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006.三つ巴の戦闘試験

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 三つ巴と告げられた途端、他の二人の受験生の顔が険しくなったのが分かった。まあ、誰か一人しか合格できないと分かれば当然の反応だな、お前ら人間にとっては。

 だがその心配はいらない。お前らが何をしようと、合格するのは俺だ。

「三人で戦ってもらい、こちらで一人、合格者を決めたいと思います」

 イグザムは不敵な笑みを浮かべた。いや、不適に見えただけか。

「いつでも初めて貰って構いませんよ?」

 イグザムはそう言って、闘技場の中央から離れ、観客席には登らず、端っこの方に立った。じっとこちらを見つめている。

 さっさと終わらせるか。前回の入学試験乱入の時のことを鑑みれば、こいつら相手に魔力は使うまでもないだろう。肉弾戦でやってやろう。

 すると、最初に口を開いたのはライトだった。

「ふ、二人とも…オレに合格譲ってくれねえかな? 変な意味じゃねえんだ。その…」

 何を口走っているんだ、こいつは。

「オレが戦おうとすると…二人を、殺しちまうかもしれねえんだ…。だから……」

「私は……譲らない…!」

 静かだった青い髪の女アリスが、やや力のこもった声で言った。ライトは顔をゆがめながら、俺の方に目をやった。

「論外だ。殺す気でかかってこい」

 俺は即答した。

「でも……」

 ライトは聞かなかった。仕方ない、分からせてやるしかないな。
 俺は地面を蹴り、ライトに近づき、拳を振り下ろした。

 ライトの頬に俺の拳が触れると、接触面に電気が走り、バチィと音を立てて俺の拳は弾かれた。
 ほう…。

「……オ、オレに打撃は通じねえんだ。だ、だからその…」

 俺はなおも御託を並べるライトの腹に今度は蹴りを入れる。再び接触面に電気が走るが、俺は弾かれることなくライトを蹴り飛ばし、闘技場の壁に叩きつけた。

「がっ…!」

 崩れ落ちる壁の前で、ライトは腹を埋めて悶えていた。

「打撃が通じない? あり得ないな」

 電気が打撃を弾くなら、弾かれる前に押し込むまでだ。
 と言っても、今のは殆ど力を入れていない。殺してしまっては合否に響くからな。

「勘違いするな、ライト。お前などに、俺が殺されるはずがない」

 蹲るライトを挑発するが、ライトは挑発に乗らずに、立ち上がった。

「た、頼む……俺に合格を譲ってくれ…」

「まだ言うか」

 俺は再びライトに接近し、顔面に複数回拳を叩き込んだ。勿論殆ど力は入れていない。その拳は、全て弾かれることなくライトを吹き飛ばした。
 そうして俺は、一つのことに気付いた。

「なるほどな」

 ライトは土煙の中から起き上がった。

「弾かれる前に押し込めば打撃が通じるというのは事実だが…お前の場合、そもそも攻撃が通ったところで体にはダメージは一切与えられないということだな」

「そうだ……悪いけど、今までの攻撃は痛くも痒くもねえんだ…」

「体がいかずちで出来ているようだな。そして…」

 俺は背後から襲いかかってくる氷の槍を、目に入れることなく片手で砕いた。背後にいるのは、アリスだった。俺とライトの戦闘の最中、攻撃の隙を狙っていたようだ。

「見かけによらず狡い真似をするんだな、アリス」

「……狡くない。…三つ巴……」

 うむ、それもそうか。

「…それに……氷に…触った………」

 アリスの言葉の直後、彼女が俺に何をしたのかが分かった。

「ほう、幻術か」

「!!」

 俺の一言に、アリスは目を見開いて驚いた。
 幻術を使ったことを俺に一瞬で勘づかれたからだろう。幻術というものは本来、どこで、いつ、何をきっかけに発動したかを敵に気付かれる事の無いように使うものだ。

「幻術の発動条件にはいくつか種類がある。視覚から入るもの、聴覚から入るもの…。そして今お前が使ってみせたのは触覚から入るものだ。お前の氷の槍は俺を傷付ける為の攻撃ではなく、俺に幻術をかける為の攻撃だった。そんなところか…」

