降る、ふる、かれる。

茶茶

文字の大きさ
上 下
1 / 66
第一章 リスナー

リスナー、女子高生の世界

しおりを挟む
「来週からテストとかマジ無理」

 私は来週から始まるテストへの愚痴をこぼしながら、シャツのボタンを外した。ロッカーの中には、桜色のブレザーとチェック柄のスカートが丁寧に折り畳まれている。

「数学、ぜったい赤点だ」私は体操服の腕を通した。

「そんなこと言って、また百点連発するんでしょ。いっつも、ゆあ成績トップクラスじゃん」りりかが言う。ピンク色が少しだけ混じった髪の毛を緩く巻き、流行の最先端のメイクを施している。部外者から見ても、クラス内で中心人物と一目でわかるオーラを常に放っている。

「いやーあれはさ、まぐれだって」私はロッカーの扉裏の鏡を覗き込みながら言った。

鏡には陶器のように白い肌、ぱっちり二重の目に小ぶりながらも筋の通った鼻、そして黒髪ストレートヘアが映っている。私は化粧ポーチを取り出して、汗でべた付いた肌をファンデーションで覆い、消えかけているアイラインを付け足した。

「いや、まぐれであんなにバケモンみたいな点数とれるわけないでしょ。」

「偶然。偶然」私は言う。五百点中四百五十二点。当然、偶然やまぐれなわけがない。私が死ぬほど勉強した結果であり、必然だ。すべては良い大学に入学し、良い人生を送るために。高校受験に失敗した私は、大学受験で勝ち組にならないと生きる意味がないと思っている。

「それにさ、ゆあ可愛いし。それで頭いいとか前世にどんな徳を積んだんですか」

「ほんと、ずるいわ。私、ゆあになりたいもん」

 晴美とかりんがそれぞれ言う。

「いやいや。私になったら、足は大根足だよ?三人の方が圧倒的にスタイルいいから羨ましいよ」

 思っていないでまかせが口からするすると出てくる。女子高生の褒めあいなんて言葉に一切意味は持たない。女子高生の「かわいい」や「うらやましい」はそこらへんの石ころと価値はたいして変わりはない。

「ゆあが大根あしだったらうちどうなんの?」

「私の足、大根ってか丸太なんだけどぉ」

「えっ逆に?逆に皮肉ってっしょ」

 ぎゃーぎゃーと三人が騒ぐ。

「もー、始まるよ?早くいこ?」私はりりかから誕プレでもらったタオルを手に取り、ダル絡みをする三人を置いて更衣室を出た。


 ムッとした体育館の独特な匂いが鼻をかすめた。汗とゴムと埃の匂い。体育館に入った最初のうちは不快感を覚えるが、すぐに慣れ、そのうち私自身も体育館で匂いを発する一部になる。

 バスケットボールのゴール下では、数人の男子が取っ組み合いをしてはしゃいでいた。

「おまっ、マジでやめろや」なんて言いながら楽しそうに笑っている。私は壁に沿って腰を下ろし、その姿を目で追った。何にも考えずに、ただ笑っている男子たちを羨ましく思う。

 サッカー部のキャプテンの吉田君とぱちりと目が合った。

吉田君は一部の女子から人気があるが、個人的には好きになれなかった。吉田君の顔は目がずいぶんと離れ、輪郭が角ばっていて深海魚に似ているし、髪の毛はいつも整髪剤で不自然にベタベタしている。それに、何より自分を大きく見せようとするような物言いが好きではなかった。

 私が軽く会釈をすると、吉田君はふいと顔をそらした。

「何なにー、ゆあなにみてんの」と着替えを終えたりりかたちが近づき、肩を寄せた。私の右隣にかりん、左隣にりりか、りりかの隣に晴美が座った。シャンプーと化粧品と柔軟剤が混ざった、女子高生らしい甘い香りが鼻を突いた。

「あー、男子。馬鹿だよね」三年生の印である赤の体育館シューズの靴ひもを結びながらかりんが言った。「あの取っ組み合いで一回消火器を誤発させたのに。こりないねー」

「あーあったねそんなこと」とりりかは懐かしそうに笑っている。

高校一年生の時、男子の取っ組み合いにより消火器が誤発した。緊急学年集会が開かれ、何もしていない私たちも連帯責任だ、とものすごく怒られた。その日の放課後は先生たちの悪口大会だったのは言うまでもない。

 吉田君の大きな笑い声が体育館に響いた。

 吉田君は男子から馬乗りされ、ズボンを下ろされそうになっている。その上、シューズを脱がされて遠くに飛ばされたり、体中をくすぐられたりしている。

 その様子を、晴美がニヤニヤしながらりりかに目配せした。

 りりかは、「もー」と照れを隠すかのように晴美の肩を軽くたたいた。

「なになに?」とかりんが言う。

「最近、吉田君とりりか、いい感じらしいよ」晴美が言う。

「えっ、そうなの?」私とかりんが同じタイミングで驚いた。

女子高生として生きる中で「好きな人」の情報は、重要度においてほぼトップに君臨する。それを知っていると仲間だし、知らなければ仲間ではないとみなされるのも同然だ。私以外がグループの長であるりりかの好きな人が知っていたら大問題だが、今回の場合はかりんも知らなかったので問題ない。私は愁眉を開いた。

 晴美が何かを見つけたかのように「ねぇ、みて」と声を潜め、私たちに目で吉田君の方を見るようにいった。さっきまで床に寝転がっていた吉田君は桜川さんと顔を寄せ合い、なにやら楽しそうに談笑していた。

「なに、あいつ」りりかは見るからに不機嫌になった。

「あれじゃん?桜川も吉田君のこと狙ってるんじゃない?」私は言った。

「えーキモ。自分の立場の把握できてないよね」と言うかりんは、甘いものをいつも食べているにもかかわらず、すらりと痩せ細っている。まるで成長過程で脂肪を蓄える、という工程を飛ばしたかのように、体の凹凸が少ない。華奢という言葉がかりんにはよく似合っている。グラマラスな桜川さんとは反対だ。

「あのおっぱいで男子全員落とせると思ってんじゃない?」りりかは桜川さんの豊満な胸を汚らわしいものを見る目つきで睨んだ。

「それな。てかさ、あのリップの色なんかおかしくない?」と言う晴美の重たい瞼には、りりかのまねをして買ったピンク色のアイシャドウが妙にぬらぬらと光っていた。

「え、だよね。私も思った」りりかが同意する。

 晴美は自分の発言がりりかに認められたのがうれしいのか、ご機嫌な様子ででっぷりとした体を揺らした。

「桜川さんって、多分あれ濡れメイクしてるんだと思うけどさ、なんか濡れメイク言うよりはなんていうか、泥?みたいだよね」私は言った。

 ぎゃははと皆の笑い声が大きく破裂した。

「泥って、ふふ、やばぁ、あははっ」
「分かるけどさ」
「くそダサいよな」
「ないわー」

 四人が言葉を投げ打つ。

「この前さ、私がお世辞でメイク可愛いねって言ったらさ、余計ひどくなってんの。それであれ」かりんが楽し気に言った。

「うーわ。じゃあ、かりんのせいじゃん」りりかが言う。

「いやー、わたしのせいじゃないでしょ。泥メイク、そのうち流行るんじゃね?」かりんが厭味ったらしく言った。

「時代の先行き過ぎ」私がつっこむ。

 私たちは再び桜川さんに視線をやり、そして互いに目を合わせた。突き破るような笑い声があたり一面を覆った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

処理中です...