降る、ふる、かれる。

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第二章 歌い手

救い

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引っ越し先は喧騒からずいぶんと遠のき、郊外の自然が多いところだ。田んぼや川や森が周りを囲っていた。
しかし、電車は五分おきに通っているし、歩けば八分のところにスーパーもあるため、そこまで不便はしていない。

家は、古い一軒家を借りた。昔の政治家の妾のために作られた場所で、周りに家などないから、騒音は問題ないと不動産の人が誇らしげに言っていた。

スーパーにみかんがたっぷりと積み重なるようになったころ、僕は引っ越しを始めた。僕の荷物は多くない。結局、段ボール五箱ですべてが収まった。そのうち三箱は無夢のための絵と、歌の録音のための機具でうまった。

押し入れの奥底で眠っていた段ボールを開くと、そこには高校生の頃に必死に守って来た者たちがいた。キャンバスと、スケッチブック、そしてアイポッド。

もう電気はつかないかもなと思いながらアイポッドの充電を入れると、懐かしい音と共に光を放った。

毎日十時間以上に受験勉強を共にしたボカロ曲が沢山に詰まっている。再生ボタンを押すと、あの頃の匂いや景色が一気に僕の目の前に舞い戻った。

心臓がギューッとなり困る。勉強をすることしか許されず、家と学校を往復するだけの監獄のような日々。何度も何度も吐いて、血尿を出し、涙を流し、リスカで精神を安定させ、睡眠薬で何とか眠りにつく。家の自室の窓からの景色と、学校の窓から見える景色とボカロだけがこの世界と繋がっている証拠だった。

あぁ、一生戻りたくない。どうしてあの時死なずに生きられていたか不思議だ。人権なんてない勉強地獄の日々を耐え抜けたのも、きっと大学生になればすべてが救われるだろうという希望があったからに違いない。

だけど高校を卒業し、大学に入学して一か月ほどたったころ、僕は大学生は高校生活の延長線の日々だと悟ったのだ。僕が大きくつくり変わるわけではなかった。勉強ばかりしていて友達の作り方も、人との接し方も忘れてしまった僕はどうすることもできなかったし、何も救われなかった。

ただ、今は無夢がいる。無夢が僕を助けてくれる。大丈夫。まだ、生きていられる。

 僕は手にした昔の産物をすべてゴミ袋の中に放り投げた。


牛乳と花瓶。それから少女(歌ってみた)/無夢
無夢・百二万回視聴・一日前  
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