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第一章 リスナー
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「週間レポートがあります
画面を見ている時間は先週から三パーセント増えました。(一日平均十五時間二分)」
朝起きてすぐにスマホに手を伸ばした私は、スクリーンタイムの通知を無視し、ユーチューブのアプリアイコンをタップした。
画面越しに無数の情報が流れ込んでくる。
写真、文字、色を無意識に選別し、自分に好ましいものが目につくと、動画を再生する。
(GRWM)アメリカで制服ディズニーメイク!
やちよやち・六十二万回視聴・二か月前
ひきこもりあるある
割り箸の二乗・二十四万回視聴・二週間前
(おすすめ)時給五千円!?高給取りバイト五選!!
ためになる情報を伝えるチャンネル・四十八万回視聴・一か月前
関連動画を開いた。「(おすすめ)時給五千円!?高給取りバイト五選!!」とタイトル付けされている。
動画は文字と絵とナレーションだけで進んでゆく。塾講師、警備員、パチンコ店の店員、リゾートバイトが紹介された。
「最後に、一位はナイトワークです。中には、百万単位で稼ぐことが出来る人もいるそうです。
体験入店だけでも、最低一時間三千円ほど稼ぐことができます。
アルバイトの代表的なコンビニの給料と比べると、一時間で三倍近くの差が生まれるのです。つまり、三倍効率的に稼ぐことができます。
それだけでなく、大人になると重要になってくるコミュニケーション力の向上やお酒の場での立ち回りも学ぶことが出来ます。
体入だけでも経験してみてはいかがでしょうか」
動画は、チャンネルのメンバーズシップの説明へと移っている。私は、停止ボタンを押した。
ちらりと夜の仕事も考えたこともある。けれど、私にとって未知の世界すぎて無理だとすぐに考えるのを辞めたのだった。
好奇心から、ユーチューブの検索エンジンにナイトワークと打ち込み、トップに出てきた動画を開いた。
人気キャバ嬢に一日密着!!
公式candle・二十四万回視聴・三か月前
それは、人気キャバ嬢であるミズホの一日密着動画であった。
ミズホはカメラマンのインタビューを受けながらお店のための準備を行ってゆく。
壊れてしまいそうなほど細いその体には、屈むとこぼれてしまいそうな胸を強調したピンクのドレスをまとっている。
動画の中では次から次へとお客さんがミズホのためにお金を湯水のごとく使っていた。
楽しそうな笑い声と目が飛び出るほど高いシャンパン。別世界であった。
ミズホが休憩している時、撮っているスタッフが煙草を吸うミズホに言った。
「ミズホさんがお勧めする女の子っていないんですか?」
「おすすめ?」
「はい」
「えー、おすすめか。一番のおすすめはやっぱ私かなぁ」スタッフの笑い声が上がる。何で笑ってんのよとミズホは楽し気に突っ込んだ。
「いやーできればミズホさん以外の子で、次に絶対来る!みたいな」
「それで言うと、あかりチャンかな」
「あかりさんですか」
デデンという効果音と共に「その時」というテロップが入る。
「おつかれさまでーす」一人の女の子がミズホに挨拶をした。
「あー、この子、この子。今話していた、あかりチャン」
「えー私の話ですか?初めまして。あかりでーす」
私はその姿にはっと息をのんだ。顔や雰囲気は多少変わっているものの、しゃべり方や、笑顔に既視感があった。脳裏を巡らせる。
「あかりちゃん。すごいのよ。男にお金を使わせるテクが」
「そんな、言い方があるじゃないですかぁ」
きゃははと二人は笑う。
すこし早口でべっとりと張り付くように言葉を発し、笑うときは手をたたいて大きな声で笑う。
その瞬間、体育館特有の汗と洗濯物の生乾きの匂いと制汗剤の香りが鼻腔を埋めた。
その上に、シューズの鳴る音とボールの床ではね返る音が覆いかぶさる。
あぁ、今思い出した。中学の時のバスケ部の先輩だ。
名前は、村田咲。
重たい前髪と小さな目、そして特徴のある鷲鼻をよく覚えている。
中学生の頃、私は良い高校に入るために勉強も運動もそつなくこなしつつ、モデルまがいなこともやっていた。
その上、学校でアイドル的存在だった森井先輩によく絡まれていた。
同じであることを好み、個性を排する思春期真っ盛りの女子中学生から私が嫌われるのは当たり前の存在だったのであろう。
クラスメイトや部活仲間のみならず、学校中の女の子からよく思われていないことは日常生活を送る上で、ひしひし感じていた。
なんかむかつく、という理由から先輩に校舎裏に呼び出されることは度々あったし、委員会活動に行けば必ず私の周りの机は空いていた。
お気に入りのペンを隠されたこともあったし、無視はもちろん、階段から突き飛ばされたこともある。
そんな私を、咲先輩はたびたび擁護してくれた。
私をかばえば、森先輩と接点ができるから咲先輩はあなたにやさしいんだよと言われたこともあったが、正直本当の理由は善意でも、偽善どちらでもよかった。
結果として、咲先輩のおかげで私の中学生活が救われたのだから。
咲先輩とは卒業してからは一度話をした。森井先輩を追っかけて同じ高校に入学した咲先輩は楽しそうだった。
二、三年ほどまでよくインスタグラムが更新されていたものの、ある時を境に、先輩は何も投稿しなくなった。
「チャンネル登録お願いします」の文字と共に鳴るけたたましいエンディングを一時停止し、私はラインを開いた。
下へ下へとスクロールする。
村田 咲という名前に犬のアイコンの先輩のラインがあった。
私は「お久しぶりです!元気ですか?」と打ち込み、送信ボタンを押した
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