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005.踏まれていた手続き

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 俺たちはデイン大陸に来て最初の夜を寝ずに、上空で過ごした。この大陸では、太陽が沈むと夜が訪れ、月が輝き出す。アルマカンドでは見られなかった光景である。時間の概念が人間とは大きく異なる魔族にとって、朝も昼も夜も関係なかった。反面、人間はたかが寿命が100年前後、一日一日が彼等にとってはかけがえのないものなのだ。そして一日の始まりと終わりを象徴する太陽や月もまた、彼等にとっては欠かせないものなのであろう。

 俺は少し、夜の月に目を奪われていたのかもしれない。

 翌日。入学試験を終えた生徒達が自身の合否確認やクラス確認の為に朝からこの学院にごった返していた。闘技場を覗き込んでいて分かったことだが、受験生の中にはその場で合否を告げられる者もいれば、翌日にならないと判明しないような者もいた。どうやら、審査自体はそれなりに厳正に行われているようだ。

 ヒュマニア王国随一と呼び声高いこの、『ヒュマニア中央勇者学院』の入学者は、その年によって大きく変動がある。定員は決まっておらず、数千を超えることもあれば、百を超えないこともあるんだとか。これもまた、厳正な審査ゆえの現状なのかもしれない。

 入学式はまだ先のようで、俺が受験する予定の追試験の翌日に行われる。

 門を潜り、硝子の板に張り出された紙をまじまじと見つめる生徒達。喜びのあまり構内を走り回る者や、落胆のあまり崩れ落ちる者、合格は当然だというような振る舞いをする者。様々な一喜一憂が見られた。

「人間達にとっては、この学院に合格することは誇りなんですよ、きっと」

 横から覗き込んでいたルシファーが何とも言えぬ顔でそう言った。
 誇りか。

「それよりルシファー。お前は飯でも食ってきたらどうだ? 俺は追試験が始まるまでここにいるつもりだ」

「ええぇ!? あと一週間近くもここに残るんですか? ここ、言っても空ですよ?」

「そんなことは分かっている。たかが一週間程度で腹など空かぬ」

 そう、魔族とは基本的に何も口にせずとも数百年は生きられる。逆に言えば数百年に一度、たらふく物を口に運ぶ必要があるのだが、俺の場合はそれも必要ない。父上の血統は、飯など食わずとも魔力を食えば腹は満たされる。父上も然り、俺を含めた実子280人にも例外はない。

「私はレイラ様と一緒に食べたかったんですよ~」

「俺はいいと言っている」

「……分かりましたぁ。じゃあ私一人で行ってきます…」

 落胆の表情を浮かべながら、ルシファーは飯の在処へ飛んで消えていった。


 
 そして、月日は流れ、追試験当日の朝が訪れた。
 デイン大陸というのは面白いものだ。7日間、俺は動かず闘技場上空に座ったままだったが、飽きることはなかった。
 日によって太陽の光がさんさんと降り注ぐ日もあれば、雲に隠れて殆ど届かない日もある。昨日は、雨が降った。
 遠くに見える山並みには霧がかかる日もあった。近くを流れる川の色は、日によって異なっていた。飛ぶ鳥の数も、その鳴き声も、毎日違っていた。

 ただ一つ変わらないものがあるとすれば、遠目に見える白い塔―――――断罪宮のみだ。あれだけは、恐らく数千年の間、姿形を変えることがなくあそこに聳え立っているのだろう。俺は、あれが自分よりも長くこの世に存在していることを思い出し、父上の偉大さを改めて実感するのだった。

 馬鹿馬鹿しいと言えば馬鹿馬鹿しい。
 だが、人間の住む世界というものは、思っていたより悪くない。

 そう、ルシファーだが。
 一週間前に飯を食べに行くと言ったっきり一度も姿を見せていない。どこかで野垂れ死んでいることも考慮に入れ、俺は7日ぶりに立ち上がった。

 慎ましくしていなければ、この大陸で生きることは出来ない。
 俺は静かに、学院の門の傍に降り立った。

 さすがに朝が早すぎたか、まだ人間の姿は一人も見られなかった。俺は正面の門を潜った。

 ヒュマニア中央勇者学院は、城のような巨大な本棟と、いくつかの塔が並んでおり、裏には数十個の闘技場がある。更に闘技場の後ろには広大な森があり、その中を川が流れている。
 本棟を囲む鉄の門は長く連なっており、正面から潜ると石畳の広場が目に入る。中央の噴水を挟んで巨大な正面入り口があり、他にも内部に続いていそうな入り口が多く見られた。

