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過去との対峙
世界
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俺たちが店に入った途端にその男性は太陽のような、それでいて静かで涼しい水のような不思議な笑みを浮かべて、俺たちを歓迎してくれた。
「いらっしゃいませ。温かいお心をお持ちのお二方。ゆっくりと自慢の商品をご覧ください」
「どうも」
「遠慮なく見させていただきます!」
俺とノエラは彼に軽く会釈をしつつ、店内にある色んな品を眺めた。キラキラとした輝きのある小枝や、ノエラが使っていた花の精霊が好むリボン。独特な紫色の粉やゆらゆらと曲がった形の面白い木の葉っぱなど、実にいろいろなものが売られている。
俺には自然の中にある色んなものという風にしか見えないが、ノエラにはきっとそれ以上の意味のあるものの数々に違いない。彼女は愛おしそうにものを見たり、くすりと可笑しそうに笑ったり。とにかくコロコロと表情を変えていて、見ていて飽きなかった。
精霊たちが見える彼女の世界は、いったいどうなっているのだろうと強く思わされるな。
「ノエラ、楽しそうだな。精霊たちがたくさんいるのか?」
「はい! みんなにそれぞれ好きな素材があって、その場所で和んでいるんです」
「そうなのか。俺には全然見えないや」
「そう……ですよね。サムさんには――でも、もしかしたら!」
彼女はそう言いながら、男性の店主のところに行く。
「店員さん、あの紫の粉は“深淵の囁き”ですよね?」
「ええ。よく御存じでいらっしゃいますね」
「それなら! あの、あれはいくらですか?」
「あちらの商品はギトナ金貨五枚とサイラリム金貨七枚です」
「わ、わかりました」
ノエラは大金を前に渋々と言った感じで金貨を取り出し、それを支払った。何だか珍しいな。何の迷いもなく衝動買いなんてらしくない。
「ノエラ、どうしたんだいきなり。そんなに欲しかったのか?」
「はい。サムさんのためにどうしても」
「え? 俺? どういうこと?」
彼女は無言のまま、瓶に入った粉を少しだけ手に取って、それらをパッとばらまいた。彼女がそれらに霊力を込めて、そして――俺と手を繋ぐ。
「お、おい。人前で何を」
その瞬間。俺にも見えたのだ。精霊たちが心地よさそうにしているその姿が。不思議な輝きのある小枝には、太い幹の大きな木を丸々小さくした感じの木の精霊。そいつの手足は柔軟な枝で、手足がある以外は生きた木そのものだ。そいつは自分よりも大きな小枝にくっついて眠っている。
ピンクのリボンには花の精霊。ゆらゆらと曲がった形の葉には若葉の精霊。みんなそれぞれの好きな素材に寄り添って、くつろいでいる。
店内だけでなく窓の外を見れば、風の精霊が心地よさそうに空を飛びまわり、そしてノエラを引き連れて店から出てみれば、陽の精霊が屋根の上で日向ぼっこをしている。
いつの間にかまとわりついていた闇の精霊は俺の邪光ランタンの揺れに合わせてリズムを取り、音の精霊らしきやつは街が織り為す生活の音と共に人々の間を駆け廻っている。
自然にあるたくさんの精霊たちがみんなささやかに共存して、対になる精霊たちもお互いの居場所を脅かすことはない。ときには光と影、熱と冷気となって合わさり、協力しさえしている。
その様はあまりにも――俺が見るにはあまりにも、綺麗だった。それぞれの精霊たちが自分たちの領分の中で心地よさそうに存在し、決してお互いを邪魔しない。自然の調和を大事にして、それが崩れないように奮闘している精霊の姿もある。
きっと何か変化があったときは、休んでいる精霊たちが奮い立ち、今頑張っている精霊と代わって世界を支えているのだろう。――なんて素晴らしいのだろうか。
「サムさん? 精霊たちが、見えていますか?」
「ああ、すごく良く見えるよ。本当に……綺麗だな」
「綺麗……ですか?」
「俺が見るにはもったいないくらい綺麗だよ。まさかこんなに美しい景色があるなんて思いもしなかった」
「そう……なんですか?」
「そうさ。精霊使いならずっとこんなに素晴らしいものを見られるんだな。尊敬するよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
ノエラはお礼を言いながら、不意に頬に涙を流した。突然のことに俺は頭が真っ白になる。
「ど、どうしたノエラ!? 俺、何か酷いこと言ったか?」
「いえ。その、嬉しくて……。ごめんなさい」
「謝ることなんて何もないぞ。まずは一旦宿に戻って落ち着こうな」
幸い店から宿は近かったので、俺たちはすぐさま宿に戻った。その途中もノエラは涙を堪えながら、ずっと下を向いている。何があったかはわからんが可哀そうに。
