降る、ふる、かれる。

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第一章 リスナー

リスナー、自分の中

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ケーキの箱のように白い部屋には、細い姿見がひとつポツリと立っている。



その鏡には、大きな白いダンゴムシのようなものが映っていた。



体には、濁ったクリーム色をした薄い殻が何枚にも重なり合っていた。

足は右に五本、左に五本生えている。頭には触角のようなものが2本伸びている。しかし、ダンゴムシにしては足の本数が少ないし、触角も少ない。



 私が足を動かそうとすると、もぞもぞと体が動いた。



のったり、のったりと前に進んでゆく。振り返ることも、後退することもできず、私は円を描くようにして再び姿見の前に戻ってきた。



 体を動かさず、耳を澄ませてみる。



鳥が鳴き、木の葉がこすれあい、枝がコツリコツリとこの建物に当たっている音が聞こえる。



この部屋の外では風が吹いているのかもしれないと思う。確かな光と、天高い青空もあるに違いない。



 顔を上げると、この部屋には電気がついていないことに気が付いた。しかし、あたりを見渡すと、濾過を何度も繰り返したようなうすい透明な光で満たっている。



 特に何かあるというわけではないが、すべてが正しくここに存在しているような気がした。



 私は壁に沿うようにして、十五畳ほどの白くて四角い部屋ををぐるぐると歩き回る。



一周目、二周目と数えながら歩いた。たくさん歩いたけど、まだ歩いてもいいかなと思ってしまう。



ぬるぬると動くこの体を私は気に入っているのかもしれない。



 私が百八十六回部屋を周り終わった時に、コツコツと人が中指の骨をたてて、ドアをたたく音が聞こえた。



最初は、また木が風に吹かれて当たっているだけなのか、と思ったが「コツコツ」は規則正しく何回も繰り返される。



「そこにお前がいるのは分かっている。だから、早く出てこい」と言いたげに、何度も何度も骨を打ち付けている。



私は扉を開かなければ、と思い周りを必死に見渡すがこの部屋には扉がないことを思いだした。



 私と鏡と白と光だけ。



 けれど、ノック音は止まらない。



 私は声に出して言ってみる。



「すみませんが、ここには扉がないのです」



 喉はふるえているような気がするのだが、音となっては出てこない。



 ノック音の感覚が狭くなっている。



 「ごめんなさい。出れません」と言ってみるが、私からは空白しか出てこなかった。



 声が出せないことにだんだんと腹が立ち「あーーーーーーーーー」と腹の底から大声をあげてみるがやはり声を出すことは出来なかった。





 悔しくて、イライラしてきて、次から次へと奇声をあげてみる。



「きーーーーーー」



「ぎゃぁー―――」



「うぉーーーーー」



「おーーーーーー」



だんだんとむなしくなってきたし、なんだか疲れてきて、私は声を出すことをあきらめた。



「コツコツ」は鳴りやまない。



私は再び壁に沿って歩き始めた。



コツコツ。



もぞもぞ。



コツコツ。



もぞもぞ。



 きっかり百九十二回、部屋を歩いている時に、部屋の隅っこに白い石があるのをみつけた。



百九十一回の時は確かにそこにはなかったものだ。



丸っこくて、すべすべしていて、川近くの石を白くペンキで塗ったようにも見えた。まじまじ見ていると、色が剥げて、中の灰色が見えているところもある。



 足でちょんちょんと触ってみると、石はころころと回った。



追っかけて、再び足で触ると、またころころと回る。



今度は思いっきり足を振り上げて石を蹴った。



ゴツンと鈍い音を出して天井に当たり、自分の背中に落ちてきた。鈍い痛みが背中に広がる。



背中を自分の手でさすりたかったが、自分の手がないことを思い出し、くるりとうずくまった。



甘い匂いが鼻をかすめた。ケーキ屋さんのようなバターと小麦粉と砂糖が焼かれている匂いだ。しかし、次の瞬間にはその匂いは消え失せている。



フォンダンショコラを食べたいと思った。口の中がもったりとし、顎裏にまで引っ付くほどの濃厚なのが食べたかった。



だけども、周りを見ればあるのは白い空間しかない。



仕方なく諦め、痛みを逃すかのようにじっと身をかためた。





だんだんと痛みが引いてきた。



鏡で背中を確認すると、自分がナメクジのような姿に変わってしまっていた。



床を見ると、殻がパラパラとはずれ、床に散っている。さきほどの衝撃で全て殻が剥がれ落ちてしまったみたいだ。



 鏡に映るその姿は、自分のはずなのに、気持ち悪いとしか思えないフォルムをしている。



 さっきの方がずっと良かったなと思いながら。鏡から目をそらした。



コツコツ、の音がより大きく、より間隔を狭めてやってくる。



 扉をたたいている人間のこぶしは血まみれに違いないと思った。





その時、ドスンと壁が破けてしまいそうな音と揺れを感じた。まるで大きな地震が起きているようであった。



石が四隅から次から次へと湧いている。



私は逃げるように部屋の中心でうずくまった。四隅から湧いてきた白い石が自分の身体に当たると、自分が溶けている感覚を覚えた。



絡まっていた組織が、ほどけてゆく。



鏡で反射した自分を見ると、自身の身体がどんどんと縮んでいた。



炭酸がぬけてゆくように自分の細胞が蒸発してゆく。



やがて、自分の身体は石ころで圧迫され、呼吸ができなくなって意識が途切れた。
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