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自然の瓦解
雨降るとき ☆ノエラ視点
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サムさんと一緒に四力統治塔での初仕事を終えた日の翌日。私がふと宿のベッドで目を覚ますと、窓の外ではザーザーと大粒の雨が降っていた。今日の雨は大空が涙を流しているみたいに激しく、外の景色が見えないくらいに窓ガラスを濡らし続けている。
糸の精霊は湿気が嫌いなのか、調子が悪そうに私のベッドの上でフラフラと転げ、やがてバタッと倒れてしまった。そのわざとらしい姿を見て、私は唐突に昨日のことを思い出した。
高台の頂上でカラガオンの群れに囲まれたとき、この子は私の肩の上で同じようにバタッと倒れたのだ。そのときはこの子を気にしている余裕なんてなかったけど、今になってようやくこの子の様子を思い出した。
どちらも同じかわいい仕草だけど、その意味はまったく違うんだろうな。あのときは私たちが危機に瀕して思わず倒れたんだと思うし、今は私に構ってほしくてわざとらしく倒れているように見える。サムさんがいなかったら今みたいに、この子のことを構ってあげられなかったかもしれない。
私とは違って、たくさんの魔物に囲まれてもサムさんは全然動じなかった。それどころか、食用肉となる魔物を見つけて嬉しそうにしているようにも見えるくらいだった。
いつものように不気味な見た目のランタンを、まるで世界を照らす光明のように掲げて、彼は奇跡を行使した。その途端、私には何も見えなくなり、代わりに闇の精霊たちが心地よさそうに暴れ回っているのを感じた。
その後、私の目が見えるようになったら、魔物達は既に全滅していた。信じられない。こんな広範囲を一度に、しかも魔物だけを攻撃するなんて……。
そのときの私は呆気にとられて、サムさんへの強い憧れで思ったことをただ口にしてしまった。この人となら一緒にどんなことでもできそうな、そんな気がしてきていた。
糸の精霊は脅威が去ると、ふわふわと綿毛のように飛んで、サムさんの背中にくっついていた。私はサムさんには見えていないそれを見ながら、密かに微笑んでしまったな。
だけどそんな顔を見せたくなくて、何とか心を落ち着かせた。そしてこう思ったのだ。サムさんは確かに凄い。今まで見た神官の中で、彼はその誰とも違う凄まじい力を持っている。
だけどそんな彼にずっと頼っていたら、私はただ、彼の重荷になってしまうかもしれない。それだけはどうしても避けたくて、私は毎日夜になると一人で精霊魔法の練習をしていたのだ。
そうだ、今日は雨が降っているから、水の精霊に呼びかけて練習をしようか。そこまで考えて私はふと気づいた。これほどの大雨だと、もしかしたら――。
私はすぐにベッドから降りて、サムさんに買ってもらった服を着た。センスの良い服に身を包んだら、今日が少しだけ特別な日になるような気がする。だけど今はそんな小さな嬉しさは置いておかないと。急いで準備したら、サムさんのいる部屋の戸を叩く。
「サムさん、起きていますか? 相談したいことが――」
そう言うと、戸の向こうからドタドタと音が聞こえてくる。サムさんはもう起きていたみたいだ。
「ノエラ、どうした? 今日は雨だから四力統治塔の仕事はお休みかもなって思ってたんだけど」
「はい。でももしかしたらそうはいかないかもしれません。朝食を食べながら話をしませんか?」
「わかった」
私たちは下の階に下りて、テーブルに座る。給仕の人たちが朝食の準備を急いでやってくれている間に、少し話をしておくことにした。
「サムさん、この街は山から流れてくる川の水を引いて、生活用水にしていますよね」
「ああ、そうだな」
「いつもはそれで水が潤沢に使えて助かっています。だけど、こんな風に大雨が降ったら水かさが増して危ないかもしれません」
「あ! 確かにそうかもしれない。よく気が付いたな!」
「い、いえ。なので朝食を食べ終わったら様子を見に行きたいんですけどいいですか?」
