死者と竜の交わる時

逸れの二時

文字の大きさ
上 下
58 / 84
第六章

虫の鳴く夜の森

しおりを挟む
正門から離れた草原で待っていたゲルセルは装備を受け取ると手早く着始めた。軽装備は彼の体の大きさにピッタリで、作った職人の腕の良さを感じさせる。

アロイスを待つ間にゲルセルは弓の調子を確認すると、やはり表情を変えずに背中に背負った。

矢を無駄にしないために撃ちはしなかったが、構えから熟練であることがすぐにわかった。

矢を指で挟むところから姿勢は真っ直ぐ直線のようになっていて、矢を引くそのときも姿勢は一切崩れない。引き絞った後も力をかけて維持しているにも関わらず矢の先はブレることなくただ一点を狙っていた。

期待ができそうだとマデリエネが思っていたとき、アロイスが茶色いポーションを持ってやってきた。

ポーションは一人一人に配られるが、その液体は薬とは思えないような変な色をしている。アロイスが急いで森に戻りましょうと来た道を戻って歩いていくので他の四人はそれに続いて歩くが、実は各々、嫌な予感がしていた。

数時間が経ち森に着くころには太陽は地平線の彼方に沈み、不穏な気配が満ちた夜がやってきている。

アロイスが魔術光を創り出し、ザルムとマデリエネがランタンに火を灯して腰に提げた。効き目から逆算して、そろそろポーションを飲む時間だ。

嫌な予感の原因、茶色いポーションの瓶の蓋を開けた瞬間、誰もがウッと顔をそむけた。

しかしゲルセルだけはやはり表情を変えずに中身を見ている。森育ちだけあってこういう臭いには慣れているようだ。

「アロイス、これ本当に飲めるのよね?」

「私も疑問に思っていたところですが大丈夫なはずです」

「作った本人が疑問に思うなよ……」

「良薬は口に苦しってワタシは聞いたことあるです」

「そうだとしてもリバースしたら意味ないわよ……」

マデリエネが飲むのを躊躇っていると、ゲルセルがなんと景気よく持っていたポーションを一気飲みした。意外と無鉄砲な性格なのかもしれない。

しばらくしても彼からは何も反応がないので、大丈夫なのかと残りの四人も後に続いて飲み干した。その途端――。

「……グッ……ゴホッ……」

ザルムが途中で喉に液体を詰まらせて痙攣する。マデリエネもカイネも口を押さえてジタバタし、アロイスでさえものの数秒で涙目になった。

ゲルセルは大丈夫だったのにと彼の顔をよく見ると、いつもよりさらに目が吊り上っているのがわかる。何だかんだでしっかりと反応していたようだ。

「何よこれ……マズすぎるわ……!」

「とってもいいお薬……だと思うです……」

「グギギギ……ゴハッ……」

若干一名、恐ろしい薬物のおかげで命を落としかけたが、これによってしばらくは眠気とは無縁になった。

ザルムの背中を摩ってあげて準備ができ、森の中に入ろうとすると、ゲルセルが久々に発言する。

「……森は深い……俺が空から……魔物を探す……」

「確かに空からなら森は一望できるかもしれないけど、真っ暗だし何も見えないんじゃない?」

「いえ、半魔族なら夜目が効きますからその点は心配いらないでしょう。アスプでさえ大きい魔物なので、上位種ともなればある程度開けた場所にいるかもしれませんね」

「前にゲルセルが見た場所とは違う場所にいるかもしれないし、もう一度探してみた方がいいか」

「それに当たってアロイスさんの魔法で視覚を強化してあげた方がいいと思うです」

「そうですね。被害が拡大する前に抑えたいですし、念には念を入れておきましょう」

緑の発光と共に発動された魔法はゲルセルの目を鋭く光らせる。ゲルセルは魔法の効果が切れない内に翼で飛び去っていった。

残された彼らの周りは真っ暗闇。ザワザワと音を立てる葉は昼間には心地よく感じるが、夜になると何かに嘲笑われているかのように背筋が緊張してしまう。

近くの光源が唯一の救いのような状況で、カイネはゲルセルの飛び去った空を眺めて、よく一人で行動できるなあと震えながら思っていた。

しかし彼には闇を見通せる目があるのだ。それにこの森は彼の住処。夜の森の姿だって彼にとっては冬に葉が落ちるのと同じで、季節の移り変わりのような馴染み深いものなのかもしれない。

月がうつろい足元が銀色に染まり始める頃、バサリという音がしてゲルセルが戻ってきた。期待を込めた目線を向けると、彼は少しだけ口角を上げていた。

「……見つけた……あっちの……方向……」

彼が指さす方向はおそらく北東だ。

「距離はどのくらいかしら?」

「ん……多分……歩いてニ十分くらいの距離だ……」

「すぐに向かいましょう。移動されると面倒ですから」

「そうだな。急ごう」

コケや植物が伝う地面の隆起を感じながら、草をかき分けて真っ直ぐに進む。虫が鳴く声が断続的に聞こえているが、それでも動物が動く小さな音でも敏感になる。

実際に出てきた狼一匹ですら暗闇では不安感を煽ってくる。ザルムの剣で一撃だとしてもだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

処理中です...