51 / 84
第五章
まだ見ぬ戦火
しおりを挟む
毒を受けたマデリエネは体が麻痺しており危険な状態だ。
だがカイネの卓越した操原魔法のおかげで毒の治療が済む。
マデリエネがカイネにお礼を言っていると、アロイスがカイネに治療を頼んだ。体は動いているが、毒が回っている状態らしいのだ。
「麻痺毒をもらっているのに動けているですか?」
「意識的に力を注げば無理やり体を動かすことができるのが死霊のいいところですよ。余計に集中力が要りますが」
「便利なもんだな。アロイスが魔法を使えたおかげで毒吐かれずに済んだよ」
「今回は難儀な相手だったわね。その甲斐があるといいのだけど」
アロイスの治療が終わってから、いよいよ氷の床を歩いて奥に進んでいく。
すると今度こそは本物らしき巻物と壁画が彼らを待ち構えていた。再び慎重に巻物を手に取るが、こちらも罠は仕掛けられていなかった。
隠された通路を見つけた時点で用心深さは認められているらしい。
巻物には同じように竜族の絵と細かい文字がつらつらと並んでいるが、内容は雲泥の差がありそうだ。
ザルムは今度こそ満足げな表情で巻物を眺めていた。
「これは本物で間違いなさそうだ。帰ってからじっくり読むとして……」
アロイスは一足先に壁画を眺めていたのだが、見事なタッチで描かれた竜族と魔物の戦いの姿はどんな人の好奇心も煽りそうだった。
ザルムのように盾と片手剣を持った者と、竜族の大柄な体に似合った大きさの巨大な剣を両手に持つ者がそれぞれ邪悪な魔物と戦っている様子だ。
体を回転させながら片手剣を振るって亜人種の体を両断する姿と、大剣を体に寄せて一気に相手に切り払い走り抜ける一瞬の剣捌きが豪快に表現されていた。
「これも竜剣技ですよね。迫力がありそうです」
「ザルムが習得すれば身近で見られるわよ。習得できればね」
「なんでそこを強調するんだよ」
「目的のものがあってホッとしたです。帰ったら修行の日々になるですね」
カイネはそう言ってザルムに笑いかけた。
それから数カ月の時間が経ち、ザルムを初めとするストレンジの冒険者たちは修行と依頼をこなす日々を送っていた。
カルムの街には冒険者が少ないこともあって依頼はそれなりの頻度で回って来るが、もうすぐ高レベルの冒険者と呼ばれるようになる彼らには歯ごたえのある依頼は多くない。
さらに言えば時期が冬に差し掛かり、本格的に寒くなってきたことで商業地区の賑わいも段々と静まりつつあった。
寒くなったとは言ってもこのレンタグル大陸の冬は比較的温暖な方で、この時期でも気温は優に10度を超える。
しかしどうやら大陸全体に広まる静まり気味の風潮とは違った地域も存在するようだ。ファムが朝食を取り終わったストレンジに手招きをする。
いつ見ても柔らかそうな手に握られているのは、だいたい意匠の凝らされた美しいグラスか、面倒そうな依頼内容の記された退屈な用紙だが、今回は後者だった。
「ようやく君たちにピッタリな依頼が来たよ。面倒とも言えそうだけどね」
「どんな依頼だ?」
「ここから五日くらい離れた地域の部族争いに関する依頼だね。どうやら戦争が起きそうな事態らしい」
「部族争いですか……それは厄介そうですね。何という部族ですか?」
「ラウレンツとアルマンドという部族だよ。ラウレンツの方からの依頼だけど、聞いたことあるかい?」
「ええ。確かラウレンツが温厚派、アルマンドが過激派の部族だったはずです。平和主義の部族からの依頼ならば大体は想像がつきますね」
「でも達成できるかどうかは別の話よね。依頼の内容はなんて書いてあるのかしら?」
「部族争いの件で力を貸してほしいとしか書かれていないね。止めて欲しいって書かないあたり、戦いも辞さないってことみたいだ」
「それほど追い詰められてるですか……。戦争は絶対止めるです」
カイネが肩に力を入れているのが全員に伝わる。彼女が冒険者になった理由を考えても、この依頼を受けない訳にはいかなかった。
カイネでなくても、一度戦争が起きればどうなるかは想像に難くない。
多くの人が恐怖と苦痛の内に息絶えて、それを目にしたものは人間の醜さとひ弱さに直面することになる。
死んでも死にけれなかった者たちは怨念を残してアンデッドと化し、永遠に命を奪い続けることもある。
それでもかろうじて生き残った者は、無駄だとはわかっていても亡き者に思いを寄せて、もう二度と帰ってこないと嘆き苦しむのだ。
命が失われるというのはいつの時代でも残酷なもの。カイネはこのことをよく知っていた。
「この依頼は受けるしかねえな。依頼書を渡してくれ」
ザルムがそのすべてを理解しているかのように依頼書を受け取ると、彼らは出発の準備を始めた。
だがカイネの卓越した操原魔法のおかげで毒の治療が済む。
マデリエネがカイネにお礼を言っていると、アロイスがカイネに治療を頼んだ。体は動いているが、毒が回っている状態らしいのだ。
「麻痺毒をもらっているのに動けているですか?」
「意識的に力を注げば無理やり体を動かすことができるのが死霊のいいところですよ。余計に集中力が要りますが」
「便利なもんだな。アロイスが魔法を使えたおかげで毒吐かれずに済んだよ」
「今回は難儀な相手だったわね。その甲斐があるといいのだけど」
アロイスの治療が終わってから、いよいよ氷の床を歩いて奥に進んでいく。
すると今度こそは本物らしき巻物と壁画が彼らを待ち構えていた。再び慎重に巻物を手に取るが、こちらも罠は仕掛けられていなかった。
隠された通路を見つけた時点で用心深さは認められているらしい。
巻物には同じように竜族の絵と細かい文字がつらつらと並んでいるが、内容は雲泥の差がありそうだ。
ザルムは今度こそ満足げな表情で巻物を眺めていた。
「これは本物で間違いなさそうだ。帰ってからじっくり読むとして……」
アロイスは一足先に壁画を眺めていたのだが、見事なタッチで描かれた竜族と魔物の戦いの姿はどんな人の好奇心も煽りそうだった。
ザルムのように盾と片手剣を持った者と、竜族の大柄な体に似合った大きさの巨大な剣を両手に持つ者がそれぞれ邪悪な魔物と戦っている様子だ。
体を回転させながら片手剣を振るって亜人種の体を両断する姿と、大剣を体に寄せて一気に相手に切り払い走り抜ける一瞬の剣捌きが豪快に表現されていた。
「これも竜剣技ですよね。迫力がありそうです」
「ザルムが習得すれば身近で見られるわよ。習得できればね」
「なんでそこを強調するんだよ」
「目的のものがあってホッとしたです。帰ったら修行の日々になるですね」
カイネはそう言ってザルムに笑いかけた。
それから数カ月の時間が経ち、ザルムを初めとするストレンジの冒険者たちは修行と依頼をこなす日々を送っていた。
カルムの街には冒険者が少ないこともあって依頼はそれなりの頻度で回って来るが、もうすぐ高レベルの冒険者と呼ばれるようになる彼らには歯ごたえのある依頼は多くない。
さらに言えば時期が冬に差し掛かり、本格的に寒くなってきたことで商業地区の賑わいも段々と静まりつつあった。
寒くなったとは言ってもこのレンタグル大陸の冬は比較的温暖な方で、この時期でも気温は優に10度を超える。
しかしどうやら大陸全体に広まる静まり気味の風潮とは違った地域も存在するようだ。ファムが朝食を取り終わったストレンジに手招きをする。
いつ見ても柔らかそうな手に握られているのは、だいたい意匠の凝らされた美しいグラスか、面倒そうな依頼内容の記された退屈な用紙だが、今回は後者だった。
「ようやく君たちにピッタリな依頼が来たよ。面倒とも言えそうだけどね」
「どんな依頼だ?」
「ここから五日くらい離れた地域の部族争いに関する依頼だね。どうやら戦争が起きそうな事態らしい」
「部族争いですか……それは厄介そうですね。何という部族ですか?」
「ラウレンツとアルマンドという部族だよ。ラウレンツの方からの依頼だけど、聞いたことあるかい?」
「ええ。確かラウレンツが温厚派、アルマンドが過激派の部族だったはずです。平和主義の部族からの依頼ならば大体は想像がつきますね」
「でも達成できるかどうかは別の話よね。依頼の内容はなんて書いてあるのかしら?」
「部族争いの件で力を貸してほしいとしか書かれていないね。止めて欲しいって書かないあたり、戦いも辞さないってことみたいだ」
「それほど追い詰められてるですか……。戦争は絶対止めるです」
カイネが肩に力を入れているのが全員に伝わる。彼女が冒険者になった理由を考えても、この依頼を受けない訳にはいかなかった。
カイネでなくても、一度戦争が起きればどうなるかは想像に難くない。
多くの人が恐怖と苦痛の内に息絶えて、それを目にしたものは人間の醜さとひ弱さに直面することになる。
死んでも死にけれなかった者たちは怨念を残してアンデッドと化し、永遠に命を奪い続けることもある。
それでもかろうじて生き残った者は、無駄だとはわかっていても亡き者に思いを寄せて、もう二度と帰ってこないと嘆き苦しむのだ。
命が失われるというのはいつの時代でも残酷なもの。カイネはこのことをよく知っていた。
「この依頼は受けるしかねえな。依頼書を渡してくれ」
ザルムがそのすべてを理解しているかのように依頼書を受け取ると、彼らは出発の準備を始めた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・

異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!
ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!?
夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。
しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。
うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。
次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。
そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。
遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。
別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。
Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって!
すごいよね。
―――――――――
以前公開していた小説のセルフリメイクです。
アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。
基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。
1話2000~3000文字で毎日更新してます。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる