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003.デイン大陸

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「これは…」

 すんなりだった。満を持して『デュオロンの層』を潜った俺たちは、その後の『イズミラの層』も『デインの層』も、次第に層の大きさは増すものの、すんなりとくぐり、すんなりと抜け出すことが出来たのだった。さらに巨大な魔力の滝をも簡単に抜け出した。

 そして俺たちは遙か上空に投げ出された。
 一面見渡す限りの青い空。これが、デイン大陸の空。人間が住まう世界の空か。

「ひゃーっ、懐かしいな~この感じ…!」

 ルシファーは器用に翼を使い、体勢を立て直していた。俺もすぐに慣れ、空中で体勢を立て直した。見下ろす遙か下方には、巨大な大陸が広がっていた。
 楕円形に近い形の大陸だ。大陸の中央に見える巨大な丸は、巨大な塔を真上から見上げた形であった。あれこそが、勇者デインと魔王アリアルの逸話の中で建てられた断罪宮である。
 その断罪宮を中心に、デイン大陸は四つの国に分割されている。
 向かって上側、大陸の北に位置するのが、精霊の住まう国『ホーリー・バース』。その殆どが森で囲まれているのが、上空から見るとよく分かる。
 大陸南に位置するのは、竜の国。国と呼ぶにはあまりにも岩肌ばかりが露出されている、色のない光景であった。
 更に、大陸の西に位置するのは、セミ・アルマカンド。アルマカンドに最も近い西側に位置し、平和の均衡を図るためにデイン大陸に存在することを許された魔族の住まう国である。

 そして、大陸東に位置するデイン大陸最大の国『ヒュマニア王国』。人間が住まう国であった。見るからに色鮮やかで、秩序立てられていることが分かる。

 あれが、人間が生きる国か。目に優しくないな。

「どうだ、ルシファー。久々に見下ろす下界は」

「変わりありませんわ、レイラ様」

 俺はヒュマニア王国に的を絞った。降り立つのなら、ヒュマニア王国しかあり得ないだろう。

「さて、どこに降りようか」

「それなら僭越ですけど、私から提案がありまーす!」

 ニコニコと笑みを浮かべながらルシファーが手を上げる。上空の強い風に靡かれるルシファーは、ほぼ全裸に近いと言っていいほど服が靡いていた。

「実はヒュマニア王国には、勇者育成機関っていうのがあるんです!」

「ほう」

「デイン・オーガン…だったかな…。勇者を育成するための機関だそうですよ」

 そんなものがあるのか、初耳だ。

 しかし…。

「でもおかしいですよね~」

 俺が抱えた疑問を、ルシファーも同じように抱えていた。

「勇者デインの意志は、争うことのない平和ですよね? だったら、魔族を倒すための勇者育成機関があるのは、変じゃないですか? こういうの、矛盾って言うんですよね」

 ルシファーにしては鋭い考察だ。それは、俺も今丁度至った考えだった。勇者育成機関デイン・オーガンの存在など俺は知らなかった。恐らく他の魔族達もだろう。幸か不幸か、ルシファーは元天使で人間の世界を見てきたから分かったものの、父上はこのことを知っているのだろうか。

「まあそれは、降り立ってみれば分かることだ」

 俺はヒュマニア王国に目を凝らした。そして、魔眼を発動させる。
 魔力量が比較的多い場所が、いくつかあった。中でも多いのは、国の中央に聳える二つの巨大な建物だった。
 一つは、恐らく王城だろう。王族があの中にいるに違いない。そしてもう一つは、王城の隣に聳える建物だ。王城ほど豪華絢爛ではないが、巨大だった。

「あれがデイン・オーガンだと、俺は思うがな」

「レイラ様がそう思うなら、間違いないと思います!」

 俺は勇者育成機関デイン・オーガンと思しき場所へ一直線に降りていった。
 近づけば近づくほど、その巨大さが窺える。人間の住む世界にもこんな巨大な建物があるとは、驚きである。
 それでも、アルマカンドの城に比べればまだまだ小さいが。

 デイン・オーガンと思しき建物の正面に降り立つ。地面は石レンガのようなものが敷き詰められている。そして、青空から降り注ぐ太陽の光が照りつける。人間の世界は、とにかく明るい。

 周囲に見えるのは人間だった。様々な服を着た人間が行き交っている。誰も、今この場に魔王の実子はいるなどとは考えていないだろう。

「レイラ様、どうです? 人間の世界は」

 ルシファーの声が聞こえた。ルシファーは今もなお俺の背後にいた。しかし、どうやら人間からは姿が見えないようにしているようだ。この声も、俺にしか聞こえていないだろう。
 天使は元々、人間に姿を見られてはいけないという決まりがあるらしい。その辺の対策は、心配はいらぬようだ。

「思っていたより明るい。それに、なんだろうな…」

 言葉では言い表せない空気が、そこにはあった。アルマカンドにいては感じることが出来ないであろう空気だ。俺はそれを、肌で感じていた。

「少し楽しみだな、デイン大陸」

「レイラ様、なんだかとっても嬉しそう」

 ルシファーの声からは歓喜の感情が漏れ出ているように聞こえた。

 それにしても人間の世界は賑やかだ。人間同士で何やら話し込んでいる。我関せずに通りすがる者もいるが、基本どこを見ても賑やかだ。一体、何をそんなに笑うことがあるのだろう。

