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第五章
滝壺に潜む影
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ところがこれ以上奥には進めそうもなかった。隠された場所がないか念入りに調べるが、滝の上の空間には台座があるだけで他には何もないようだ。
いよいよザルムの機嫌がまずいと三人が思い始めたとき、マデリエネは遠目から下の滝壺付近に奇怪な跡を見つけた。降りて調べてみれば、入り口にも跡が残っている。
その跡と言うのは水かきのついた前足の跡でその先には鋭そうな爪があるように思える。不思議な足取りで滝壺の方に行って、泉の中に入ったところまで確認できたあと、マデリエネはすぐに滝壺からはなれて仲間に警告をする。
「泉に何かいるわ。水獣のようね」
「どうして出てこないのでしょうか。こちらとしては準備の時間ができて助かるのですが」
アロイスは変性魔法五レベルの“バイブレイトウェポン”をザルムの剣にかける。
「まさか水中から出ないつもりか? それならちょっかいかけてみるのも良さそうだな」
「ナイフを投げるのもアリだけど、ここはアロイスの魔法がいいわね」
「一発派手にお見舞いするですよ」
カイネの期待たっぷりの目線を受けて、アロイスはその意外さに戸惑いつつ魔法の詠唱を始めた。相手がどこにいるかわからなくても効果がありそうな魔法を唱える。
彼の杖の先が青く発光するのと同じくして、一気に空気が尖りをみせることでわかるのは、これが冷気を扱う魔法だということ。
杖を持つ手と反対の左手が詠唱の終わりと共に滝壺の水の方へと掲げられる。
すると瞬く間に水が凍りついていき、滝の流れに逆らうかのように氷の波が広がった。先ほどまでせせらいでいた水はまるで彫刻作品のように固まって輝く。
この圧倒的な魔法“コンジールウォーター”も先ほどと同じく五レベルの変性魔法だ。感心する三人にこれでよしというアロイスだったが、肝心の反応が何もなかった。
魔物は外に出かけたのかと思った矢先、カイネが歓喜の声をあげる。
「滝の奥に空間があるですよ。ザルムさんの奥義もあそこにあると思うです」
「おお、やっぱりあんなもんじゃないよな」
「奥義はあるかもしれないけど、魔物もいるのでしょうね。陸地に上がっていたから反応がなかったのかしら」
ところがその直後にガサリと奥から音がした。
「言ったそばから反応ですか。どこまで水辺が続いていたかわかりませんし、ここで向かい打ちましょう」
しばらく待ってみると、ドスンという足音が一気に近づいてくる。滝の壁から影が見えたかと思うと、突如それが叩き割られて氷の破片が飛んできた。アロイスとカイネがかけた力場の魔法でそれは防がれる。
氷の滝を砕いた犯人は水かきがついた四本の足を持っており、水竜のような体はなだらかな曲線を描いている。
全身は魚のような鱗に覆われていて、腕や背中、えらのような部分にもそれを思わせる棘が付いている。鱗が深みのある青色をしているのに対し、棘の方は毒々しい紫色をしていた。
最も特徴的なのは人魂のように光る水色の目で、まさに燃えるように揺れている風に見える。この怪物の正体は……。
「フーアです。付いている棘すべてに毒があるので気を付けてください。刺されると手足が麻痺し、最悪の場合呼吸ができなくなって死に至ることもあります」
毒について注意喚起している間にフーアは活動を開始する。まず狙われたのはなんとカイネだ。
体が一番小さい、つまり弱そうな相手から狙う習性を持っているのだろう。
四足歩行特有の動きで一直線に彼女の元に走ってくると、フーアは独特の軌道を描き、牙で噛み付き攻撃を仕掛けてきた。毒の情報も相まってカイネは必死に回避する。
横に避けた彼女に今度は爪攻撃。しかし彼女も高レベル操原魔法の使い手だ。
鋭い爪を力の盾を創り出す魔法で防御している。
もちろんそうしている間にもザルムのブロードソードはフーアの首を狙っている。カイネが爪攻撃をはじいたその衝撃で揺らいだところにザルムが剣を振り下ろす。
かろうじてフーアは直撃を避けるが、魔法によって高速で振動する刃はかすっただけの魔物の左肩を簡単に切り裂いた。