 とにかく広大だった。俺のイメージしていた”学校”とは遙かに違う。ここまで巨大である必要があるのかは些か疑問ではあったが、入学すれば分かることだろう。

 俺は正面の入り口から入り、右手側の受付に座っている女に話しかける。

「追試験を受けたいんだが、手続きとやらはどうすればいい?」

 女は一瞬きょとんとしたが、すぐに我に返った。

「えっと…事前に追試験願届は提出されていますか?」

「む?なんだそれは」

「追試験を希望される受験生の方は、追試験を受験される理由を書いた届け出を三日前までに学院に提出する義務があります」

 女は俺の目を見て淡々と語った。
 
「提出していない場合はどうなる?」

「提出していない場合は受験資格を得られません。念のため、お名前が登録されているか確認しておきましょうか?」

 ふむ、確認するのはいいが、届け出とやらを提出した記憶は一切無い。無駄骨になりそうだ。しかし、名前を伝えるだけなら”慎ましい生き方”に離反することもないだろう。

「では、頼む。名前はレイラだ」

 女は水晶に手を当てた。水晶には文字が浮かび上がっている。アルマカンドではあまり目にしない確認方法だ。おおかた、あの水晶に受験生の名前が登録されているのだろう。

「……あ、レイラ様ですね。確認できましたよ」

 なに?

「えっと…追試験を受験されるレイラ様。年齢は…16歳。顔写真もしっかり確認できました。記載されている追試験受験理由も審査が事前に通っています」

 女は淡々と俺の情報を語る。
 年齢こそ違うが、水晶に浮かんだ顔は確かに俺の顔であった。

「確認……取れたのか?」

「え?は、はい…あなたには受験資格がありますよ」

 何はともあれ、受験資格はあるようだ。
 謎の残る事態ではある。あとでルシファーに調べさせる必要がありそうだ。何者かが俺の情報を知っている可能性があるということだ。

「では8時までに、裏にある第九闘技場にいるようにしてください。これは受験番号です」

 女から渡されたのは『3』と書かれた一枚の板だった。


 
 俺は第九闘技場の前まで来ていた。時刻は7時45分。8時迄にと言われているから、そろそろ中に入っても問題ないだろう。
 入学式乱入の件以来、デイン大陸に合わせた生き方をしている自分が、俺は少しも嫌ではなかった。何故だろう。

 俺は、今度は正面から闘技場に入った。

 第九闘技場は、前回俺が乱入した闘技場とは違うものではあったが、内装はほぼ一緒であった。少しばかり広いような気もする。観客がいないから、そう感じるだけだろうか。
 
 そして既に、二人の人影が見えた。
 一人は、金色の髪の男だ。年は15か16あたりだろうか。闘技場に乱立している岩場に座っている。手に『1』と書かれた板を握っているのを見ると、追試験を受験することは分かるが、その割には何やら不安げに俯いている。俺には、その理由が魔眼を通してすぐに分かった。

 もう一人は、青い髪の女だ。左目に眼帯を付けており、綺麗な姿勢で座った太ももの上に、『2』と書かれた板を置いている。彼女も受験生だろう。

 俺が『3』だとすると、もう一人受験生がいてもおかしくないな。確か試験内容は一対一の戦闘試験であったはずだ。

「全員、揃ったようだね」

 俺の背後から現れたのは、メガネを掛け、髪をオールバッグに纏めた長身の男だった。ワインレッド色のタキシードのようなものを身に纏っている。

「追試験を受験する生徒はここにいる3人で全てですね」

 ほう、3人とな。

「受験番号1番、ライト君」
「は、はい!」

 金髪の男が声を張って返事をした。

「2番、アリスくん」
「はい…」

 小さな手を上げたのは、青い髪の女だった。

「そして君が、3番レイラ君だね」
「ああ」

 男の細い目が俺を睨んでいるような気がした。
 男は手に持った名簿のような物をパタンと閉じ、左手首の時計に目をやった。

「うん…少し早いけど始めちゃおうかな」

 男は一つ咳払いをした。

「ヒュマニア中央勇者学院追試験会場へようこそ。私はここの入学試験担当責任者のイグザム・フルハートと言います。今年の入学試験の責任者をしております、どうぞよろしく」

 イグザムは綺麗に頭を下げた。

「では、追試験の内容を早速発表致しましょう」

 イグザムの言葉に、後ろの金髪の男、ライトが生唾を飲む音がハッキリと聞こえた。

「試験内容は三つ巴の戦闘試験。合格者は、1名のみです!」


 三つ巴か、面白い。

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