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第一章 リスナー
リスナー、弁明
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自動ドアを抜けると、おしゃれな音楽が体に張り付いた。しかし、気に留めずにリリカたちを探す。大きなヘッドフォンを首にかけ、マックのパソコンに向かう大学生。小説を読むハットをかぶったおじいさん。手帳に何かを書き込んでいる、パンツスーツの女性。楽しそうに話し合っているオシャレなマダムたち。
いない。いない。
早歩きで店内をめぐる。
私は足を止めた。
角のテーブルでそれぞれ飲み物を片手に、スマホをいじるりりかたちがいた。
行きたくない。その思いで全身が詰まる。
スタバの店員さんの朗らかな「いらっしゃいませ」が頭上を通り抜けた。
私は意を決して「遅くなってごめんね」と声をかけて再び歩き始めた。
いつもならば、りりかの隣が私のはずなのにそこには晴美が座っていた。空いている席は、もともと晴美の定位置で、ちょうど私と晴美の位置が変わった状態だ。
戸惑いつつも、かりんの横の席に身を滑らすと、かりんの小さな「ごめん」が耳に飛び込んできた。驚いて、かりんを見ると手を合わせ私を拝んでいる。
りりかは怒った様子でスマホから目を離そうとしない。言葉が出てこない。いつもだ。不機嫌なリリカを前にすると、魔法がかかったみたいに何もできなくなる。
私はただひたすら机の木目を見つめていた。
どのくらいたっただろうか。りりかは、いきなりスマホを大きな音を立てて机に転がし「あのさ、」と言葉をこぼした。「あのさ、私に何か言うことがあるんじゃないの」金色のホールドリングが光に当たってピカピカと光っている。
「吉田君、の告白のことなんだけどさ」私は何とか言葉を絞り出す。とにかく、私が悪くないということを伝えなければ。
「私が振られて、ゆあが告白されたっていうこと?」
脳みそを大きな石で殴られたような鈍痛を覚える。どうしてりりかが知っているのだろうか。
「え・・・」言葉が出ない。
「かりんとゆあのトーク画面見た」りりかは私を非難の目で見る。
どうして。かりんのこと信じていたのに。そんなの違反じゃないか。
「あの、でもその」何かを言わなければいけないのに、言葉がつかえる。
クーラーが十分に効いているはじなのに、冷や汗が止まらない。
「別にさ、私が振られてゆあが告白されて事は私そんなに怒ってないの。そりゃあね、少しは嫉妬するけどさ、別にゆあが悪いわけじゃないじゃん?でもさ、何で私に最初にそれを言わないのっていう話し。私が頼んだんだから、私に一番言うのが筋でしょ。私が今、一番怒っているのはそこ。私、ゆあのこと信頼してるっていったよね?それがさ、裏切られてんだよ?」りりかの声が震えている。今にも泣きだしてしまいそうだった。
「ゆあはさ、どう思ってんの?私を裏切ったことに対して」
「それはー」
「何にも考えていないんでしょ。裏切られる方の気持ちなんて。ゆあのこと信じていたのに。もう、本当に無理」私が何かを言おうとする前に、リリカは泣きだした。顔に手を当て、人生の終わりかのように泣いている。
横にいる晴美は、そのりりかを抱きしめるようにして、背中をさすっている。お店の人たちは、好奇の目でこちらの方をちらちらとみている。
「ごめんっ、ゆあの顔見るの無理。帰ってくれない?」りりかはしゃっくりをあげながら私に言った。
晴美は私を睨みながら「りりかがそう言ってんだから、出てけよ」と目で施す。かりんは、なんとも言えない顔をしていた。
私は何も言えず、立ちあがり、その場を立ち去った。
私も、ものすごく泣きたかった。りりか以上に大声で泣き叫びたかった。けれど、人前で泣くわけにいかず、ぐっとこらえた。
スタバを出て、家の方に向かおうと横断歩道の信号を待っていた。オレンジと水色のランドセルを背負った小学生が、耳元でこそこそ話をしている。「うたちゃんには内緒ね」といい、小指をからませ、ゆびきりげんまんを歌い始めた。
女の子が「指切った」と手を離した時、肩に強い力を覚えた。
振り向くと、そこには男がいた。
茶色のシャツを羽織り、白のズボンを履いて、ウェストポーチを肩から掛けている。青白い顔に眼鏡をかけ、千円カットで切りそろえたような頭があった。無印良品のような男だった。
「あの、大丈夫ですか?」男の薄い唇がひらいた。
「えっ?」
「僕も、そのさっきのスタバにいて、あなたが泣いてしまいそうだったから」
大丈夫なわけがない。本当は、見ず知らずのこの人の胸を借りて泣いてしまいたかった。
「大丈夫です。ちょっと、友達喧嘩しちゃって」私は愛想笑いを浮かべた。
「あの、お話だけでも聞きましょうか?」信号が青に変わった。人々が歩き始める。
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから」私は、立ち去ろうとすると「これっ」と男はスタバの袋を差し出した。
「よかったら、飲んで下さい」
私は拒否したかったが、それも面倒だと思い、なけなしの笑顔を振り絞って「ありがとう」と袋を受け取った。そして、再び家へと歩き出した。
途中で足を止め、男からもらった紙袋の中身を確認するとコーヒーの入ったタンブラーとそれにメモ用紙が一枚張り付いていた。メモ用紙を見ると「いつも、あなたを見ていました。良ければ、ご連絡ください。お待ちしています。○○〇―○○○○―○○○○」とくちゃくちゃの文字で書かれていた。
そういえば、私がいつもスタバにいると見かける男だった。
