降る、ふる、かれる。

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第一章 リスナー

好き

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暗い路地裏に立っているだけで、生ごみと吐しゃ物の匂いが鼻につく。

この匂いは、この土地の匂いの一部でもあって私の皮膚に少しずつ浸透しつつある。

「俺と一緒にこっから離れませんか」話があると言った飯島ちゃんは私をcandleから連れ出し、そんな言葉を発した。

「それは、どういう意味?」私は飯島ちゃんの真意を測りかねた。

「島にでも引っ越して、二人でゆったりと暮らしませんか。俺、そこそこお金あるっす。あんま、豪遊のような暮らしはできないっすけど、それでもそれなりに快適には過ごせると思うっす」

「あのさあんまり言いたいことが分からないんだけど」ぐじゃぐじゃとした遠回しな言い方じゃなく、はっきりと言って欲しい。

「俺、あゆさんのことすきっす」

始まった。これで何度目であろうか。

 どこに行っても恋、恋、恋。好きです。付き合って。かわいいよね。彼女になってよ。それで、もしあなたの彼女になったらなんだっていうの。彼女になった先に何があるっていうの。愛?それで動物的幸せを手に入れるのか。そんなもの私はいらないし、望んでいない。

「本当のあゆさんのこと、俺だけが分かれると思うっす」

 どこまで傲慢なのだろうか。本当の私のことなどちっともわかっていないじゃないか。欲しいのは飯島ちゃんでも幸せでもない。無夢なのだ。

緊張顔で私の返事を待つ黒服の飯島ちゃんに「ごめんね」と伝える。
「お店でもさ、よく私のフォローしてくれるし、飯島ちゃんとのおしゃべりも楽しいし、告白もうれしいけど、私は飯島ちゃんと一緒にここから離れることはできない」

飯島ちゃんは眉を寄せ、顔を真っ赤にしている。

飯島ちゃんは昔、暴行罪で捕まったことがあると笑い話ながらに聞いたことがある。

やばい、殴られるかもしれないと思った。もしくは、「一発やらせろ」と言ってくるかもしれない。私は一刻も早くここから離れようと、飯島ちゃんに背を向けた。

その時、手首に大きな力が加わった。振り向くと、涙をこらえている飯島ちゃんがいた。私は目をつぶった。

しかし、飯島ちゃんは何もしてこない。そろりと目を開けると、相変わらず泣いている飯島ちゃんがいた。

彼も寂しいのかもしれないと思った。

もし、無夢と出会っていなかったら、飯島ちゃんと結婚して、そこそこの幸せを手に入れることが出来たかもしれない。いや、無夢と出会っていなかったら私はもうこの世にはいなかったかもしれない。
なんにせよ、私は無夢に出会ってしまった。無夢を知ってしまった。その事実は変えられない。

私は飯島ちゃんに体を向き直り、「本当にごめんね。ありがとう」と優しく抱きしめた。

立ち尽くす飯島ちゃんを路地裏に残し、私はお金を稼ぐためにcandleへと階段を上った。

飯島ちゃんがこの店からいなくなるのも時間の問題かもしれないと思った。
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