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門出の予兆
深夜の帳
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それから思い思いに過ごしていたらあっという間に夜になり、フクロウもといクワゴがホーホーと鳴き始める。俺はなんとなく眠くなくて起きていたが、今はきっと深夜の時間帯だろう。
眠くないのは昼寝をしてしまったからかな。しくじったか。まあ無理に寝る必要もないし、俺は何となく外に出て夜の空気を吸ってくることにした。
あえてアンヘルを起こさずにツリーハウスの戸を開けて外に出ると、クワゴの鳴く声の他に鈴虫のような、そんな虫の鳴く声もしてきた。元の世界の鈴虫よりも音は小さくて控えめだ。だけど俺はそっちの方が好きで、ツリーハウスの手すりに腕を乗っけてしばらくその声たちを聴きながら風に当たっていた。
空中をキラキラと舞う欠片は相変わらず存在していて、やっぱり綺麗だ。そんな景色を見ながら何となく感傷に浸っていると、右後ろの戸が再び開いた。
そこから出てきたのはノエラだ。彼女は俺の姿を見るなり少し驚いたようにこちらを凝視するが、すぐに手すりの方へと寄ってきた。
「サムさんも、眠れないんですか?」
「まあね。俺は昼寝しちゃったからだけどさ。そう言うノエラも?」
「はい。何だか色々と考えてしまって」
「それはもしかして逃げ出してきたところのことか?」
「……はい」
「だよな。辛いことって、そう簡単に忘れられるもんじゃないよな」
「……はい」
「でも、もう苦しまなくたっていいんだぞ? 嫌なことは嫌って言っていいし、辛いことは辛いってハッキリ言ってもいいんだ」
「……辛いことから……逃げてもいいんでしょうか?」
「当たり前だろ? 逃げるのは悪いことじゃないんだぜ? いつか辛かった過去に向き合わなきゃいけないときが来るかもしれない。それでもそのときまで逃げて逃げて逃げまくってさ。そうしてたらきっとその過去に立ち向かう勇気が湧いてくるさ」
「……そうでしょうか?」
「そうさ。だから今は楽しく過ごすことだけを考えようぜ。その方がずっといいから」
「そう……ですね」
「ああ」
遠くの木から白い鳥がバサバサとどこかに飛んで行ってしまった。もしかしたらあれがクワゴかもな。まるで白鳥だ。
「サムさんには、辛い過去、ありますか?」
「俺か? もちろんあるぞ。掃いて捨てるほどな。忘れちまえばいいのに忘れられないし困ったもんだよ」
「……辛いことなんて、全部なくなっちゃえばいいのに」
「ホントにな。でも今はそれも俺の一部だとも思うんだ。辛いことがあったから、同じく辛い目にあってる人の気持ちがわかる。そうして誰かを助けたいっていう気持ちが生まれる。それは大事なことかもしれないってな」
「……私も、サムさんみたいにそう思えるようになるでしょうか?」
「別にそう思えなくたっていいんだ。俺は俺なりに辛いことを乗り越えただけだよ。ノエラもノエラなりに、悲しい気持ちに折り合いをつけられればそれでいいんだからさ」
「……はい」
何だか説教臭くなっちゃったな。嫌だねえ俺ったら。女の子にこんな話。
「あの、サムさん」
「ん? どした?」
初めてじっと見つめられて、俺はちょっとドキっとした。月から注ぐ銀色の光が彼女の頬を照らしている。艶やかなブラウンの髪にしっとりとして美しい肌。綺麗な水色の瞳が俺をしっかりと見据えている。ノエラってこんなにも美人だったんだな。
「本当に、ありがとうございます。私、あなたがいなかったら自分の悲しみをずっと押し殺したままでした。あのとき手を取ってくれなかったら、私は……」
「……感謝されるようなことは何もしてないよ。君がここまで自分でやってきたんだ。俺はちょっとその後押しをしただけさ」
「……」
「随分長話をしちゃったな。体も冷えただろ? ベッドに戻ろう」
「はい」
そうして俺たちはツリーハウスの中に戻った。ノエラとちゃんと話ができてよかった。少しでも彼女の気持ちが楽になったらいいな。
眠くないのは昼寝をしてしまったからかな。しくじったか。まあ無理に寝る必要もないし、俺は何となく外に出て夜の空気を吸ってくることにした。
あえてアンヘルを起こさずにツリーハウスの戸を開けて外に出ると、クワゴの鳴く声の他に鈴虫のような、そんな虫の鳴く声もしてきた。元の世界の鈴虫よりも音は小さくて控えめだ。だけど俺はそっちの方が好きで、ツリーハウスの手すりに腕を乗っけてしばらくその声たちを聴きながら風に当たっていた。
空中をキラキラと舞う欠片は相変わらず存在していて、やっぱり綺麗だ。そんな景色を見ながら何となく感傷に浸っていると、右後ろの戸が再び開いた。
そこから出てきたのはノエラだ。彼女は俺の姿を見るなり少し驚いたようにこちらを凝視するが、すぐに手すりの方へと寄ってきた。
「サムさんも、眠れないんですか?」
「まあね。俺は昼寝しちゃったからだけどさ。そう言うノエラも?」
「はい。何だか色々と考えてしまって」
「それはもしかして逃げ出してきたところのことか?」
「……はい」
「だよな。辛いことって、そう簡単に忘れられるもんじゃないよな」
「……はい」
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「……辛いことから……逃げてもいいんでしょうか?」
「当たり前だろ? 逃げるのは悪いことじゃないんだぜ? いつか辛かった過去に向き合わなきゃいけないときが来るかもしれない。それでもそのときまで逃げて逃げて逃げまくってさ。そうしてたらきっとその過去に立ち向かう勇気が湧いてくるさ」
「……そうでしょうか?」
「そうさ。だから今は楽しく過ごすことだけを考えようぜ。その方がずっといいから」
「そう……ですね」
「ああ」
遠くの木から白い鳥がバサバサとどこかに飛んで行ってしまった。もしかしたらあれがクワゴかもな。まるで白鳥だ。
「サムさんには、辛い過去、ありますか?」
「俺か? もちろんあるぞ。掃いて捨てるほどな。忘れちまえばいいのに忘れられないし困ったもんだよ」
「……辛いことなんて、全部なくなっちゃえばいいのに」
「ホントにな。でも今はそれも俺の一部だとも思うんだ。辛いことがあったから、同じく辛い目にあってる人の気持ちがわかる。そうして誰かを助けたいっていう気持ちが生まれる。それは大事なことかもしれないってな」
「……私も、サムさんみたいにそう思えるようになるでしょうか?」
「別にそう思えなくたっていいんだ。俺は俺なりに辛いことを乗り越えただけだよ。ノエラもノエラなりに、悲しい気持ちに折り合いをつけられればそれでいいんだからさ」
「……はい」
何だか説教臭くなっちゃったな。嫌だねえ俺ったら。女の子にこんな話。
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「……感謝されるようなことは何もしてないよ。君がここまで自分でやってきたんだ。俺はちょっとその後押しをしただけさ」
「……」
「随分長話をしちゃったな。体も冷えただろ? ベッドに戻ろう」
「はい」
そうして俺たちはツリーハウスの中に戻った。ノエラとちゃんと話ができてよかった。少しでも彼女の気持ちが楽になったらいいな。
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