降る、ふる、かれる。

茶茶

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第二章 歌い手

単位はない

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テストを受けなければならないと頭では嫌というほどわかっているのに、大学に行くことが出来なかった。

毎朝行かなきゃとドアノブに手をかけ、外の一歩踏み出すのだが、次の瞬間には筋肉が石化したかのように動けなくなる。そのうち胃の痛みが大きくなり、腰を曲げないと立っていられなくなる。僕は踵を返し、ベッドに滑り込む。そして、明日こそは大学に行こう、と心に決めて再び眠りに落ちるのだ。

そんなことを十回ほど繰り返していると、いつのまにか大学は夏休みに入っていた。単位はほとんど落としている。


外では蝉が鳴いている。

僕は喉を震わせていた。

録音で音が入ってしまうからクーラーも扇風機も使えず、騒音が隣人の迷惑になるため窓を開けずに歌っていた。ボトボトと汗が皮膚を伝って床へ落ちてゆく。ひどく暑いし、酸欠で息が苦しく、脳もぼうっとしている。地獄の底にいるみたいであった。

最後の節を歌いおえると、すぐさまクーラーの電源をつけて冷蔵庫の中からアクエリとアイスを手にパソコンの前に座った。

喉を潤しながら、先ほど録音した自分の声を頭から通しで聞いてみる。聞きなれた声が緩急のある音楽と共に画面から押し出された。

肩には直で人工的なひんやりした空気が当たり、口の中ではバニラとチョコが溶けている。悪くない音の連続に、口元は自然と上がっていた。

口から出したアイス棒には「あたり」と書かれている。僕は椅子をくるりと一周回し、アイス棒をごみ箱に放り投げた。

寝て、歌って、ミックスして、ご飯食べて、絵を描いて、一本の動画になったらユーチューブに上げて、寝て、起きて、歌っての最高の繰り返し。眠たいのに無理やり起きて授業を受ける必要がない。 
 
バイトで怒られることもない。ひそひそ声や笑い声、そして人に視線に怯える必要もない。何者でもなかった僕が純粋な無夢になれたことが嬉しかった。

動画が収益化されたことで、通帳には今まで見たことのない桁数が印字されている。買いたいものは全て買った。布団を買い替え、パソコンやマイク、ギターなど歌を歌う上で必要なものも買った。てかてかと黒光りしている新しい黒いマイクを見るたびに、ここから新しい未来が生まれるんじゃないかとわくわくした。

無夢としてすべてが順調で、初めて生きるのが楽しかった。



サイファー(歌ってみた)/無夢
   無夢・三十六万回視聴・一週間前

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