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表と裏

狂気の採取

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「もし嫌だったらごめん。だけど俺は褒めるつもりで言ってるし、実際に可愛いのはヴィサの歴とした個性であり長所だと思ってる。でも……もう言わないから安心してくれ」

「あ、あの……すみません」

 ヴィサは混乱しているのか、丸眼鏡の下の瞳をぐるぐると泳がせている。

「なんでヴィサが謝るんだよ。悪いのは俺だからさ。悪かったな、話を進めようぜ」

「はい……」

 なんか変な空気になってしまったが、気にしないことにして強引にでも軌道修正しよう。

「実際に目的地に行くのは今日からで大丈夫か?」

「はい。今日からで大丈夫です。僕はすぐにでも行けるので、サムさんとノエラさんは準備をしていただければ……」

「俺たちも特に準備は必要ないよな?」

「はい。すぐに出発できます」

「そ、そうなんですか? わかりました。あ、あと、できれば採取した植物を集めた籠を持ってもらいたいんですが……いいですか?」

「いいよ。特に問題ないだろうから。それじゃあ今から行っちゃうか?」

「そうしましょう」

「よろしくお願いします」

 そうして俺たち三人は街から出てガモットダモの森へと向かった。ダロイから出て右方向に進む。やはり俺からはババアのいる森と完全に同じ森になっているように見えるが、明確に違うと再度指摘を受けた。

 ヴィサが見ていない瞬間を狙って、ときどき【闇の感知ダークセンス】を使っているので魔物と遭遇することなく進めている。気配を探知できるんだと言うと、ヴィサは特に疑問を持つことなく、そうなんですねと納得してくれている。

 陣形は特に何も考えずに話しながら横一列になったりちょっと俺が前に出たりバラバラだ。魔物は簡単に避けられるからそんな陣形でも危険はない。そうしてそのまま草原地帯を歩ききり、森の前までやって来る。

 さすがにここからは適当な並びで行くのは怖いので、俺が先頭、間にヴィサ、最後にノエラで、空中からの索敵をアンヘルに任せる。もちろん俺が前に出てランタンが隠せるので【闇の感知ダークセンス】は常に発動済みだが念には念だ。遠隔攻撃が来ないとも限らないからな。

 ガモットダモの森はマングココラムの森と比べて熱帯雨林のような印象に近く、長い葉の植物や苔の生えた太めのツルがぶら下がっている場所だった。こんな地形に薬草が生えているのは不思議なものだが、ヴィサが目を輝かせているところを見ると、本当に良い収穫場所なのだろうと思えた。

 森の中に入ってからそんなに奥に進まない浅い場所で、ヴィサの様子がどうにもおかしくなった。急に立ち止まり、丸眼鏡越しの目を見開いてプルプル震えている。俺が大丈夫かと声をかけようとしたとき、ヴィサはいきなり鬼気迫る物言いで叫んだ。

「こ、こんな場所じゃ――もう我慢できないッ!」

 彼は突然身を屈めて、世にも恐ろしい速度で草を集め始めた。見開いていた目は今や完全に血走っており、不気味に口元が歪んで笑っているようにも見える。しかも手を動かすのが早すぎて残像が見えてくるレベルで、周りの草はどんどん取り尽くされ、その度に彼はしゃがみながら奇妙な移動方法で前に進んでいる。

 そんな欠片たりとも想像していなかったヴィサの姿に、俺とノエラは完全に呆気に取られて動けなくなった。ええ、何この子……怖過ぎ……!

「ああ、良い。これも良い! これなんか最高だ! 嗚呼、こんな素晴らしい薬草がこんなに生えているなんて……至福ッ!」

 これは完全にキマッてる。というか放っておいていいのかなこれ。いや、それ以前に俺は……関わりたくないッ! いつの間にか辺りを警戒することを忘れて奇怪な光景に見入ってしまっていたので、俺は気を引き締めるべく辺りを歩きながら魔物の気配を感知しようとした。その時――。

「そこは危ないッ!」

 丸眼鏡の鋭い視線がストレートに飛んできて、俺に迫る危険を叫ばれる。だがその忠告は一足遅く、俺は右足を踏み出してしまった。直後、足元の赤い草が小さな爆発を引き起こし、俺の司祭衣の裾に猛烈に引火した。ぎゃああああ! 熱い! 

 俺は必死に、その辺に生えていた植物の葉を引っ掴んで燃えたところをはたいて叩く。それなりに大きめの葉を掴んでいたおかげが、なんとか大事に至らずに消火できたが、かなり肝を冷やした。自分に火が点くって意外と恐ろしいんだな。

「す、すみません。僕はいつも警戒しているので伝え忘れてしまいました」

「サムさん、大丈夫ですか!?」

「お、おう。見た目ほど被害はないから大丈夫だ。それにしても一体何だっていうんだ?」

「爆裂草と呼ばれる植物ですよ。赤いのが最大の特徴なので、わかっていれば対処しやすいかと……」

 どうやら狂気の世界から帰って来たらしいヴィサが説明してくれる。そんな植物があるなんて知らなかった。この調子じゃ毒草なんかもいくらでもありそうだな。俺は魔物に遭遇したときよりも身の危険を感じ、紋章に危険な植物を聞いておくことにした。

 触るだけで皮膚が溶けはじめる溶解草や、同じく触るだけでグルグルと草が体に巻き付いてくる捕縛草など、迂闊に森を進めなくなるような情報がどこどこ出てくる。そして最後に理解した。貴族たちが薬草採取の依頼を受けないのは、魔物退治なんかよりも遥かに恐ろしいからだと……。
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