降る、ふる、かれる。

茶茶

文字の大きさ
上 下
35 / 66
第一章 リスナー

お知らせ

しおりを挟む
「あゆっちゃん、っふ、かわいい、あっ、きもちいぃ?」

北村さんは、腐った汗を飛ばしながら腰を懸命に動かしている。まるまると太った腹にはびっしりと毛が生えていた。

「うん、あっ、きもちいいよ」

私は答える。これは、無夢とのつながるためのセックスで、肉体を自身から手放すための儀式なのだ。

醜い顔を揺らす北村さんに吐き気を覚える。

音が、匂いが、光が全て混ざり合い、絵筆を洗う水のような泥色になっている。ぐるぐると目が回り、体も回っている。沈んでゆく中で、瞼を閉じると無夢の声が聞こえる。めまいは段々とおさまったころ、そろりと目を開けるとそこには見たこともない景色が広がっている。

これは、一体何なんだと最初の一秒は毎度混乱するが、その次の瞬間には素晴らしいと嘆息しかできないようになる。現実のどれよりも、映画の中のどのワンシーンよりも、小説の中のどの世界よりも無夢の歌声の中では全てゴミ屑に見えてしまう。

「あゆちゃんの中、すごいね」

北村さんは私の容れ物で性欲を満たしている。ただ、ティースプーン一杯程度の体液を出すためだけに、懸命に動いている。

「あゆちゃん。もう、いきそう。出していい?」

「いいよ、ん、あたしも、イキそう」

現実世界の輪郭はぼやけ、私の身の破滅が無夢へとより近づく。聞こえる無夢の声は、サビに入っていた。



北村さんは私の横で幸せそうにぐっすり眠っている。鼻穴から伸びた黒くて太い毛が、寝息に合わせて揺れている。 

そして、ぽっかりと開いた口からは工事ドリルかのようないびきを放っていた。

私は、薄いシーツを裸の身体に纏い、スマホを手に無夢のチャンネルを開いた。曜日と時間的に生放送をやっているかもしれないと思い、いつもより早く北村さんを果てさせたのだった。

高層ビルの窓の外では闇夜の中、醜い世界が光を羽織り、静かに呼吸していた。

無夢は生放送を二分前に終えたようであった。

リアタイでの拝聴が出来なかったことを残念に思いながらもアーカイブが残っていることにほっとした。私は生放送の動画を再生した。

いつも通りに真っ暗な闇のなか、挨拶もなしに歌を歌い始めた。心臓が駆け上がる。肉薄している。命を燃やしている。もう、すぐそこに無夢の魂なるものが転がっていて、私が飛びつけば食べることができそうだ。

無夢。その音を聞くだけで喉がしまり、体が雑巾のように絞られている感覚に陥る。

たとえ、新聞の中の感じの海から無夢というたった一文字が存在していてもそれを救いあげる自信がある。4曲歌いあげ、赤いタイムバーも最後に近づいていた。

このまま終わるのかな、と思い、関連動画を開こうと親指を構えたその時無夢がしゃべった。


「明日、お知らせ動画があるので、よろしくお願いします」


 たったその一文だけだったけど、無夢が言葉を発したことにとても驚いた。

天変地異が起こったのかと思った。

その上、無夢からお知らせがあるなんて。こんなことは初めてだ。

明日まで、絶対死ねない。

明日予定していた同伴も出勤もアフターも放棄することを今、一瞬のうちに決めた。

楽しみだ、と流れ出るすばらしき感情に身をゆだねながら、無夢がこの世界に落とした言葉を何度も何度も拾いなおした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

処理中です...