49 / 66
第二章 歌い手
血
しおりを挟む
新しい無夢まであと三か月。
一か月半ぶりの僕の投稿に、大いにファンは喜んでいる。ずっと投稿できずにくすぶっていた僕だったが、あの新しい無夢になると決めた日を境に、ごちゃごちゃしていた頭がしんと澄み、一直線に曲をつくることができた。
増えてゆくいいねの数と再生回数、そしてコメント数に胸をなでおろした。
僕はユーチューブから物件探しのアプリに切り替え、引っ越す物件を粛々と探した。
とにかく自分から発する音も外から自分に耳に入る音を気にすることが無い防音完備で、実家と今の家から極力離れている場所。その二点を候補の僕は色々な場所を探し続けていた。
滋賀県 1DK マンション 五万円
宮崎県 2LDK 一軒家 六万円
愛媛県 IK アパート 四万五千円
気になる場所を片っ端から探し、ブックマークを押してゆく。
その時もったりと重たいものが臍下で渦巻くのを感じた。
トイレにいき、パンツを下ろすと赤いシミが出来ていた。ズボンを脱ぎ、棚上から使いかけのナプキンと生理用のパンツを取り出した。
経血のシミができたパンツとズボンを洗面所でごしごしと洗った血はお湯だと固まりやすい、という言葉を思い出し、蛇口の取っ手を水方向に全開した。
蛇口から根がれる透明の水は、たちまち赤茶色になり果てた。寒さに震えながらパンツを洗っていると、俯瞰しているもう一人の自分がいきなり笑い出した。
愚かで、滑稽だった。口の隙間からふふっと笑みがこぼれた。
電話が鳴った。洗っていた手を止め、空中で水を散らして携帯電話を耳に挟んだ。
「もしもし」
「もしもし?イオリちゃん?」いつものあの声がした。
「あぁお母さん。なに?」
「なにってなによ。イオリちゃんが全然家に帰ってこなし、電話もかけてこないから」
「いや、大学がなかなか忙しくてさ」二歩後ずさりをし壁にもたれた。床をポーっと眺めていると、白い何かを見つけた。
「そんなこといわないで、年末には帰ってきなよ」
「はいはい」この電話が多分母との会話が最後になるだろう。でも、感慨深いものなど一切湧いてこなかった。
「お兄ちゃん、今度結婚相手連れてくるらしいの」
「結婚相手?」
「そう」
「だから、イオリちゃんも帰ってきなよ」
パキリと膝の音をたて、床にしゃがみこんだ。手を伸ばし、白い何かを拾ってみると、それは錠剤だった。
「どうやら、あんまり良い仕事をしてないらしいの」
「良くない仕事って?」
「ほら、夜の女らしいの」
「ふーん」
僕は白い錠剤を手の平でころころところころと転がした。
「お兄ちゃんに入れ込んでるんじゃないかと思って、お母さん心配でしょうがないのよ」
「まぁ、お兄ちゃんなら大丈夫じゃない?」
「そうかしら?やっぱり普通の女性がイイと思うのよ。普通に、社会で働いている人。イオリちゃんもそう思うでしょ?」
「普通って何?」
「企業で働く人とか、公務員とか、そういう人よ。最近多いでしょ?変なお仕事やっている人。あの、ゆうちゅうばーだったけ?この前、お母さん、テレビで見たわよ。よくわからないけど、遊んでお金を稼いでいるんでしょう?あんなの仕事じゃないわ。もっと、お仕事って言うのは堅実でこうまっすぐなのがいいのよ。汗水たらすのが一番。安定が一番」
「別に、ユーチューバーも楽しいことばかりじゃないと思うけど」
「だめよ。お母さんは許さないわよ。あの、吉田さん所の息子さんも大学辞めてまでそういうのやって、いつまでも実家にしがみついているのよ。世間体が悪いじゃない。その点イオリちゃんはちゃんと名の知れた大学に行ってるじゃない?お母さん、ほっとしてるのよ」
「そう」
「ただ、あなたは少し引っ込み思案なところがあるから、そこをカバーしてくれる男性とくっつくといいわよ。ちゃんとした仕事をした、そういう人と付き合いなさい。あなたもそういう人いないの?良い人」
「ごめん、宅急便だ。わたしもう切るね」と僕はありもしない嘘をついてお母さんが何かを言う前に電話を切った。
立ちあがり、錠剤を口にいれて飲み込んだ。そして、さっきの続きをするために蛇口に手をかけた。
愛を患う(歌ってみた)/無夢
無夢・六十六万回視聴・五日前
