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第一章 リスナー
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「あゆっちゃん、っふ、かわいい、あっ、きもちいぃ?」
北村さんは、腐った汗を飛ばしながら腰を懸命に動かしている。まるまると太った腹にはびっしりと毛が生えていた。
「うん、あっ、きもちいいよ」
私は答える。これは、無夢とのつながるためのセックスで、肉体を自身から手放すための儀式なのだ。
醜い顔を揺らす北村さんに吐き気を覚える。
音が、匂いが、光が全て混ざり合い、絵筆を洗う水のような泥色になっている。ぐるぐると目が回り、体も回っている。沈んでゆく中で、瞼を閉じると無夢の声が聞こえる。めまいは段々とおさまったころ、そろりと目を開けるとそこには見たこともない景色が広がっている。
これは、一体何なんだと最初の一秒は毎度混乱するが、その次の瞬間には素晴らしいと嘆息しかできないようになる。現実のどれよりも、映画の中のどのワンシーンよりも、小説の中のどの世界よりも無夢の歌声の中では全てゴミ屑に見えてしまう。
「あゆちゃんの中、すごいね」
北村さんは私の容れ物で性欲を満たしている。ただ、ティースプーン一杯程度の体液を出すためだけに、懸命に動いている。
「あゆちゃん。もう、いきそう。出していい?」
「いいよ、ん、あたしも、イキそう」
現実世界の輪郭はぼやけ、私の身の破滅が無夢へとより近づく。聞こえる無夢の声は、サビに入っていた。
北村さんは私の横で幸せそうにぐっすり眠っている。鼻穴から伸びた黒くて太い毛が、寝息に合わせて揺れている。
そして、ぽっかりと開いた口からは工事ドリルかのようないびきを放っていた。
私は、薄いシーツを裸の身体に纏い、スマホを手に無夢のチャンネルを開いた。曜日と時間的に生放送をやっているかもしれないと思い、いつもより早く北村さんを果てさせたのだった。
高層ビルの窓の外では闇夜の中、醜い世界が光を羽織り、静かに呼吸していた。
無夢は生放送を二分前に終えたようであった。
リアタイでの拝聴が出来なかったことを残念に思いながらもアーカイブが残っていることにほっとした。私は生放送の動画を再生した。
いつも通りに真っ暗な闇のなか、挨拶もなしに歌を歌い始めた。心臓が駆け上がる。肉薄している。命を燃やしている。もう、すぐそこに無夢の魂なるものが転がっていて、私が飛びつけば食べることができそうだ。
無夢。その音を聞くだけで喉がしまり、体が雑巾のように絞られている感覚に陥る。
たとえ、新聞の中の感じの海から無夢というたった一文字が存在していてもそれを救いあげる自信がある。4曲歌いあげ、赤いタイムバーも最後に近づいていた。
このまま終わるのかな、と思い、関連動画を開こうと親指を構えたその時無夢がしゃべった。
「明日、お知らせ動画があるので、よろしくお願いします」
たったその一文だけだったけど、無夢が言葉を発したことにとても驚いた。
天変地異が起こったのかと思った。
その上、無夢からお知らせがあるなんて。こんなことは初めてだ。
明日まで、絶対死ねない。
明日予定していた同伴も出勤もアフターも放棄することを今、一瞬のうちに決めた。
楽しみだ、と流れ出るすばらしき感情に身をゆだねながら、無夢がこの世界に落とした言葉を何度も何度も拾いなおした。
北村さんは、腐った汗を飛ばしながら腰を懸命に動かしている。まるまると太った腹にはびっしりと毛が生えていた。
「うん、あっ、きもちいいよ」
私は答える。これは、無夢とのつながるためのセックスで、肉体を自身から手放すための儀式なのだ。
醜い顔を揺らす北村さんに吐き気を覚える。
音が、匂いが、光が全て混ざり合い、絵筆を洗う水のような泥色になっている。ぐるぐると目が回り、体も回っている。沈んでゆく中で、瞼を閉じると無夢の声が聞こえる。めまいは段々とおさまったころ、そろりと目を開けるとそこには見たこともない景色が広がっている。
これは、一体何なんだと最初の一秒は毎度混乱するが、その次の瞬間には素晴らしいと嘆息しかできないようになる。現実のどれよりも、映画の中のどのワンシーンよりも、小説の中のどの世界よりも無夢の歌声の中では全てゴミ屑に見えてしまう。
「あゆちゃんの中、すごいね」
北村さんは私の容れ物で性欲を満たしている。ただ、ティースプーン一杯程度の体液を出すためだけに、懸命に動いている。
「あゆちゃん。もう、いきそう。出していい?」
「いいよ、ん、あたしも、イキそう」
現実世界の輪郭はぼやけ、私の身の破滅が無夢へとより近づく。聞こえる無夢の声は、サビに入っていた。
北村さんは私の横で幸せそうにぐっすり眠っている。鼻穴から伸びた黒くて太い毛が、寝息に合わせて揺れている。
そして、ぽっかりと開いた口からは工事ドリルかのようないびきを放っていた。
私は、薄いシーツを裸の身体に纏い、スマホを手に無夢のチャンネルを開いた。曜日と時間的に生放送をやっているかもしれないと思い、いつもより早く北村さんを果てさせたのだった。
高層ビルの窓の外では闇夜の中、醜い世界が光を羽織り、静かに呼吸していた。
無夢は生放送を二分前に終えたようであった。
リアタイでの拝聴が出来なかったことを残念に思いながらもアーカイブが残っていることにほっとした。私は生放送の動画を再生した。
いつも通りに真っ暗な闇のなか、挨拶もなしに歌を歌い始めた。心臓が駆け上がる。肉薄している。命を燃やしている。もう、すぐそこに無夢の魂なるものが転がっていて、私が飛びつけば食べることができそうだ。
無夢。その音を聞くだけで喉がしまり、体が雑巾のように絞られている感覚に陥る。
たとえ、新聞の中の感じの海から無夢というたった一文字が存在していてもそれを救いあげる自信がある。4曲歌いあげ、赤いタイムバーも最後に近づいていた。
このまま終わるのかな、と思い、関連動画を開こうと親指を構えたその時無夢がしゃべった。
「明日、お知らせ動画があるので、よろしくお願いします」
たったその一文だけだったけど、無夢が言葉を発したことにとても驚いた。
天変地異が起こったのかと思った。
その上、無夢からお知らせがあるなんて。こんなことは初めてだ。
明日まで、絶対死ねない。
明日予定していた同伴も出勤もアフターも放棄することを今、一瞬のうちに決めた。
楽しみだ、と流れ出るすばらしき感情に身をゆだねながら、無夢がこの世界に落とした言葉を何度も何度も拾いなおした。
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