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第六章
燃える瞳
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そうしていつしかジメリとした温かさが全員の頬をかすめた。その感覚は不気味でしかなかったが、それによってあることに気付かされた。
……虫の鳴く声が消えている。さらにはいつの間にか広大に開けた場所に出ていた。
それを認識したとき、前方から地面を這うような音が聞こえた。不審な音の原因を確かめるように全員が前を見る。
すると彼らの数メートル先に、光に照らされて青く輝く鱗がテラテラと蠢いていた。
それに伴って、刻まれたオレンジの文様が独特に揺れ動き、その気味の悪い蠢動が、なんと全員に強い眩暈を引き起こした。
必死にそれに耐えながら戦闘の陣形を組んでいると、山なりに這う大きな胴の先端に、首をもたげる巨大な頭部が目に入る。
そこには鬼火のように燃え盛る瞳が闇夜に浮かび上がっていて、それを見た刹那、抗いがたい激しい眠気が襲いかかってくる。この魔物の十八番、催眠凝視だ。
ところが湧き上がってきた眠気はまばたきの内に嘘のように消え去って、それどころかぼんやりとした頭がクリアになっていく。
苦すぎるだけあって確かな良薬だったらしい。
しかし催眠攻撃だけがこの大蛇の恐ろしいところではなかった。
催眠攻撃に抵抗しても、息をつく間など微塵もなく、二人は丸呑みにしそうな大きな口が、鋭い牙を内に潜めて襲いかかってきたのだ。
大迫力の噛み付き攻撃を、冒険者たちは左右に飛んでしっかりと避ける。
大きすぎる身体と能力使って獲物を捕らえるタイプの魔物であるおかげか、魔術師のアロイスでも避けられる速度ではあるが、先ほどまで彼らがいた場所の地面は大胆にえぐれている。
牙の跡もくっきりと残っており、これを身に受ければ瞬時に絶命してしまうことが体感的に理解された。
その攻撃を左に避けたアロイスとカイネはそれぞれ下がりながら詠唱を始め、右に避けた残り三人は武器を構えて最適だと考えた行動を取っている。
マデリエネは、重い鎧を着たザルムでは避けるのにも限界があると踏んであえて目の届く位置からナイフを投擲し、相手がちょっかいを出してこようものならダガーによる斬撃をお見舞いした。
身軽な彼女が噛み付き攻撃や尻尾による締め付けを食らうことはなかったが、避けようがないものはどうしようもなかった。
大蛇の瞳の炎が一瞬だけ緑色に燃えたとき、マデリエネはまさに前後不覚という状態に陥り、立っていられずに魔物の眼前で倒れてしまった。
気絶させてもなお、大蛇はマデリエネを尻尾で絡めとると、そのまま強烈に力をかけて絞め殺さんとする。
意識のない彼女には抵抗する術はない。だが、彼女にはなくとも仲間には抵抗する術なんていくらでもあった。
彼らは彼女の解放のために全力で武器を振るう。ザルムは出し惜しみなどせずに鍛錬を重ねてきたあの竜剣技の構えを取った。
相手に左側面を向ける特殊な構えから繰り出される技は、大竜がすべてを切り裂かんとして腕を振り下ろす様を体現する。
盾の重さも使った重心移動によって豪速となった剣がマデリエネを絡め取る大蛇の尻尾を断ち切り鮮血を噴き出させた。
旋回剣、“竜爪断ち”によって尻尾からの束縛から解き放たれたマデリエネは、なんとすでに自力で危険な魔物の前から距離を離している。
カイネがいち早く魔物の知覚魔法を“ディタッチフォース”で打ち破ったのだ。
彼女の解放と共に噴き出た血を浴びて、ザルムの瞳が相手の鬼火に負けないほどメラメラと燃えて煌めく。
受けられる攻撃がなさそうだと判断した彼は盾を背中に背負い直し、両手でブロードソードを握る。篭手越しに感じる血の感触。それがザルムには堪らないのだ。
彼と彼の剣はさらなる血を求めて大蛇の鱗に斬撃を放つ。マデリエネのダガーでは浅い傷しかつけられなかった相手の鱗の硬さなど、もはやこうなった彼の前では無も同然。
力任せに、しかし冷徹に振り下ろされる刃が何も残さぬとでも言うように長い胴体を切り続けた。
自慢の鱗を易々と切られて危機を感じる大蛇はザルムに特に注意を払い攻撃を集中させる。彼を取り囲むようにして体をくねらせて壁を作ると、そこからまた知覚魔法を発動した。
仲間から分断されたザルムの体は魔法の発動と共に痙攣を初め、ついには痺れて動かなくなってしまった。
抵抗できない獲物に、満を持して大蛇が噛み付こうとする。一瞬首を持ち上げたタイミングで、続いていた翼のはためく音が一瞬だけ止む。
同時に空からビュンと言う音がして、大蛇の瞳が一本の矢に貫かれた。大蛇が攻撃の気配を察知して少しだけ避けたことで、矢じりは脳までは達していないようだが、弱点を射抜かれて大きな壁を作っていた胴体が激動する。
致命的な一撃を与えてきた相手に魔物は一気に注意を向けた。その相手のゲルセルは、魔物の背後を取るように飛んでいる。
それによってアロイスとカイネが大蛇の前にきてしまった。空を飛び回る面倒な相手よりも、地上にいる彼らにターゲットが移るのは時間の問題だった。
今まで全く動いていなアロイスに向けて、ついに大蛇が大口を開ける。しかしそれはゲルセルとアロイスの作戦だった。
アロイスが杖を掲げた途端に隠されていた魔法陣が次々に浮か上がる。アロイスの前面には大きな円が描かれ、その青い円の紋章が、周りの陣と呼応して閃光を放った途端、巨大な氷の槍が創りだされる。
鋭く尖った氷槍は、透き通っていて鋭さに比した光沢を帯びている。ブルーダイヤのように美しい槍の矛先が蛇の魔物に向いたとき、大蛇の頭がアロイスに勢いよく向かってきた。
これで期は熟した。
そう思った術師の意志に応じて、夜の森で生み出された大槍が放たれる。
月夜に光り輝く氷の槍。
それから弾ける氷の粒が明かりを反射して光る。その一瞬の内、大蛇は喉を貫かれ、続けて二本放たれた槍が魔物の首と胴に突き刺さる。
そうして倒れる大蛇の音と共に、消えゆく命は凍える闇の冷たさに永遠に混じり、溶けていった――。
……虫の鳴く声が消えている。さらにはいつの間にか広大に開けた場所に出ていた。
それを認識したとき、前方から地面を這うような音が聞こえた。不審な音の原因を確かめるように全員が前を見る。
すると彼らの数メートル先に、光に照らされて青く輝く鱗がテラテラと蠢いていた。
それに伴って、刻まれたオレンジの文様が独特に揺れ動き、その気味の悪い蠢動が、なんと全員に強い眩暈を引き起こした。
必死にそれに耐えながら戦闘の陣形を組んでいると、山なりに這う大きな胴の先端に、首をもたげる巨大な頭部が目に入る。
そこには鬼火のように燃え盛る瞳が闇夜に浮かび上がっていて、それを見た刹那、抗いがたい激しい眠気が襲いかかってくる。この魔物の十八番、催眠凝視だ。
ところが湧き上がってきた眠気はまばたきの内に嘘のように消え去って、それどころかぼんやりとした頭がクリアになっていく。
苦すぎるだけあって確かな良薬だったらしい。
しかし催眠攻撃だけがこの大蛇の恐ろしいところではなかった。
催眠攻撃に抵抗しても、息をつく間など微塵もなく、二人は丸呑みにしそうな大きな口が、鋭い牙を内に潜めて襲いかかってきたのだ。
大迫力の噛み付き攻撃を、冒険者たちは左右に飛んでしっかりと避ける。
大きすぎる身体と能力使って獲物を捕らえるタイプの魔物であるおかげか、魔術師のアロイスでも避けられる速度ではあるが、先ほどまで彼らがいた場所の地面は大胆にえぐれている。
牙の跡もくっきりと残っており、これを身に受ければ瞬時に絶命してしまうことが体感的に理解された。
その攻撃を左に避けたアロイスとカイネはそれぞれ下がりながら詠唱を始め、右に避けた残り三人は武器を構えて最適だと考えた行動を取っている。