一か月半ぶりの僕の投稿に、大いにファンは喜んでいる。ずっと投稿できずにくすぶっていた僕だったが、あの新しい無夢になると決めた日を境に、ごちゃごちゃしていた頭がしんと澄み、一直線に曲をつくることができた。
増えてゆくいいねの数と再生回数、そしてコメント数に胸をなでおろした。
僕はユーチューブから物件探しのアプリに切り替え、引っ越す物件を粛々と探した。
とにかく自分から発する音も外から自分に耳に入る音を気にすることが無い防音完備で、実家と今の家から極力離れている場所。その二点を候補の僕は色々な場所を探し続けていた。
滋賀県 1DK マンション 五万円
宮崎県 2LDK 一軒家 六万円
愛媛県 IK アパート 四万五千円
気になる場所を片っ端から探し、ブックマークを押してゆく。
その時もったりと重たいものが臍下で渦巻くのを感じた。
トイレにいき、パンツを下ろすと赤いシミが出来ていた。ズボンを脱ぎ、棚上から使いかけのナプキンと生理用のパンツを取り出した。
経血のシミができたパンツとズボンを洗面所でごしごしと洗った血はお湯だと固まりやすい、という言葉を思い出し、蛇口の取っ手を水方向に全開した。
蛇口から根がれる透明の水は、たちまち赤茶色になり果てた。寒さに震えながらパンツを洗っていると、俯瞰しているもう一人の自分がいきなり笑い出した。
愚かで、滑稽だった。口の隙間からふふっと笑みがこぼれた。
電話が鳴った。洗っていた手を止め、空中で水を散らして携帯電話を耳に挟んだ。
「もしもし」
「もしもし?イオリちゃん?」いつものあの声がした。
「あぁお母さん。なに?」
「なにってなによ。イオリちゃんが全然家に帰ってこなし、電話もかけてこないから」
「いや、大学がなかなか忙しくてさ」二歩後ずさりをし壁にもたれた。床をポーっと眺めていると、白い何かを見つけた。
「そんなこといわないで、年末には帰ってきなよ」
「はいはい」この電話が多分母との会話が最後になるだろう。でも、感慨深いものなど一切湧いてこなかった。
「お兄ちゃん、今度結婚相手連れてくるらしいの」
「結婚相手?」
「そう」
「だから、イオリちゃんも帰ってきなよ」
パキリと膝の音をたて、床にしゃがみこんだ。手を伸ばし、白い何かを拾ってみると、それは錠剤だった。
「どうやら、あんまり良い仕事をしてないらしいの」
「良くない仕事って?」
「ほら、夜の女らしいの」
「ふーん」
僕は白い錠剤を手の平でころころところころと転がした。
「お兄ちゃんに入れ込んでるんじゃないかと思って、お母さん心配でしょうがないのよ」
「まぁ、お兄ちゃんなら大丈夫じゃない?」
「そうかしら?やっぱり普通の女性がイイと思うのよ。普通に、社会で働いている人。イオリちゃんもそう思うでしょ?」
「普通って何?」
「企業で働く人とか、公務員とか、そういう人よ。最近多いでしょ?変なお仕事やっている人。あの、ゆうちゅうばーだったけ?この前、お母さん、テレビで見たわよ。よくわからないけど、遊んでお金を稼いでいるんでしょう?あんなの仕事じゃないわ。もっと、お仕事って言うのは堅実でこうまっすぐなのがいいのよ。汗水たらすのが一番。安定が一番」
「別に、ユーチューバーも楽しいことばかりじゃないと思うけど」
「だめよ。お母さんは許さないわよ。あの、吉田さん所の息子さんも大学辞めてまでそういうのやって、いつまでも実家にしがみついているのよ。世間体が悪いじゃない。その点イオリちゃんはちゃんと名の知れた大学に行ってるじゃない?お母さん、ほっとしてるのよ」
「そう」
「ただ、あなたは少し引っ込み思案なところがあるから、そこをカバーしてくれる男性とくっつくといいわよ。ちゃんとした仕事をした、そういう人と付き合いなさい。あなたもそういう人いないの?良い人」
「ごめん、宅急便だ。わたしもう切るね」と僕はありもしない嘘をついてお母さんが何かを言う前に電話を切った。
立ちあがり、錠剤を口にいれて飲み込んだ。そして、さっきの続きをするために蛇口に手をかけた。
愛を患う(歌ってみた)/無夢
無夢・六十六万回視聴・五日前
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる