降る、ふる、かれる。

第一章 リスナー

歌い手

歌い手とは、ボカロ曲（音声合成技術であるボーカロイドを使用して作成された曲）をカバーし、動画投稿や配信などの活動をしている人のことを呼ぶ。しかし、歌い手の定義は不明確のようだ。



　例えば、ラストダンシング部はまるでアイドルかのような歌い手グループだ。



　ファンネームを持ち、それぞれのイメージカラーがある。



　テレビにでているアイドルと違うところは、顔出しはせず、代わりに自身のイメージキャラクターを使うところだ。



　時折ＳＮＳに投稿される彼らの写真は、顔はそれぞれのイメキャラによってかくれてはいるが、細長い手足や脂肪一つないすらりとした体を見せてくれる。



　彼らは夢を売る。



　甘い言葉をささやき、疑似恋愛を行う。リアルで恋するリアコも多い。



　テレビで見るアイドルよりも、人々は親近感を持ちやすい。



　簡単にしようとおもえば本人とやり取りをすることができ、自分でも手が届くかもしれないと思ってしまう。



　ＳＮＳを使う若い世代を主なファン層とし、インスタグラム、ツイッター、テックトック、ノートでも活動を行っている。



　彼らは今度さいたまスーパーアリーナでライブをする。チケットは即座に完売した。





　朝霧はゲーム配信やおしゃべり配信を主な活動としている歌い手である。



　ボカロやジェーポップをカバーしながらもオリジナル曲を出している。



　朝露はかわいらしい声と軽快なトークが特徴的で、男女共にファンは多い。

　顔出しは一切せず、イメージキャラクターを使って活動している。



　使用ＳＮＳはツイッターのみ。



　夜の朝飯前はプロ並みの歌声を持つ。



　勢いと迫力のある、感情のこもった歌声が特徴的だ。



　メジャーデビューも果たしており、全国ツアーも行っている。有名バンド、ラックン・ド・ロストのボーカルも務める。



　顔出しはおこなっておらず、夜の朝飯前はイメキャラを持たない。



　使用ＳＮＳはツイッターとインスタグラム。



　ネットにはいろいろな歌い手がいて、私はいろいろな歌声を聞いた。



　しかし、それらは無夢の音楽を聴いた時に感じる景色はなくただの音楽としてそこに存在しているだけであった。



　無夢はその歌声から人々に景色を見せる。



　その景色は物語のように順々に追ってゆくものもあるが、断片的に現れるものもある。



　時には、同級生の少女に恋をするバレリーナの苦悩を語る。



　時には、街に浮かぶ二つの月が破裂し、世界にラメとスパンコールと花片が降ってくる。



　時には、夜のジュースを飲んだ女子高生が背中から夜が染み出てゆく。







　暇さえあれば無夢のチャンネルに張り付いていると、時々無夢は生放送をしていることを知った。



　特にしゃべったり、ゲームをするわけでもない。ギターをかきならしつつ四、五曲歌うと、すぐに終わってしまう。



　大抵ブラックアウトした画面のままで、突然始まる。



　生放送中に聞こえる紙がこすれあう音や、バイクが通る音、「んん」と喉の調子を合わせるための咳払いや、スンっと鼻を鳴らす音が聞こえると、無夢が今この地球のどこかで生きていて、この時間を私と共有してると思うとすごくうれしくなる。



　そして、生放送は突然終わる。



　アーカイブは大抵六時間後には非公開にされてしまう。









　世界が変わるというのはこういうことを言うのであろう。



　目を開いている間はずっと無夢のことばかり考え、無夢の声ばかり聴いている。



　いままでの人生で私の中に存在しなかった感情が滝のように流れ出てくる。



　これは、単純な愛や恋と呼ばれるものではないと思う。



　もっと、強くて、全てを凌駕し、けれども手をぎゅうっと握りしめたくなるような感情だ。



　無夢の声はあっという間に私を侵食し、私の細胞一つ一つまで変えてしまった。



　私は、無夢が食べるご飯になりたいし、無夢の住む家の壁になりたい。無夢が吸う酸素になりたいし、無夢の声になりたい。





　私は、無夢の世界の一部になってしまいたかった。