上 下
11 / 117
悲しみとの決別

夜の森中

しおりを挟む
 森の中は暗いけど、妙に明るい月明かりのおかげで何とか進めている。草木が本当に邪魔だけど、危険だからなのか魔力家の人たちらしき人物はもう追って来ないみたいだ。

 きっと今頃魔術障壁を張り直しているに違いない。いやあ、焦った焦った。

「……あの……」

 走っていた状態からペースを落とすと、彼女が何か訴えかけてきた。……様子を見るにこれは手を離して だな。ちょっと名残惜しい気もするが、俺は大人しく手を離してあげる。

「もう安全だな。いや、魔物は来るかもだけど。それより大丈夫?」

「……はい」

「勢いでこんなところに来ちゃったけど、どうしような。もう戻れそうもないし野宿しかなさそうだけどさ」

「……あの、なんで私と……」

「え、ああ。なんで一緒に逃げたかって? それは……そうだな。何となくそうしたかったからかな。ところで君、名前は?」

「……ノエラ、です」

「ノエラね。いい名前だ」

 こういうときは何よりもどんよりと暗くならないことが大事だな。きっとこの子は傷付いてるだろうから慎重に緊張をほぐしてあげないと。

「とりあえず眠れる場所を探さないといけないよな。テントとかはないから、魔物に襲われないように木の上に登るかなー」

「……ご、ごめんなさい」

「いいって。むしろ迷惑じゃなかったか? 事情も分からないままあの人たちから逃げちゃったけどさ」

「それは……大丈夫です」

「そっか。なら何も問題ないな。それじゃ寝床探しをするとしようか」

 俺はそう言いながら最初に目覚めた洞窟に向かうことにした。あそこなら森の真っただ中よりも多少はマシだろうからな。

 でもそんな目論見は儚く散ってしまい、ノエラが急に俺の司祭衣の袖を引っ張った。何か言いたいことがあるらしい。

「私に……ついて来てもらえませんか?」

「え、どこか当てがあるってこと? いいよ、それならそこに行ってみようか」

「……どこに行くかとか……聞かないんですか?」

「聞かない。世の中には知らなくていいことなんていっぱいあるからな」

 きっとこの子に騙そうという意志はないだろう。【闇の感知ダークセンス】を使わずともそれくらいはわかる。

 アンヘルは何か言いたげにしているが、どうやら我慢してくれているようだ。確かに不用心かもしれないが、ここはこの子を信じるべきだと俺の勘が告げているんだ。男は度胸。なんちゃってな。

「……こっちです」

 彼女は森の先を見据えながら導かれるようにどんどん進んでいく。こんな森の中で一体何を目印にして進んでいるのか分からないが、彼女に迷っているような気配はない。

 段々と森の奥深くに入っていっているのか、植物の密集度が上がってきて、木の枝がそこかしこに伸びていて進みにくい。

 俺は一応長袖で身を守れるような服装をしているが、彼女は麻のような粗末な服で、靴も同じような素材のまともな靴ではなかったはずだ。

 それを思い出して必死に追いかけながら彼女の様子を注意深く観察すると、信じられないことが起きていることにようやく気付いた。

 なんと彼女の付近の枝たちが……まるで意思があるかのように彼女を避けて引っ込んでいるのだ。ノエラの体を傷つけないように守っているようにも見える。

 森の地形に苦戦する俺とは違って、簡単そうに進んでいたのにはこういうわけがあったのか。これも彼女の魔術か何かなのだろうか。興味深いな。

 それからどれくらい経っただろうか。黙々と進み続けていたのに、突然ノエラが立ち止まった。俺にはそこには何もないように見えるのだが、彼女には全く違うようだ。周りを真剣な眼差しで見渡している。

「どうかした? 着いたの?」

「いえ。……少し……待ってください」

 彼女は目を閉じて微かに顔を上げた。月明かりがノエラの顔をぼんやりと照らす。

 切れ長の眉。そこに少しかかるサラサラの髪が、ざわめき始めた風にさわさわと揺られた。

 俺には何が起きているかわからないまま、やがて彼女は小さく一言だけ呟く。

「お願い。私を入れて」

 すると目の前の景色が水面の揺れのように歪んで、違うものに変わっていく。変化した景色は森であることには変わりないが、明らかに雰囲気が違っている。

 今までは雑木林という感じだったのが、神秘的な森林という感じにすべて様変わりしている。周囲にはキラキラと光る欠片が舞って、森のあちこちで淡い光を放っている。

 緑の色もより鮮やかになって、月の光を浴びることを喜んでいるかの如く、木々たちが優しい葉の音を奏でていた。

 そしていつの間にか、フクロウのような声もそこかしこで木霊している。不思議だ。一瞬で全部の景色が変わってしまうなんてな。

 しかも、森は森でもこんなに趣が違うこともあるものなんだな。俺はこの変化に感動すら覚えていたが、彼女はふうっと一息ついてからさらに奥へと進んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

処理中です...