あんな何でもない俺の言葉に涙を流すなんて、きっと昔のことと関係あるんだろう。俺は宿のバロンの視線を掻い潜って自分の部屋にノエラを招き入れ、彼女を宥めることに専念する。
「いらっしゃいませ。温かいお心をお持ちのお二方。ゆっくりと自慢の商品をご覧ください」
「どうも」
「遠慮なく見させていただきます!」
俺とノエラは彼に軽く会釈をしつつ、店内にある色んな品を眺めた。キラキラとした輝きのある小枝や、ノエラが使っていた花の精霊が好むリボン。独特な紫色の粉やゆらゆらと曲がった形の面白い木の葉っぱなど、実にいろいろなものが売られている。
俺には自然の中にある色んなものという風にしか見えないが、ノエラにはきっとそれ以上の意味のあるものの数々に違いない。彼女は愛おしそうにものを見たり、くすりと可笑しそうに笑ったり。とにかくコロコロと表情を変えていて、見ていて飽きなかった。
精霊たちが見える彼女の世界は、いったいどうなっているのだろうと強く思わされるな。
「ノエラ、楽しそうだな。精霊たちがたくさんいるのか?」
「はい! みんなにそれぞれ好きな素材があって、その場所で和んでいるんです」
「そうなのか。俺には全然見えないや」
「そう……ですよね。サムさんには――でも、もしかしたら!」
彼女はそう言いながら、男性の店主のところに行く。
「店員さん、あの紫の粉は“深淵の囁き”ですよね?」
「ええ。よく御存じでいらっしゃいますね」
「それなら! あの、あれはいくらですか?」
「あちらの商品はギトナ金貨五枚とサイラリム金貨七枚です」
「わ、わかりました」
ノエラは大金を前に渋々と言った感じで金貨を取り出し、それを支払った。何だか珍しいな。何の迷いもなく衝動買いなんてらしくない。
「ノエラ、どうしたんだいきなり。そんなに欲しかったのか?」
「はい。サムさんのためにどうしても」
「え? 俺? どういうこと?」
彼女は無言のまま、瓶に入った粉を少しだけ手に取って、それらをパッとばらまいた。彼女がそれらに霊力を込めて、そして――俺と手を繋ぐ。
「お、おい。人前で何を」
その瞬間。俺にも見えたのだ。精霊たちが心地よさそうにしているその姿が。不思議な輝きのある小枝には、太い幹の大きな木を丸々小さくした感じの木の精霊。そいつの手足は柔軟な枝で、手足がある以外は生きた木そのものだ。そいつは自分よりも大きな小枝にくっついて眠っている。
ピンクのリボンには花の精霊。ゆらゆらと曲がった形の葉には若葉の精霊。みんなそれぞれの好きな素材に寄り添って、くつろいでいる。
店内だけでなく窓の外を見れば、風の精霊が心地よさそうに空を飛びまわり、そしてノエラを引き連れて店から出てみれば、陽の精霊が屋根の上で日向ぼっこをしている。
いつの間にかまとわりついていた闇の精霊は俺の邪光ランタンの揺れに合わせてリズムを取り、音の精霊らしきやつは街が織り為す生活の音と共に人々の間を駆け廻っている。
自然にあるたくさんの精霊たちがみんなささやかに共存して、対になる精霊たちもお互いの居場所を脅かすことはない。ときには光と影、熱と冷気となって合わさり、協力しさえしている。
その様はあまりにも――俺が見るにはあまりにも、綺麗だった。それぞれの精霊たちが自分たちの領分の中で心地よさそうに存在し、決してお互いを邪魔しない。自然の調和を大事にして、それが崩れないように奮闘している精霊の姿もある。
きっと何か変化があったときは、休んでいる精霊たちが奮い立ち、今頑張っている精霊と代わって世界を支えているのだろう。――なんて素晴らしいのだろうか。
「サムさん? 精霊たちが、見えていますか?」
「ああ、すごく良く見えるよ。本当に……綺麗だな」
「綺麗……ですか?」
「俺が見るにはもったいないくらい綺麗だよ。まさかこんなに美しい景色があるなんて思いもしなかった」
「そう……なんですか?」
「そうさ。精霊使いならずっとこんなに素晴らしいものを見られるんだな。尊敬するよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
ノエラはお礼を言いながら、不意に頬に涙を流した。突然のことに俺は頭が真っ白になる。
「ど、どうしたノエラ!? 俺、何か酷いこと言ったか?」
「いえ。その、嬉しくて……。ごめんなさい」
「謝ることなんて何もないぞ。まずは一旦宿に戻って落ち着こうな」
幸い店から宿は近かったので、俺たちはすぐさま宿に戻った。その途中もノエラは涙を堪えながら、ずっと下を向いている。何があったかはわからんが可哀そうに。
あんな何でもない俺の言葉に涙を流すなんて、きっと昔のことと関係あるんだろう。俺は宿のバロンの視線を掻い潜って自分の部屋にノエラを招き入れ、彼女を宥めることに専念する。
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