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第二章 歌い手
母
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すぐに僕は動画投稿に夢中になった。
ずっと砂漠の中を歩き、喉が渇いて、喉が渇いていることも忘れ去っていたその時に目の前に大量の果実を渡されたのだ。その甘い果実を貪るように食べた。食べて、食べて、食べた。口の周りは赤い汁でべたべたしている。汁は腕を伝って、地球の上にポツリと落ちた。
マスカットコンダクター(歌ってみた)/無夢
無夢・十万回視聴・四日前
初めての投稿から一か月がたち、ユーチューブへの投稿本数は六本になった。登録者数も、再生回数も異常なくらいに伸び続けている。すでに僕はネットの一部で有名人になっているようであった。
動画の背景のイラストを自分で書くようになった。歌ってみた動画をつくる際にミックスとマスタリングという工程があることも知った。
パソコンに向き合い、ネットの「ミックスの手順 初心者向け」を見ながら、自分の波形を動かしてゆく。ぱちり、ぱちりとマウスでクリックする音だけが部屋に響く。地道な作業だ。ピッチ補正、イコライザー、コンプレッサー、リバーブ、リズム補正、ディエッサー、リバーブいくつもの作業工程がある。
波形を見ながらノイズカットを行っていると、ベッドに転がっていたスマホの電話が鳴った。離れがたかったが、腰を上げ、電話をとった。
母の声を聞くだけで心臓が縮み上がり、母の完全なる支配下に置かれていたことを思い出す。
「留年しないか。大丈夫か」という問いの中には僕はいなくて、僕の評価と世間の目しかそこにはない。
正直のところ、ほとんど大学に出席していないため、いくつかは単位を落としていることは確実だが、何でもないふりをして「大丈夫だよ」と答えて電話を切った。
母は俗にいう毒親だった。
僕は小さなころから友達付き合いをやめさせられ、勉強ばかりさせられていた。
母が言うには「友達をつくると、馬鹿になる」らしい。毎日、今日は誰としゃべったかを言わされ、その子とその子の家族の悪口を言っていく。
「浜口さんのお父さんはね、高卒なの」
「安永くんちのお母さん、スーパーで冷凍食品ばっかり買っているのよ。冷凍食品は脳みそを溶かすのよ」
「ゆりかちゃんはね、まだおねしょをしているらしいの」
最後には「ね、悪い子でしょ?」とお決りのように言うのであった。今考えれば、本当かどうか分からない話ばかりだし、例え母の言った通りであっても悪い子と言われるほどのことではないことばかりだ。
だけど、小学生の頃は母の言うことは全て正しいと思っていたし、母に嫌われたくなかったから、ひたすら母の言うとおりに動いていた。
母が悪い子といった人たちにはならないように、おねしょは悪い子、冷凍食品を食べる子は悪い子、高卒は悪い子と一生懸命覚えていた。
中学生になると、母が他の家のお母さんよりおかしなことには気づいていた。けれど、反抗しようものなら母は鬼のように僕を叱り、家が壊す勢いで暴れまわるから、我慢するしかなかった。父は完全に家には寄り付かなくなり、いつしか父は家を出ていた。僕は大学までの辛抱だと必死に耐えたのだ。
パソコン横に置いてある大学から配布されたカレンダーを見れば、今日から三日後に赤丸がついている。前期のテスト週間が始まる印だ。
たびたび授業を休んでいるため、出席点は望めない。友達も先輩もいないから、休んだ分のレジュメを貰えないし、過去問も回ってこない。完全なる負け戦である。
しかし、苦労して入った大学だ。青春らしい青春を放り投げて、高校生を満喫する横目にひたすら勉強をしていた。その結果は第一志望も第二志望もこけて、第三志望の大学に進んだものの、苦しんだ過去の自分のためにも大学は卒業したい。そのためには単位を取らなければならない。
僕は、パソコンのミックスアプリを閉じ、大学のシラバスを検索した。
そこで、まだ望みのある期末テストと期末レポートが評価の八十%以上の講義名を近くの紙に書きつけた。棚の奥に沈んでいたルーズリーフと教科書とわずかながらのレジュメを引っ張ってきて、僕は頭を抱えながら、勉強を始めた。
ずっと砂漠の中を歩き、喉が渇いて、喉が渇いていることも忘れ去っていたその時に目の前に大量の果実を渡されたのだ。その甘い果実を貪るように食べた。食べて、食べて、食べた。口の周りは赤い汁でべたべたしている。汁は腕を伝って、地球の上にポツリと落ちた。
マスカットコンダクター(歌ってみた)/無夢
無夢・十万回視聴・四日前
初めての投稿から一か月がたち、ユーチューブへの投稿本数は六本になった。登録者数も、再生回数も異常なくらいに伸び続けている。すでに僕はネットの一部で有名人になっているようであった。
動画の背景のイラストを自分で書くようになった。歌ってみた動画をつくる際にミックスとマスタリングという工程があることも知った。
パソコンに向き合い、ネットの「ミックスの手順 初心者向け」を見ながら、自分の波形を動かしてゆく。ぱちり、ぱちりとマウスでクリックする音だけが部屋に響く。地道な作業だ。ピッチ補正、イコライザー、コンプレッサー、リバーブ、リズム補正、ディエッサー、リバーブいくつもの作業工程がある。
波形を見ながらノイズカットを行っていると、ベッドに転がっていたスマホの電話が鳴った。離れがたかったが、腰を上げ、電話をとった。
母の声を聞くだけで心臓が縮み上がり、母の完全なる支配下に置かれていたことを思い出す。
「留年しないか。大丈夫か」という問いの中には僕はいなくて、僕の評価と世間の目しかそこにはない。
正直のところ、ほとんど大学に出席していないため、いくつかは単位を落としていることは確実だが、何でもないふりをして「大丈夫だよ」と答えて電話を切った。
母は俗にいう毒親だった。
僕は小さなころから友達付き合いをやめさせられ、勉強ばかりさせられていた。
母が言うには「友達をつくると、馬鹿になる」らしい。毎日、今日は誰としゃべったかを言わされ、その子とその子の家族の悪口を言っていく。
「浜口さんのお父さんはね、高卒なの」
「安永くんちのお母さん、スーパーで冷凍食品ばっかり買っているのよ。冷凍食品は脳みそを溶かすのよ」
「ゆりかちゃんはね、まだおねしょをしているらしいの」
最後には「ね、悪い子でしょ?」とお決りのように言うのであった。今考えれば、本当かどうか分からない話ばかりだし、例え母の言った通りであっても悪い子と言われるほどのことではないことばかりだ。
だけど、小学生の頃は母の言うことは全て正しいと思っていたし、母に嫌われたくなかったから、ひたすら母の言うとおりに動いていた。
母が悪い子といった人たちにはならないように、おねしょは悪い子、冷凍食品を食べる子は悪い子、高卒は悪い子と一生懸命覚えていた。
中学生になると、母が他の家のお母さんよりおかしなことには気づいていた。けれど、反抗しようものなら母は鬼のように僕を叱り、家が壊す勢いで暴れまわるから、我慢するしかなかった。父は完全に家には寄り付かなくなり、いつしか父は家を出ていた。僕は大学までの辛抱だと必死に耐えたのだ。
パソコン横に置いてある大学から配布されたカレンダーを見れば、今日から三日後に赤丸がついている。前期のテスト週間が始まる印だ。
たびたび授業を休んでいるため、出席点は望めない。友達も先輩もいないから、休んだ分のレジュメを貰えないし、過去問も回ってこない。完全なる負け戦である。
しかし、苦労して入った大学だ。青春らしい青春を放り投げて、高校生を満喫する横目にひたすら勉強をしていた。その結果は第一志望も第二志望もこけて、第三志望の大学に進んだものの、苦しんだ過去の自分のためにも大学は卒業したい。そのためには単位を取らなければならない。
僕は、パソコンのミックスアプリを閉じ、大学のシラバスを検索した。
そこで、まだ望みのある期末テストと期末レポートが評価の八十%以上の講義名を近くの紙に書きつけた。棚の奥に沈んでいたルーズリーフと教科書とわずかながらのレジュメを引っ張ってきて、僕は頭を抱えながら、勉強を始めた。
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