すごい威力だとザルムさえも思っていると、水獣の体がいきなりぐらついた。
左肩の損傷に加えて、隙を窺っていたマデリエネが背後に回って右の後ろ脚をダガーで切りつけたのだ。
続けて前足を攻撃しようとするマデリエネをよそに、数の不利を感じたフーアは体を横に向けて大回転し、冒険者たちから距離を取った。
再びこちらを向くフーアの口元は既に膨らんでいるように見える。
魔物が体を震わせた途端、大きな口から紫色の毒が猛烈な勢いで噴射された。
咄嗟に“フォースフィールド”で身を守るカイネだったが、アロイスは他の魔法の詠唱で反応が遅れた。力場に弾かれた毒の飛沫は天井に向けて跳ね返り一面に広がる。
カイネの近くにいたザルムは魔法の範囲内にいたことで難を逃れたが、マデリエネとアロイスは毒を食らって既に手がしびれが出始めた。
噴射された毒は生命の危機を感じた魔物のとっておきだったようで、手から滑り落ちたダガーが高い音を立てて落ちる。
ところがアロイスの杖はまだその手に握られている。フーアは不満そうにアロイスを見たが、それに構わず弱ったマデリエネに向かっていった。とにかく数を減らしたいようだ。
ザルムはそれよりも早くマデリエネの前に立つと、盾を使って攻撃を受け止め続けた。
毒牙の噛み付きに爪のひっかきと前足での押しつぶし。それらすべての攻撃をマデリエネを守りながらいなしている。
それでもマデリエネごと攻撃するための体当たりをフーアが構えると、ついにザルムは盾ではなく剣を構えた。
震える剣はよほど恐ろしいのか、フーアは体当たりを中断する。代わりに再び口を大きく膨らませた。
それをそのまま吐き出す寸前、フーアの首を鉄の鎖が締め上げた。創成魔法で創り出された鎖は水獣の顎を結び付け、さらには体全体の自由を奪っていく。
その直後、地面に響く鉄の音がした。いつの間にかザルムはフーアの肩を足場にして空中に飛び上がっている。
盾を捨てて自由になった左の手を合わせて、ザルムの剣は左に大きく振りかぶられた。
体のひねりと共に空を裂く刃の閃きが魔物の首を鎖ごと断ち切る。
着地する重鎧の足音と共に、首の転がった水獣は平らになった首元から血を噴き出して氷の地面に倒れ伏した――。
いよいよザルムの機嫌がまずいと三人が思い始めたとき、マデリエネは遠目から下の滝壺付近に奇怪な跡を見つけた。降りて調べてみれば、入り口にも跡が残っている。
その跡と言うのは水かきのついた前足の跡でその先には鋭そうな爪があるように思える。不思議な足取りで滝壺の方に行って、泉の中に入ったところまで確認できたあと、マデリエネはすぐに滝壺からはなれて仲間に警告をする。
「泉に何かいるわ。水獣のようね」
「どうして出てこないのでしょうか。こちらとしては準備の時間ができて助かるのですが」
アロイスは変性魔法五レベルの“バイブレイトウェポン”をザルムの剣にかける。
「まさか水中から出ないつもりか? それならちょっかいかけてみるのも良さそうだな」
「ナイフを投げるのもアリだけど、ここはアロイスの魔法がいいわね」
「一発派手にお見舞いするですよ」
カイネの期待たっぷりの目線を受けて、アロイスはその意外さに戸惑いつつ魔法の詠唱を始めた。相手がどこにいるかわからなくても効果がありそうな魔法を唱える。
彼の杖の先が青く発光するのと同じくして、一気に空気が尖りをみせることでわかるのは、これが冷気を扱う魔法だということ。
杖を持つ手と反対の左手が詠唱の終わりと共に滝壺の水の方へと掲げられる。
すると瞬く間に水が凍りついていき、滝の流れに逆らうかのように氷の波が広がった。先ほどまでせせらいでいた水はまるで彫刻作品のように固まって輝く。
この圧倒的な魔法“コンジールウォーター”も先ほどと同じく五レベルの変性魔法だ。感心する三人にこれでよしというアロイスだったが、肝心の反応が何もなかった。
魔物は外に出かけたのかと思った矢先、カイネが歓喜の声をあげる。
「滝の奥に空間があるですよ。ザルムさんの奥義もあそこにあると思うです」
「おお、やっぱりあんなもんじゃないよな」
「奥義はあるかもしれないけど、魔物もいるのでしょうね。陸地に上がっていたから反応がなかったのかしら」