弱っている今の私なら落ちるとでもあの男は思ったのだろうか。
実際に吸い寄せられそうだった。そんな自分と、こざかしい男に辟易し、よくわからない感情がこみ上げてきて、袋ごと近くのごみ箱の中につっこんだ。
みなれた景色の中、足を引きずりながら、明日学校が爆発してくれないかなと本気で願った。
いない。いない。
早歩きで店内をめぐる。
私は足を止めた。
角のテーブルでそれぞれ飲み物を片手に、スマホをいじるりりかたちがいた。
行きたくない。その思いで全身が詰まる。
スタバの店員さんの朗らかな「いらっしゃいませ」が頭上を通り抜けた。
私は意を決して「遅くなってごめんね」と声をかけて再び歩き始めた。
いつもならば、りりかの隣が私のはずなのにそこには晴美が座っていた。空いている席は、もともと晴美の定位置で、ちょうど私と晴美の位置が変わった状態だ。
戸惑いつつも、かりんの横の席に身を滑らすと、かりんの小さな「ごめん」が耳に飛び込んできた。驚いて、かりんを見ると手を合わせ私を拝んでいる。
りりかは怒った様子でスマホから目を離そうとしない。言葉が出てこない。いつもだ。不機嫌なリリカを前にすると、魔法がかかったみたいに何もできなくなる。
私はただひたすら机の木目を見つめていた。
どのくらいたっただろうか。りりかは、いきなりスマホを大きな音を立てて机に転がし「あのさ、」と言葉をこぼした。「あのさ、私に何か言うことがあるんじゃないの」金色のホールドリングが光に当たってピカピカと光っている。
「吉田君、の告白のことなんだけどさ」私は何とか言葉を絞り出す。とにかく、私が悪くないということを伝えなければ。
「私が振られて、ゆあが告白されたっていうこと?」
脳みそを大きな石で殴られたような鈍痛を覚える。どうしてりりかが知っているのだろうか。
「え・・・」言葉が出ない。
「かりんとゆあのトーク画面見た」りりかは私を非難の目で見る。
どうして。かりんのこと信じていたのに。そんなの違反じゃないか。
「あの、でもその」何かを言わなければいけないのに、言葉がつかえる。
クーラーが十分に効いているはじなのに、冷や汗が止まらない。
「別にさ、私が振られてゆあが告白されて事は私そんなに怒ってないの。そりゃあね、少しは嫉妬するけどさ、別にゆあが悪いわけじゃないじゃん?でもさ、何で私に最初にそれを言わないのっていう話し。私が頼んだんだから、私に一番言うのが筋でしょ。私が今、一番怒っているのはそこ。私、ゆあのこと信頼してるっていったよね?それがさ、裏切られてんだよ?」りりかの声が震えている。今にも泣きだしてしまいそうだった。
「ゆあはさ、どう思ってんの?私を裏切ったことに対して」
「それはー」
「何にも考えていないんでしょ。裏切られる方の気持ちなんて。ゆあのこと信じていたのに。もう、本当に無理」私が何かを言おうとする前に、リリカは泣きだした。顔に手を当て、人生の終わりかのように泣いている。
横にいる晴美は、そのりりかを抱きしめるようにして、背中をさすっている。お店の人たちは、好奇の目でこちらの方をちらちらとみている。
「ごめんっ、ゆあの顔見るの無理。帰ってくれない?」りりかはしゃっくりをあげながら私に言った。
晴美は私を睨みながら「りりかがそう言ってんだから、出てけよ」と目で施す。かりんは、なんとも言えない顔をしていた。
私は何も言えず、立ちあがり、その場を立ち去った。
私も、ものすごく泣きたかった。りりか以上に大声で泣き叫びたかった。けれど、人前で泣くわけにいかず、ぐっとこらえた。
スタバを出て、家の方に向かおうと横断歩道の信号を待っていた。オレンジと水色のランドセルを背負った小学生が、耳元でこそこそ話をしている。「うたちゃんには内緒ね」といい、小指をからませ、ゆびきりげんまんを歌い始めた。
女の子が「指切った」と手を離した時、肩に強い力を覚えた。
振り向くと、そこには男がいた。
茶色のシャツを羽織り、白のズボンを履いて、ウェストポーチを肩から掛けている。青白い顔に眼鏡をかけ、千円カットで切りそろえたような頭があった。無印良品のような男だった。
「あの、大丈夫ですか?」男の薄い唇がひらいた。
「えっ?」
「僕も、そのさっきのスタバにいて、あなたが泣いてしまいそうだったから」
大丈夫なわけがない。本当は、見ず知らずのこの人の胸を借りて泣いてしまいたかった。
「大丈夫です。ちょっと、友達喧嘩しちゃって」私は愛想笑いを浮かべた。
「あの、お話だけでも聞きましょうか?」信号が青に変わった。人々が歩き始める。
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから」私は、立ち去ろうとすると「これっ」と男はスタバの袋を差し出した。
「よかったら、飲んで下さい」
私は拒否したかったが、それも面倒だと思い、なけなしの笑顔を振り絞って「ありがとう」と袋を受け取った。そして、再び家へと歩き出した。
途中で足を止め、男からもらった紙袋の中身を確認するとコーヒーの入ったタンブラーとそれにメモ用紙が一枚張り付いていた。メモ用紙を見ると「いつも、あなたを見ていました。良ければ、ご連絡ください。お待ちしています。○○〇―○○○○―○○○○」とくちゃくちゃの文字で書かれていた。
そういえば、私がいつもスタバにいると見かける男だった。
弱っている今の私なら落ちるとでもあの男は思ったのだろうか。
実際に吸い寄せられそうだった。そんな自分と、こざかしい男に辟易し、よくわからない感情がこみ上げてきて、袋ごと近くのごみ箱の中につっこんだ。
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