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悲しみの暮れ
未亡人
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「旅の途中でこの街に寄ったんだが、黒い服の人たちがこの家に入っていったのを見かけてな。何か良くないことがあったんじゃないかと思ったんだ。何か困ったことがあったら手助けをしたいんだが、大丈夫そうか?」
女性は眉間にシワを寄せて考え込んでいる。予想通り、かなり警戒されているようだ。
「話だけでも良かったら聞くが、どうかな。迷惑ならすぐに立ち去るが」
駄目押しにそう言ってみると、彼女の目が微かに揺れたのが見えた。話を聞くだけという部分が彼女の心にかすったようだ。しかしその彼女は一回下を向いてから一言だけ。
「結構、です」
まあそうなるよな。難しいことだとわかっていたからこれも想定通りだが、相手が困っているということが分かっている手前、かなり歯がゆい。
それでもこのまま居座ったら心証は悪くなる一方なので、俺たちが泊まっている宿を告げて、明日の昼過ぎまではいるから、気が変わったら来てくれと伝える。そしてノエラと一緒に扉に背を向けて三歩ほど歩いた時。
「待って!」
僅かにしか空いていなかった扉を、スラッとした全身が見えるくらいまですっかり開けて、目を腫らした女性がこちらに身を乗り出していた。俺とノエラは厳かな家に上げてもらって、応接間らしき広い部屋に案内された。
中にいた黒い服の人たちはみんな、俺たちと入れ替わりになるようにして挨拶の後に帰ってしまう。赤毛の女性に人払いをさせてしまったみたいで、それで申し訳ない気持ちが湧いてきてしまった。
それから彼女は震える手でお茶を用意して、俺たちに出してくれる。貴族であればこういうのは使用人の仕事だろうに、きっと一人になりたくて暇をとらせたのだろうということがわかった。
「ありがとう。さっきの人たちには帰ってもらってしまったみたいで悪かったな」
「いいえ。あまり聞かれたくない話ですから……」
綺麗なはずの女性は陰鬱な雰囲気を漂わせながら、静かに対面のソファーに座る。今気付くと部屋のカーテンはすべて閉め切られていて、窓はあるのに部屋は暗い。
できるだけ泣き腫らした顔を見られたくないのだろうということを想像すると、家に上げてもらえたことは“奇跡”だとでも言うべきか。慎重に言葉を選んだ方が良さそうだ。
「なぜあなたが悲しい雰囲気を纏っているのか、あなた自身の口から聞いていいかな?」
「ええ。私は……いわゆる未亡人になってしまったようです。愛する夫を失い、彼との愛の証を育むこともなく、無残にも」
話し方ひとつにも深い悲しみが込められている。そしてやはりとも言うべきか、大切な人を失っていたか。葬儀代や葬式の手筈、財産の問題や今後どうやって身を立てて、どうやって悲しみを乗り越えるか。
確かに様々な問題はのしかかって来るだろうが、俺の奇跡ではそれ以上の困難があるように感じた。そのあたりも慎重に探っていこう。
「それはお悔やみ申し上げるよ。旦那さんはどんな人だったんだ?」
「彼は名のある気力家の次男でした。いつも優しくて紳士的で、剣を持ったときは誰よりも逞しくて頼もしかった。本当に、私には勿体ない人でした」
「理想の男性そのもの……だったんですね」
「年甲斐もなく恥ずかしい話ですが、私には彼が王子様に見えました。彼と一緒にいると、まるでお姫様になったように感じました」
「年甲斐もないなんてとんでもありません。女の子なら誰でも、お姫様になることを夢見るものでしょう?」
「そう、かもしれませんね」
ほんの少しだけ、赤毛の未亡人ドーラは微笑んだ。ノエラがいてくれてよかった。こんな風に話せるのは同じ女性でかつ繊細な彼女にしかできないだろうからな。それはそうと……。
「あなたはそんな完璧な旦那さんに顔向けできないことをしようとしてないか?」
「!」
図星か。別になんてこともない推測でしかなかったが、当たったようだな。
女性は眉間にシワを寄せて考え込んでいる。予想通り、かなり警戒されているようだ。
「話だけでも良かったら聞くが、どうかな。迷惑ならすぐに立ち去るが」
駄目押しにそう言ってみると、彼女の目が微かに揺れたのが見えた。話を聞くだけという部分が彼女の心にかすったようだ。しかしその彼女は一回下を向いてから一言だけ。
「結構、です」
まあそうなるよな。難しいことだとわかっていたからこれも想定通りだが、相手が困っているということが分かっている手前、かなり歯がゆい。
それでもこのまま居座ったら心証は悪くなる一方なので、俺たちが泊まっている宿を告げて、明日の昼過ぎまではいるから、気が変わったら来てくれと伝える。そしてノエラと一緒に扉に背を向けて三歩ほど歩いた時。
「待って!」
僅かにしか空いていなかった扉を、スラッとした全身が見えるくらいまですっかり開けて、目を腫らした女性がこちらに身を乗り出していた。俺とノエラは厳かな家に上げてもらって、応接間らしき広い部屋に案内された。
中にいた黒い服の人たちはみんな、俺たちと入れ替わりになるようにして挨拶の後に帰ってしまう。赤毛の女性に人払いをさせてしまったみたいで、それで申し訳ない気持ちが湧いてきてしまった。
それから彼女は震える手でお茶を用意して、俺たちに出してくれる。貴族であればこういうのは使用人の仕事だろうに、きっと一人になりたくて暇をとらせたのだろうということがわかった。
「ありがとう。さっきの人たちには帰ってもらってしまったみたいで悪かったな」
「いいえ。あまり聞かれたくない話ですから……」
綺麗なはずの女性は陰鬱な雰囲気を漂わせながら、静かに対面のソファーに座る。今気付くと部屋のカーテンはすべて閉め切られていて、窓はあるのに部屋は暗い。
できるだけ泣き腫らした顔を見られたくないのだろうということを想像すると、家に上げてもらえたことは“奇跡”だとでも言うべきか。慎重に言葉を選んだ方が良さそうだ。
「なぜあなたが悲しい雰囲気を纏っているのか、あなた自身の口から聞いていいかな?」
「ええ。私は……いわゆる未亡人になってしまったようです。愛する夫を失い、彼との愛の証を育むこともなく、無残にも」
話し方ひとつにも深い悲しみが込められている。そしてやはりとも言うべきか、大切な人を失っていたか。葬儀代や葬式の手筈、財産の問題や今後どうやって身を立てて、どうやって悲しみを乗り越えるか。
確かに様々な問題はのしかかって来るだろうが、俺の奇跡ではそれ以上の困難があるように感じた。そのあたりも慎重に探っていこう。
「それはお悔やみ申し上げるよ。旦那さんはどんな人だったんだ?」
「彼は名のある気力家の次男でした。いつも優しくて紳士的で、剣を持ったときは誰よりも逞しくて頼もしかった。本当に、私には勿体ない人でした」
「理想の男性そのもの……だったんですね」
「年甲斐もなく恥ずかしい話ですが、私には彼が王子様に見えました。彼と一緒にいると、まるでお姫様になったように感じました」
「年甲斐もないなんてとんでもありません。女の子なら誰でも、お姫様になることを夢見るものでしょう?」
「そう、かもしれませんね」
ほんの少しだけ、赤毛の未亡人ドーラは微笑んだ。ノエラがいてくれてよかった。こんな風に話せるのは同じ女性でかつ繊細な彼女にしかできないだろうからな。それはそうと……。
「あなたはそんな完璧な旦那さんに顔向けできないことをしようとしてないか?」
「!」
図星か。別になんてこともない推測でしかなかったが、当たったようだな。
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