あやかしぃ

三憑 夜式

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金魚売りと猫

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かろっ、かろっ。
金魚売りは、歩いていた。
ちりちり、ちりちり。
奥州の町を。
「金魚、金魚ぉ」
「なぁ、そこの兄ちゃん。金魚、一匹頂戴!!」
「はい。十文です」
ちゃり、と渡される銭と引き換えに、水と金魚が入った木箱を渡す。
「ありがとうな!!」



かろっ、かろっ。
ちりちり、ちりちり。
「金魚、金魚ぉ」


奥州の町を歩いて、歩いて…………。
金魚売りは、ひとつの小さな村に、足を踏み入れた。
かろっ。
その瞬間、怪しの香りがふわり、と金魚売りを包み込んだ。
………………うん?
不思議に思い、ふと足を止める。



………………。
気のせいか。
特に気にせず、再び歩き始めた。


「はーぁー」
「おいおい、どうしたぁお前。そんなに溜息をつくと、幸せが逃げるぞっ」
「殴りたいくらいの笑顔をありがとう」
かろかろと歩いていると、村人の会話が耳に入った。
なんとなく気になったので、足を止めて、会話に耳を傾ける。

「はっはっはっ。ぞーだんだべ。ぞーだん」
「冗談をぞーだんというのに腹が立つけど…………。ところで、英之助えいのすけよ」
「なんだい?孝次郎こじろうっ」
「うん。殺したいくらいのキラッとしている笑顔をありがとう」
「ちょっと待て孝次郎こじろう。その手に持っている石は何、痛いっ」
「で、まぁ、悩みというのはな…………」
「待て、石をぶつけながら話を進めるな。痛い、痛いよ?ちょ、痛い止めて!!」
「チッ。まぁ、最近、よく家の畑が荒らされてるんだ…………」
「舌打ちしたな。お前……………。まぁ。確かに、家の畑も、よく荒らされてるんだ」
「猫に」
「猫に」

猫?
猪や熊ではなく、猫が、畑を荒らすのか?
金魚売りは、内心首を傾げた。

「あ。あんたたちも、そうなの?」
「あ、ショタコン。ショタコンもですか?」
孝次郎こじろう。違う。ショタコンではない。村長だぞ?」

会話をする村人のもとに、一人の女性が歩み寄って来た。
どうやら、彼女が村長のようだ。
…………その割には、なんだか扱いが酷いようだが……………。

「そっかぁ。ショタコン」
「いや、だから……………」
「え?でも、この間小さい男の子を、追いかけ回しとったよ」
「あれは、鬼ごっこよ」
「え?お医者ごっこ?」
「鬼ごっこよっ!!」
「お医者ごっこぉ?」
「あなた絶対わざとでしょ!?」
「違うぞ。孝次郎こじろう。家族ごっこだ……………………大人の」
「もっと違うわよ!!」
「あぁ。成る程」
「あなたも納得しないで!!」
「あ、じゃあ、あの人はどう?」

村人のうち一人、孝次郎こじろうが、金魚売りを指差す。

「えー。あの人?大人だから、好かないなぁ。もっと年下の子が…………」
「やっぱショタコンだべ」

孝次郎こじろうと、英之助えいのすけが同時に突っ込む。

「ばっ、違うし!!」
「ショタコンが現れた。どうする?」
「こまんど。逃げる」
孝次郎こじろうと、英之助えいのすけは逃げ出した!」
「ってことで、さらば!!」
「さばら!!」
「ばさら!!」
「ばさらってどんな意味ー?」
「それは、あるぷすの山に聞いてくれ」
「それって日本あるぷすでもいいのん?」
「知らん」
「あ、ちょっと、待ちなさいっ!!」

孝次郎こじろうと、英之助えいのすけは、ぴゅーっ、と村長から逃げ出した。
そのあとを、村長が鬼の形相で追いかけて行く。





見なかったことにしよう。
金魚売りは、何もなかったかのように、その場を後にした。




その夜。
金魚売りは、宿屋に泊まることにした。
「こんなに格好いい兄ちゃんなら、なんぼでも泊まってっていいべ!!」
「………ありがとうございます」


布団を敷き、眠りにつく。
部屋のすみにちん、と座している華が、障子の隙間から入り込んでくる月光に照らされて、きらきらと光っている。
金魚売りは、布団に入り込むと、すぐさま目を閉じた。










とすとすとす…………
「んぅ……………?」
真夜中、頭のすぐそばを走る足音で、金魚売りは、ふと目を覚ました。
……………寝ていたのに……………。
なんだろうか。と、思い、足音が聞こえたほうへ顔を向ける。
鼠か?いや、もっと大きいなにかだ。
月光に照らされ、ぼんやりと浮かび上がる足音の主は
「にゃ………………」
なんと、三毛猫だった。
「………………………」
「………………………」
両者とも、無言で見つめあう。



「みーたーにゃー…………………」
先に動いたのは、猫だった。
低く人の言葉を言うと、猫の体から、ぶわり、と黒い煙がたちあがる。
「みーたーにゃあぁぁぁぁっ!!」
ぐわぁっ。と牙を剥くと、両手で持てる程の猫の体が、ぐぁん。と大きくなった。
熊程の、いや、それよりも大きくなっていく。
金魚売りは、側に置いてあった刀を手に取った。
「ころす、ころすころすころすにゃ。おまえなんか、くいちぎってやるにゃあっ!!」
ぶわぁ。と更にたちあがってくる黒い煙。
ぐわっ、と猫が牙を剥き、金魚売りに襲いかかってきた。
素早く避けようとするが、残念なことに、この部屋はそんなに広くはない。
夜で、あまりよく見えなかったのも合わさり、ずばっ、と、巨大な爪で、着物を少し、引っ掛かれてしまった。
「くっ……………」
「ふしゃぁーっ!!!!」
ひらり、と畳の上に着地する猫。
しかし、
がぢゃん!!
着地を誤ったのか、花瓶に激突してしまった。
びしゃり、と水が猫に降り注ぐ。
「にゃあああんっ」
それに飛ぶほど驚いた猫は、尻尾の毛をぶわり、と逆立て、ぴゅっ、と逃げていった。
「どうしたんだべ!?」
がっ、と襖を開け、宿の人がやってきた。
割れた花瓶の音に、驚いたのだろう。
「いえ、何もありません………………。あの」
「うん?」
「替えの着物、ありますか?」
細く破られた着物に目を向けながら、金魚売りはそう尋ねた。






 
「…………あの」
「なんだべ?兄ちゃん」
「…………着替えにくいのですが……………」
宿の人は、金魚売りに替えの着物を渡したあと、部屋を出るわけでもなく、金魚売りの着替えシーンをじぃっ、と穴を空くほど見ている。
「まぁ。いいじゃんかぁ」
良くない。


出ていく雰囲気がないので、仕方無く、破れた着物を脱ぎ始めた。
「……………兄ちゃん。本当に兄ちゃんだべか?」
「はい?」
「いんや、だって………………どう見ても男の肌色じゃないべ」
確かに、金魚売りの透きに透き通っている白い肌。
雪のように、いや、それ以上に白い。
女子おなごのように白い肌、間違われたことも、少なくはない。





「……………あ」
ふと、金魚売りが、熟れた林檎のように赤い唇から、声を漏らした。
「どうしたべ?兄ちゃん。あ、もしかして、着物があわなかったとか?」

そんなことはなかった。
藤色に染められた替えの着物は、サイズも色も、金魚売りによく似合っている。






「あの、この村は、猫に何かの因縁が、あるのですか?」
「うえっ!?な、何をとっ、とととと突然言い出すんだべ!?そそそそんなこと、全くないべ!?」
宿の人が、ぶんぶんと首を左右に振る。

嘘だな。
と、一発でわかった。

顔にかいた汗。
左右に揺れる目。

どうもこの人は、嘘が下手らしい。

「…………………………」
「う、その、えっと………………。わかった!話す、話すから!!」
じっ、と金魚売りが宿の人を見つめていると、宿の人が折れた。
金魚売りの、切れ長い、美しい闇のような目に見つめられては、確かに嘘をつけなくなってしまう。
宿の人は、ぽつ、ぽつりと話し始めた。







あれは、何年か前のことだった。
この村に、とある一匹の猫がやって来た。
黒い毛に、頭から尻尾の付け根にかけての茶色の一直線模様。
ぴんと立った耳に、春空のような青い目。
綺麗な毛並みを見ると、どうやら飼い猫らしい。
村人は、皆その猫を可愛がった。
「ずんだ」と名前までつけて。