「レイラ様、ここはどうやら王都のようですよ~」

「王都?」

「はい! ヒュマニア王国は地域がいくつかに区分されていて、ここは中央区…最も王城に近い街です。まあ、近くにお城もありますし、納得ですね」

 なるほど、道理で人が多いわけだ。都会というやつか。

「レイラ様、人間界はお洒落な服が多いんですよ~? 」

「服などに興味は無い」

「…そうですよね」

 俺は今、アルマカンドで着ていた服を着ている。黒いローブだ。服など、これ一着で十分だ。

「じゃあ、美味しい食べ物はどうです?」

「美味しい食べ物だと?」

 食べ物というのは、美味しいものなのか。

「はい。人間の世界の食べ物は美味らしいですよ~。特にここは王都なので、きっと美味しい食べ物が雁首並べてるはずですよ!」

 美味しい食べ物に対して、雁首並べてるなどという言葉遣いは恐らく適切ではない上に、今はそんなことに現を抜かしてる場合ではない。

「それどころではないだろう」

「レイラ様っ! 時間は千年もあるんですよ? 人間の寿命で言ったら、10世代分以上の時間があるんです。そんな焦らなくていいじゃないですか~」

 たわわな胸を俺の背中に押しつけながらルシファーは耳元で囁く。

「どうしても気になるなら、まず情報を集めてこい。このデイン・オーガンとやらに入ってな」

「情報集めてきたら、美味しい食べ物食べに行ってくれます!?」

「……ああ」

 俺が頷くと、ルシファーは一目散に翼をはためかせて巨大な建物の中に入っていった。
 ちょっと前までデイン大陸に降り立つことを嫌がっていた女の態度とは思えなかったが、とりあえず情報を待つことにしよう。

 俺はその間、そこらにあるベンチに腰を下ろした。そして、人間を観察する。

 なるほど、本当によく笑う。明るい太陽の光のおかげで、余計に笑って見える気もする。アルマカンドに住む魔族にとっては、笑うということはここまで恒常的なものではない。それも、位が上がれば上がるほど、笑うことなど無くなってくる。
 だからこそ、あの時の父上の割れんばかりの笑い声は、正直驚いた。







 それからものの数分で、ルシファーは戻ってきた。

 俺がルシファーを付き人にしている理由はいくつがあるが、その一つがこの情報収集能力である。アルマカンドにいた頃も、ルシファーは情報収集に長けていた。まず情報の在処を割り出し、膨大な情報の中から必要なものだけを取捨選択し、それを俺に伝える。この一連の動作は、ハッキリ言って俺よりも上だ。
 ましてや姿の見られることの無いこの場所では、彼女の力は十二分に発揮されると言っていいだろう。

「えっとですね~、やっぱりここはデイン・オーガンで合ってました! 合ってはいたんですけど…」

「なんだ?」

「えっと、そもそもデイン・オーガンは、魔王様を討伐する勇者を育成するために作られた機関で、その為に、ヒュマニア王国全域に勇者学院を設立しているらしいんです」

 勇者ガクイン?

「学院っていうのは、まあ学校のことですね」

「学校…。父上から聞いたことがある。確か、先生と呼ばれる者が生徒と呼ばれる者共に教鞭を振るう場所だろう?」

「仰るとおりです! 勇者学院は、勇者になるためのお勉強をする場所ってことになりますね」

 馬鹿げているな。
 勇者でもない者が、生徒を勇者にさせるために教鞭を振るうとは。案の定、今の今までアルマカンドに侵攻してきた者がいないというのが、勇者育成とやらの現状を謳っている。

「つまりその勇者学院に行けば、或いは父上から課せられた勇者育成計画を達成することができるかもしれないな」

「そうですね。…あ!あと大事なことが一つ分かりましたよ!」

 ルシファーは人差し指を立てて声を上げる。

「なぜ勇者デインの意志に反してこの国が勇者の育成を行っているかの理由です!」

「何故だ?」

「どうも…この国では勇者デインの意志が間違った形で伝えられているみたいなんです」

 俺は父上の言葉を思い出していた。

「本来の意志は『争わないことによる平和』…まあ、それも魔王様によれば嘘だと思うんですけど…。本来は『争わないことによる平和』がこの国に伝えられているはずなんです。でも…」

「おおかた、『魔王討伐による平和』とでも伝えられていたか」

「はい! もう全くその通りなんですよ」

 妙ではある。
 しかし、父上は『争わないことによる平和』こそが嘘の意志だと言っていた。だとすれば『魔王討伐による平和』が本来の意志だということか?
 だとすれば父上は、勇者に自らを滅ぼして欲しいと考えているということになる。そしてその勇者を、息子である俺自身に育てさせる試練まで与えて…。

 考えれば考えるほど、父上の真意は分からなかった。

「どうします?」

「どうするもこうするも、俺は父上の指示に従うまでだ。俺の使命は、父上が課した勇者育成計画を達成すること。ただそれだけだ。そしてお前は、それをサポートする使命を請け負った。それ以上でも以下でもない。余計なことは考えるな」

「仰るとおりです!」

 ルシファーはビシッと敬礼してみせた。どこで覚えたんだ、そんなの。

「まずは勇者学院とやらを探す」


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