降る、ふる、かれる。

茶茶

文字の大きさ
上 下
8 / 66
第一章 リスナー

リスナー、告白

しおりを挟む
傾いた陽射しが四角の窓を縁どって、長い廊下に影を落とした。歩くにつれて、騒めきが遠のいてゆく。私の右斜め後ろを歩く吉田君は、いつものうるささが嘘かのように口を噤んでいる。

 私は一つ上の階にある音楽室が誰もいないことを確認し、扉を開いた。足を踏み入れると、いつもの音楽室らしい音の残り香がツンと鼻を刺激した。

「吉田君、あのさ単刀直入にいうんだけど」

 私はすぐさま口を開いた。

 いやことはさっさと終わらせて、家に帰りたい。こんなことよりも、勉強に時間を割きたい。うまくできなかった今日の数学のテストを復習したい。

「うん」吉田君の胸元のボタンは二個も外れ、シャツがズボンからはみ出している。ズボンは腰からずり下がり、上履きはかかとを踏んづけている。誰を真似しているのかは分からないが、非常にかっこ悪いと思った。

「あのさ、」りりかのことを一気に言ってしまおうとした。

 言うことは、決めてある。テストと掃除時間にりりかのことを少しだけよく見せるエピソードを付け加えながら、りりかが好きらしいということを伝える文面を考えたのだ。

 その時、吉田君の声が重なった。

「いや、ちょっと待って。僕が先に言う。僕は、優紀ゆあさんのことが好きです。僕と付き合って下さい」顔を上げた吉田君と目が合った。

「えっ?」
 時が止まったようだった。

「えっ?」
 言葉を言った本人が固まっている。

「えっと?」私は、ただただそう言うことしかできなかった。

「いや、ちょっと待って待って。あの優紀さんは僕のこと好きなんじゃ?」

 私は首を傾げた。

「えっ、じゃあ俺の勘違いってことか。ごめん。はっずー」吉田君は顔を真っ赤にさせ、髪の毛をガシガシと掻いた。 

 はらはらと、ふけらしきものが宙を舞っている。汚い。吉田君はやば、俺、だっさ、などとひとりごちながら恥ずかしがっている。赤い顔でぶつぶつと何かを言う姿は、新手の動物に見えた。

「でも、俺は優紀さんに対する気持ちは間違いないから。これはほんと」吉田君はかっこつけるように言った。

「うん、でも…」そんなものは知らない。その好意はむしろ迷惑だ。

「返事は後からでいいから」吉田君は私が断ろうとしたのを遮るように言った。
 そうか、でもまだ希望はある。うん。大丈夫。吉田君は色々呟き、「じゃあ、俺帰るわ。また、学校で」と私が喋る間も与えず、すばやく何処かへと消えてしまった。

 私は一人、教室に取り残された。

 バイクのスロットル音が遠ざかってゆく。

「りりかが恋する男の子に告白をされた」その事実が重くのしかかる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

処理中です...