降る、ふる、かれる。

茶茶

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第二章 歌い手

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新しい無夢まであと三か月。

一か月半ぶりの僕の投稿に、大いにファンは喜んでいる。ずっと投稿できずにくすぶっていた僕だったが、あの新しい無夢になると決めた日を境に、ごちゃごちゃしていた頭がしんと澄み、一直線に曲をつくることができた。

増えてゆくいいねの数と再生回数、そしてコメント数に胸をなでおろした。

僕はユーチューブから物件探しのアプリに切り替え、引っ越す物件を粛々と探した。

とにかく自分から発する音も外から自分に耳に入る音を気にすることが無い防音完備で、実家と今の家から極力離れている場所。その二点を候補の僕は色々な場所を探し続けていた。

滋賀県 1DK マンション 五万円
宮崎県 2LDK 一軒家  六万円
愛媛県 IK   アパート 四万五千円

気になる場所を片っ端から探し、ブックマークを押してゆく。

その時もったりと重たいものが臍下で渦巻くのを感じた。

トイレにいき、パンツを下ろすと赤いシミが出来ていた。ズボンを脱ぎ、棚上から使いかけのナプキンと生理用のパンツを取り出した。

経血のシミができたパンツとズボンを洗面所でごしごしと洗った血はお湯だと固まりやすい、という言葉を思い出し、蛇口の取っ手を水方向に全開した。

蛇口から根がれる透明の水は、たちまち赤茶色になり果てた。寒さに震えながらパンツを洗っていると、俯瞰しているもう一人の自分がいきなり笑い出した。

愚かで、滑稽だった。口の隙間からふふっと笑みがこぼれた。

 電話が鳴った。洗っていた手を止め、空中で水を散らして携帯電話を耳に挟んだ。

「もしもし」

「もしもし?イオリちゃん?」いつものあの声がした。

「あぁお母さん。なに?」

「なにってなによ。イオリちゃんが全然家に帰ってこなし、電話もかけてこないから」

「いや、大学がなかなか忙しくてさ」二歩後ずさりをし壁にもたれた。床をポーっと眺めていると、白い何かを見つけた。

「そんなこといわないで、年末には帰ってきなよ」

「はいはい」この電話が多分母との会話が最後になるだろう。でも、感慨深いものなど一切湧いてこなかった。

「お兄ちゃん、今度結婚相手連れてくるらしいの」

「結婚相手?」

「そう」

「だから、イオリちゃんも帰ってきなよ」

パキリと膝の音をたて、床にしゃがみこんだ。手を伸ばし、白い何かを拾ってみると、それは錠剤だった。

「どうやら、あんまり良い仕事をしてないらしいの」

「良くない仕事って?」

「ほら、夜の女らしいの」

「ふーん」

僕は白い錠剤を手の平でころころところころと転がした。

「お兄ちゃんに入れ込んでるんじゃないかと思って、お母さん心配でしょうがないのよ」

「まぁ、お兄ちゃんなら大丈夫じゃない?」

「そうかしら?やっぱり普通の女性がイイと思うのよ。普通に、社会で働いている人。イオリちゃんもそう思うでしょ?」

「普通って何?」

「企業で働く人とか、公務員とか、そういう人よ。最近多いでしょ?変なお仕事やっている人。あの、ゆうちゅうばーだったけ?この前、お母さん、テレビで見たわよ。よくわからないけど、遊んでお金を稼いでいるんでしょう?あんなの仕事じゃないわ。もっと、お仕事って言うのは堅実でこうまっすぐなのがいいのよ。汗水たらすのが一番。安定が一番」

「別に、ユーチューバーも楽しいことばかりじゃないと思うけど」

「だめよ。お母さんは許さないわよ。あの、吉田さん所の息子さんも大学辞めてまでそういうのやって、いつまでも実家にしがみついているのよ。世間体が悪いじゃない。その点イオリちゃんはちゃんと名の知れた大学に行ってるじゃない?お母さん、ほっとしてるのよ」

「そう」

「ただ、あなたは少し引っ込み思案なところがあるから、そこをカバーしてくれる男性とくっつくといいわよ。ちゃんとした仕事をした、そういう人と付き合いなさい。あなたもそういう人いないの?良い人」

「ごめん、宅急便だ。わたしもう切るね」と僕はありもしない嘘をついてお母さんが何かを言う前に電話を切った。

立ちあがり、錠剤を口にいれて飲み込んだ。そして、さっきの続きをするために蛇口に手をかけた。
 

愛を患う(歌ってみた)/無夢
無夢・六十六万回視聴・五日前 
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