マデリエネは、重い鎧を着たザルムでは避けるのにも限界があると踏んであえて目の届く位置からナイフを投擲し、相手がちょっかいを出してこようものならダガーによる斬撃をお見舞いした。
身軽な彼女が噛み付き攻撃や尻尾による締め付けを食らうことはなかったが、避けようがないものはどうしようもなかった。
大蛇の瞳の炎が一瞬だけ緑色に燃えたとき、マデリエネはまさに前後不覚という状態に陥り、立っていられずに魔物の眼前で倒れてしまった。
気絶させてもなお、大蛇はマデリエネを尻尾で絡めとると、そのまま強烈に力をかけて絞め殺さんとする。
意識のない彼女には抵抗する術はない。だが、彼女にはなくとも仲間には抵抗する術なんていくらでもあった。
彼らは彼女の解放のために全力で武器を振るう。ザルムは出し惜しみなどせずに鍛錬を重ねてきたあの竜剣技の構えを取った。
相手に左側面を向ける特殊な構えから繰り出される技は、大竜がすべてを切り裂かんとして腕を振り下ろす様を体現する。
盾の重さも使った重心移動によって豪速となった剣がマデリエネを絡め取る大蛇の尻尾を断ち切り鮮血を噴き出させた。
旋回剣、“竜爪断ち”によって尻尾からの束縛から解き放たれたマデリエネは、なんとすでに自力で危険な魔物の前から距離を離している。
カイネがいち早く魔物の知覚魔法を“ディタッチフォース”で打ち破ったのだ。
彼女の解放と共に噴き出た血を浴びて、ザルムの瞳が相手の鬼火に負けないほどメラメラと燃えて煌めく。
受けられる攻撃がなさそうだと判断した彼は盾を背中に背負い直し、両手でブロードソードを握る。篭手越しに感じる血の感触。それがザルムには堪らないのだ。
彼と彼の剣はさらなる血を求めて大蛇の鱗に斬撃を放つ。マデリエネのダガーでは浅い傷しかつけられなかった相手の鱗の硬さなど、もはやこうなった彼の前では無も同然。
力任せに、しかし冷徹に振り下ろされる刃が何も残さぬとでも言うように長い胴体を切り続けた。
自慢の鱗を易々と切られて危機を感じる大蛇はザルムに特に注意を払い攻撃を集中させる。彼を取り囲むようにして体をくねらせて壁を作ると、そこからまた知覚魔法を発動した。
仲間から分断されたザルムの体は魔法の発動と共に痙攣を初め、ついには痺れて動かなくなってしまった。
抵抗できない獲物に、満を持して大蛇が噛み付こうとする。一瞬首を持ち上げたタイミングで、続いていた翼のはためく音が一瞬だけ止む。
同時に空からビュンと言う音がして、大蛇の瞳が一本の矢に貫かれた。大蛇が攻撃の気配を察知して少しだけ避けたことで、矢じりは脳までは達していないようだが、弱点を射抜かれて大きな壁を作っていた胴体が激動する。
致命的な一撃を与えてきた相手に魔物は一気に注意を向けた。その相手のゲルセルは、魔物の背後を取るように飛んでいる。
それによってアロイスとカイネが大蛇の前にきてしまった。空を飛び回る面倒な相手よりも、地上にいる彼らにターゲットが移るのは時間の問題だった。
今まで全く動いていなアロイスに向けて、ついに大蛇が大口を開ける。しかしそれはゲルセルとアロイスの作戦だった。
アロイスが杖を掲げた途端に隠されていた魔法陣が次々に浮か上がる。アロイスの前面には大きな円が描かれ、その青い円の紋章が、周りの陣と呼応して閃光を放った途端、巨大な氷の槍が創りだされる。
鋭く尖った氷槍は、透き通っていて鋭さに比した光沢を帯びている。ブルーダイヤのように美しい槍の矛先が蛇の魔物に向いたとき、大蛇の頭がアロイスに勢いよく向かってきた。
これで期は熟した。
そう思った術師の意志に応じて、夜の森で生み出された大槍が放たれる。
月夜に光り輝く氷の槍。
それから弾ける氷の粒が明かりを反射して光る。その一瞬の内、大蛇は喉を貫かれ、続けて二本放たれた槍が魔物の首と胴に突き刺さる。
そうして倒れる大蛇の音と共に、消えゆく命は凍える闇の冷たさに永遠に混じり、溶けていった――。
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