「ああ、もちろん。困ったことになっていたら対策を考えなきゃだしな」
そうして話していると給仕の人たちが食事を運んできてくれた。その人たち皆にお礼を言って、食事を食べ終えたら宿の外に出る。
糸の精霊は湿気が嫌いなのか、調子が悪そうに私のベッドの上でフラフラと転げ、やがてバタッと倒れてしまった。そのわざとらしい姿を見て、私は唐突に昨日のことを思い出した。
高台の頂上でカラガオンの群れに囲まれたとき、この子は私の肩の上で同じようにバタッと倒れたのだ。そのときはこの子を気にしている余裕なんてなかったけど、今になってようやくこの子の様子を思い出した。
どちらも同じかわいい仕草だけど、その意味はまったく違うんだろうな。あのときは私たちが危機に瀕して思わず倒れたんだと思うし、今は私に構ってほしくてわざとらしく倒れているように見える。サムさんがいなかったら今みたいに、この子のことを構ってあげられなかったかもしれない。
私とは違って、たくさんの魔物に囲まれてもサムさんは全然動じなかった。それどころか、食用肉となる魔物を見つけて嬉しそうにしているようにも見えるくらいだった。
いつものように不気味な見た目のランタンを、まるで世界を照らす光明のように掲げて、彼は奇跡を行使した。その途端、私には何も見えなくなり、代わりに闇の精霊たちが心地よさそうに暴れ回っているのを感じた。
その後、私の目が見えるようになったら、魔物達は既に全滅していた。信じられない。こんな広範囲を一度に、しかも魔物だけを攻撃するなんて……。
そのときの私は呆気にとられて、サムさんへの強い憧れで思ったことをただ口にしてしまった。この人となら一緒にどんなことでもできそうな、そんな気がしてきていた。
糸の精霊は脅威が去ると、ふわふわと綿毛のように飛んで、サムさんの背中にくっついていた。私はサムさんには見えていないそれを見ながら、密かに微笑んでしまったな。
だけどそんな顔を見せたくなくて、何とか心を落ち着かせた。そしてこう思ったのだ。サムさんは確かに凄い。今まで見た神官の中で、彼はその誰とも違う凄まじい力を持っている。
だけどそんな彼にずっと頼っていたら、私はただ、彼の重荷になってしまうかもしれない。それだけはどうしても避けたくて、私は毎日夜になると一人で精霊魔法の練習をしていたのだ。
そうだ、今日は雨が降っているから、水の精霊に呼びかけて練習をしようか。そこまで考えて私はふと気づいた。これほどの大雨だと、もしかしたら――。
私はすぐにベッドから降りて、サムさんに買ってもらった服を着た。センスの良い服に身を包んだら、今日が少しだけ特別な日になるような気がする。だけど今はそんな小さな嬉しさは置いておかないと。急いで準備したら、サムさんのいる部屋の戸を叩く。
「サムさん、起きていますか? 相談したいことが――」
そう言うと、戸の向こうからドタドタと音が聞こえてくる。サムさんはもう起きていたみたいだ。
「ノエラ、どうした? 今日は雨だから四力統治塔の仕事はお休みかもなって思ってたんだけど」
「はい。でももしかしたらそうはいかないかもしれません。朝食を食べながら話をしませんか?」
「わかった」
私たちは下の階に下りて、テーブルに座る。給仕の人たちが朝食の準備を急いでやってくれている間に、少し話をしておくことにした。
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「ああ、そうだな」
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「あ! 確かにそうかもしれない。よく気が付いたな!」
「い、いえ。なので朝食を食べ終わったら様子を見に行きたいんですけどいいですか?」
「ああ、もちろん。困ったことになっていたら対策を考えなきゃだしな」
そうして話していると給仕の人たちが食事を運んできてくれた。その人たち皆にお礼を言って、食事を食べ終えたら宿の外に出る。
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