ところがその直後にガサリと奥から音がした。
「言ったそばから反応ですか。どこまで水辺が続いていたかわかりませんし、ここで向かい打ちましょう」
しばらく待ってみると、ドスンという足音が一気に近づいてくる。滝の壁から影が見えたかと思うと、突如それが叩き割られて氷の破片が飛んできた。アロイスとカイネがかけた力場の魔法でそれは防がれる。
氷の滝を砕いた犯人は水かきがついた四本の足を持っており、水竜のような体はなだらかな曲線を描いている。
全身は魚のような鱗に覆われていて、腕や背中、えらのような部分にもそれを思わせる棘が付いている。鱗が深みのある青色をしているのに対し、棘の方は毒々しい紫色をしていた。
最も特徴的なのは人魂のように光る水色の目で、まさに燃えるように揺れている風に見える。この怪物の正体は……。
「フーアです。付いている棘すべてに毒があるので気を付けてください。刺されると手足が麻痺し、最悪の場合呼吸ができなくなって死に至ることもあります」
毒について注意喚起している間にフーアは活動を開始する。まず狙われたのはなんとカイネだ。
体が一番小さい、つまり弱そうな相手から狙う習性を持っているのだろう。
四足歩行特有の動きで一直線に彼女の元に走ってくると、フーアは独特の軌道を描き、牙で噛み付き攻撃を仕掛けてきた。毒の情報も相まってカイネは必死に回避する。
横に避けた彼女に今度は爪攻撃。しかし彼女も高レベル操原魔法の使い手だ。
鋭い爪を力の盾を創り出す魔法で防御している。
もちろんそうしている間にもザルムのブロードソードはフーアの首を狙っている。カイネが爪攻撃をはじいたその衝撃で揺らいだところにザルムが剣を振り下ろす。
かろうじてフーアは直撃を避けるが、魔法によって高速で振動する刃はかすっただけの魔物の左肩を簡単に切り裂いた。
すごい威力だとザルムさえも思っていると、水獣の体がいきなりぐらついた。
左肩の損傷に加えて、隙を窺っていたマデリエネが背後に回って右の後ろ脚をダガーで切りつけたのだ。
続けて前足を攻撃しようとするマデリエネをよそに、数の不利を感じたフーアは体を横に向けて大回転し、冒険者たちから距離を取った。
再びこちらを向くフーアの口元は既に膨らんでいるように見える。
魔物が体を震わせた途端、大きな口から紫色の毒が猛烈な勢いで噴射された。
咄嗟に“フォースフィールド”で身を守るカイネだったが、アロイスは他の魔法の詠唱で反応が遅れた。力場に弾かれた毒の飛沫は天井に向けて跳ね返り一面に広がる。
カイネの近くにいたザルムは魔法の範囲内にいたことで難を逃れたが、マデリエネとアロイスは毒を食らって既に手がしびれが出始めた。
噴射された毒は生命の危機を感じた魔物のとっておきだったようで、手から滑り落ちたダガーが高い音を立てて落ちる。
ところがアロイスの杖はまだその手に握られている。フーアは不満そうにアロイスを見たが、それに構わず弱ったマデリエネに向かっていった。とにかく数を減らしたいようだ。
ザルムはそれよりも早くマデリエネの前に立つと、盾を使って攻撃を受け止め続けた。
毒牙の噛み付きに爪のひっかきと前足での押しつぶし。それらすべての攻撃をマデリエネを守りながらいなしている。
それでもマデリエネごと攻撃するための体当たりをフーアが構えると、ついにザルムは盾ではなく剣を構えた。
震える剣はよほど恐ろしいのか、フーアは体当たりを中断する。代わりに再び口を大きく膨らませた。
それをそのまま吐き出す寸前、フーアの首を鉄の鎖が締め上げた。創成魔法で創り出された鎖は水獣の顎を結び付け、さらには体全体の自由を奪っていく。
その直後、地面に響く鉄の音がした。いつの間にかザルムはフーアの肩を足場にして空中に飛び上がっている。
盾を捨てて自由になった左の手を合わせて、ザルムの剣は左に大きく振りかぶられた。
体のひねりと共に空を裂く刃の閃きが魔物の首を鎖ごと断ち切る。
着地する重鎧の足音と共に、首の転がった水獣は平らになった首元から血を噴き出して氷の地面に倒れ伏した――。
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