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第四章 ライブ
アスタリスク
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ライブモニターが音を立て、電子音とアニメーションが噴き出した。
街行く人は足を止め、大型スクリーンの方に顔を向けた。
無夢の姿をカメラにおさめようと、スマホをかまえている人もいる。
家で、学校で、会社で、電車の中でスマホやパソコンを前に無夢を待つ人々は、一瞬も見逃さないようにと画面に見入っている。東京ドームにいる五万五千人は色めき立った。人々は声を上げ、ペンライトやうちわを懸命に降っている。
アニメーションと電子音が響き終わると、暗闇に一筋の薄い光が降り立った。その下で人影が動いている。
ギター音が空気を打ち、無夢の声が鳴った。
「アスタリスク」
光度が高まり、あいまいだった輪郭があらわになった。そこには白いお面を被った無夢がいた。のっぺりとした白いお面は感情を一ミリもにじみ出さず、世界に飲まれることを拒否しているようにみえた。
無夢が歌っている。ずっとインターネット世界にこもっていた無夢が現実世界で肉体をさらけ出し、音を響かせている。世界中の人々は聞き入った。音の波長までも探るかのように、一挙一動から目を離さない。人々は、あっという間に無夢の世界へと誘われた。
作詞作曲・ミノキコp作。
少年が机に向かって絵を描いている。
先生から隠れるようにして、五m方眼用紙に目いっぱい描いている。少年の頭上にある時計がくるくると高速で回り始めた。少年は成長してゆく。時折人々が押し寄せるが、彼らはすぐに興味を失い、去っていた。
親が、教師は、クラスメイトが変わっていこうとも彼らに何を言われようとも、少年だけが変わらず絵を描いていた。
少年はいつしか青年になっていた。絵を描き続けた青年は、色を操れるようになっていた。青年は自分の能力で世界をもて遊ぶかのように世界中の青色を瓶詰にしたり、黄色をぶちまけたりしていた。
世界は色が全くない日もあったし、今以上に色のあふれる日もあった。そんな時は、人々は学校や会社を休んで、ゆっくり世界をながめるのだった。
サビが始まる前の一瞬、無夢を照らしていたライトは落ちた。
その次の瞬間には、お面を被らない素の姿の無夢がいた。皆、はっと息を呑んだ。
涼しげな目元にすっと通った鼻梁。色気ある唇に、形の良い耳。輪郭は綺麗なゆでまごを彷彿させた。肩上まであるつややかで真っ黒な髪の毛はハーフアップに結っていた。
無夢は音を操った。
ぬるぬると体に絡ませたかと思うと、音一つでそれらを会場いっぱいにぶちまけた。降ってくる音を東京ドームにいたファンも、画面の向こうの待機組も、巨大スクリーンを眺める通りすがりの誰かも受け取った。
無夢は音を惜しまない。体に中から無夢が空っぽになって乾涸びてしまうほど、存分に音を鳴らす。全ては、音を享受する人のために。
街行く人は足を止め、大型スクリーンの方に顔を向けた。
無夢の姿をカメラにおさめようと、スマホをかまえている人もいる。
家で、学校で、会社で、電車の中でスマホやパソコンを前に無夢を待つ人々は、一瞬も見逃さないようにと画面に見入っている。東京ドームにいる五万五千人は色めき立った。人々は声を上げ、ペンライトやうちわを懸命に降っている。
アニメーションと電子音が響き終わると、暗闇に一筋の薄い光が降り立った。その下で人影が動いている。
ギター音が空気を打ち、無夢の声が鳴った。
「アスタリスク」
光度が高まり、あいまいだった輪郭があらわになった。そこには白いお面を被った無夢がいた。のっぺりとした白いお面は感情を一ミリもにじみ出さず、世界に飲まれることを拒否しているようにみえた。
無夢が歌っている。ずっとインターネット世界にこもっていた無夢が現実世界で肉体をさらけ出し、音を響かせている。世界中の人々は聞き入った。音の波長までも探るかのように、一挙一動から目を離さない。人々は、あっという間に無夢の世界へと誘われた。
作詞作曲・ミノキコp作。
少年が机に向かって絵を描いている。
先生から隠れるようにして、五m方眼用紙に目いっぱい描いている。少年の頭上にある時計がくるくると高速で回り始めた。少年は成長してゆく。時折人々が押し寄せるが、彼らはすぐに興味を失い、去っていた。
親が、教師は、クラスメイトが変わっていこうとも彼らに何を言われようとも、少年だけが変わらず絵を描いていた。
少年はいつしか青年になっていた。絵を描き続けた青年は、色を操れるようになっていた。青年は自分の能力で世界をもて遊ぶかのように世界中の青色を瓶詰にしたり、黄色をぶちまけたりしていた。
世界は色が全くない日もあったし、今以上に色のあふれる日もあった。そんな時は、人々は学校や会社を休んで、ゆっくり世界をながめるのだった。
サビが始まる前の一瞬、無夢を照らしていたライトは落ちた。
その次の瞬間には、お面を被らない素の姿の無夢がいた。皆、はっと息を呑んだ。
涼しげな目元にすっと通った鼻梁。色気ある唇に、形の良い耳。輪郭は綺麗なゆでまごを彷彿させた。肩上まであるつややかで真っ黒な髪の毛はハーフアップに結っていた。
無夢は音を操った。
ぬるぬると体に絡ませたかと思うと、音一つでそれらを会場いっぱいにぶちまけた。降ってくる音を東京ドームにいたファンも、画面の向こうの待機組も、巨大スクリーンを眺める通りすがりの誰かも受け取った。
無夢は音を惜しまない。体に中から無夢が空っぽになって乾涸びてしまうほど、存分に音を鳴らす。全ては、音を享受する人のために。
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