「……」

 アリスはぐうの音も出なかった。

「幻術をかけられたかどうかは、魔力の流れを見れば分かる」

 俺は魔眼を浮かべる。最も、この程度の幻術では魔眼を使うまでもなく見極めることが出来るが。

「そしてお前の幻術はたった今、あそこにいる男にかけ直しておいたぞ」

 俺がライトを指差すと、ライトは独りでに叫び声を上げ始めた。頭を抑え、もがき苦しんでいる。幻覚を見ているのだ。

「……そんな…」

「知らないのか? 幻術返しの応用だ。奴の体に調印しておいた魔印から、お前の幻術そのものを送り込んだんだ。幻術は相手に返すだけじゃなく、横流しすることもできる」

「調印……あの時……」

「そう、俺が殴っていたのは何もダメージを与える為ではない。奴の体に、複数の罠(トラップ)を仕掛けるためだ」

「でも……魔印なんて…どこにも……」

「目に見える所に調印する馬鹿がどこにいる? 調印というのは内部に施すものだ」

 一通り語ったところで、アリスは歯を食いしばった。渾身の幻術が俺に通じないどころか、返って利用されていることに腹を立てているのだろう。だが、人間程度が扱う幻術では俺に通用するはずもない。

「さて、そろそろライトが片付いたころかな…」

 俺がライトの方に目をやった瞬間、ライトの体から凄まじい質量の雷があふれ出した。その魔力量は、この大陸に降り立ってから感じたことのないほどのものだった。
 俺は魔眼を凝らし、ライトを視た。

「……幻術を…解いたのか…?」

 俺が横流しした幻術は、解かれていた。元はアリスの幻術とは言え、俺の魔印から送り込んだ幻術だ。人間程度の魔力で解除出来るはずがない…。
 それになんだ? この雷は…。

 雷を纏ったライトは立ち上がった。

「あんたすげえよ…こんだけ放出しねえと解けねえ幻術があるんだな…」

 ライトはそう言いながら、ジリジリと俺に近づいてきた。

「あれが…16歳の少年の魔力量か…?」

 イグザムも驚きを隠せなかった。
 確かに、人間程度の魔力量とは思えないのは事実だ。あくまで俺の想像でしかないが、その想像を遙かに超えている。
 だが、謎は解けた。

「………この世の…魔力じゃない…」

 俺の背後でアリスが呟いた。
 振り向くと、アリスは左目の眼帯を解き、魔眼を使ってライトを見据えていた。

「ほう、お前に分かるのか?」

「……色が…違う…」

 色を見抜く魔眼か。これもまた、人間程度に備わっているとは驚きだ。

「あの人……ライト君………怯えてた…」

 アリスは声を震わせて呟いた。ジリジリと近づいてくるライトから目を離すことは出来ないようだ。恐らく彼女の持つ魔眼が、半ば強制的にあの膨大な魔力を捉えようとしているからだろう。

「そうだ、あいつは怯えていた。俺にはすぐに分かったがな。まさか、人間のお前に分かるとはな」

「人間の……?…どういう意味…?」

 おっと、身の上を明かすところだった。

「何でもない」

 俺はアリスに背を向けたまま続けた。

「アイツの中には、天界の魔力が混じっている。どういう経緯でそうなったのかは知らないが、本来地上で目にするはずのない色の魔力だ」

「天界…?」

 俺は決意をした。
 天界の魔力をもつライト。そして、それを僅かでも見抜くアリス。

 こいつらは面白い。俺の勇者育成計画に必要な人材かもしれない。

「アリス。俺一人であの馬鹿デカい魔力を抑えることは造作も無いが、敢えてお前の力を借りよう」

「……え?」

「俺と手を組め」

 アリスから返事はない。

「大したものだ、お前の眼は。…見極めてみろ、アイツがどう動くか」

 アリスはたじろいだ。俺が何を言っているかを理解できないでいるのかもしれない。

「合格したいんだろう?」

「……でも、……私が合格したら…あなたも…ライト君も……」

 勘違いをしているようだ。

「何を言っている。俺たちはこれから、三人揃って合格するんだぞ」


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