷っている方にこんなことは言うべきではないが――あなたとは一戦を共にしてみたい。決心できたら是非闘技場へ入られるがよろしい。では」
男は目隠しをしているにも関わらず何の不自由もないように闘技場の方向へと進んでいった。やがてその姿が闘技場の中に消える頃、ディルクも何かに駆られるようにそれに続いた。そして彼の姿も同様に、薄暗い闘技場の中へと消えていくのだった。
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