この年は、何十年ぶりかの、冷夏であった。
気温が上がらず、作物が育たない。
これでは、年貢を納めることもままならない。
仮に、無事納めることが出来ても、村人たちの食べる分がなくなってしまう。
どんなに祈っても、気温は上がることを知らない。
誰もが途方にくれた。


そんな中。
誰かが言った。
「ずんだのせいだ」
無論、そんなことあるはずがない。

しかし、
「そうだ」
「きっとそうだ」
と、皆言った。

「にゃあ」
ずんだは戸惑った。
昨日まで優しかった村人が、豹変したからである。
鳴いてすり寄れば、頭を撫でてくれた手。
それが、今日はどうだろうか。
その手は石を掴み、投げてくる。
「にゃあっ」
ずんだは逃げた。
幸い、石がずんだに当たることはなかった。


なんで?
それが、ずんだの思いだった。

なんでそんなことするの?
いくら問いかけても、答えが返ってくることはなかった。

「にゃあ……………」
どこへ行っても、村人は皆、石を投げてくる。
棒切れを振ってくる。



ずんだの居場所は、どこにもなかった。





「にゃあっ」
そんな日が何日も続いた。


ある日、
「にゃあっ!!」
村人が投げた石が、ずんだに当たった。
村人が降った棒切れが、ずんだに当たった。





ずんだは、地面に体を横たえながら、ずっと、何度も、同じことを思っていた。

なんで?なんで?
なんで、そんなことするの?
なんで、いしをなげてくるの?
なんで、ぼうをふってくるの?
ずんだ、なにかわるいことしたの?
なんで?
ねぇ、なんで?

なんでなんでなんでなんでなんでなんで?
ゆるさない。
ゆるさない。
ゆるさない。
なにもしてないのに。
ずんだ、なにもしてないのに。
なにもしてないのに、ずんだをころして。
ひどい。
ひどいよ。
どうして、ずんだをころしたの?
うらぎったの?
ひどいよ。
うらぎって。
ゆるさない。

ころす。
ころすころすころすころすころすころす。




ずんだの体から、真っ黒な煙が立ち上った。










「……………今思えば、酷いことしてしまったべ……………」
宿の人は、しゅん、と肩を落とした。
「ずんだのせいじゃないって、そんなこと、わかってたんだべ」
「………………………」
「ごめんな、ずんだ。ごめん…………………」
宿の人の肩が震える。
透明な水が、畳に染みをつけた。
「今さら謝っても、遅いけども………………。遅いって、わかってるけど…………………」
「…………………………」
「ごめん、ずんだ。ごめんなぁ……………………」
ぐずん、ぐずんと宿の人は鼻をすすった。



「おそいにゃ」
そんな声が聞こえた。
「わかってるにゃら、なんで、したにゃ?なんで、いしをなげたにゃ?」
宿の人は、ぼろぼろと涙で濡れる顔を上げた。
目線は、金魚売りの後ろに向かっている。
どうやら、後ろに、ずんだがいるようだ。
金魚売りが後ろを見ると、確かにいた。
黒い毛に、頭から尻尾の付け根にかけての茶色の一直線模様。
ぴんと立った耳に、春空のような青い目。
ずんだであった。
姿は、熊のよりも大きい。
「ゆるさないにゃ………………。みんな、みんなひどいにゃ………………」
ずんだから、黒い煙が立ち上がる。
「ふしっ、ふしぃ……………。ふしゃあ………………」
目一杯まで裂ける口から、鋭い犬歯がちらちら覗く。
「ずんだ……………………ごめん」
「ふしゃあああああああぁっ!!!!」
ずんだが動いた。
宿の人に向かって、大きく鋭い爪を伸ばす。




金魚売りは、


斬ッ

と、瞬時に手に取った刀で、
ずんだの
『裏切られた怨み』を斬ッと断ち斬る。


「ふっ、しゃあ、ぁ………………」
ずんだの鋭い爪は、宿の人に届かなかった。
「ずんだ。ごめん、ごめん、ごめん…………………………」
宿の人が、嗚咽する中、どこからか
「にゃあ」
と猫の鳴き声が聞こえた。







金魚売りは、宿を出た。
替えの、藤色の着物を着て。
ちりちりちり。
かろかろかろ。


「やぁ、孝次郎こじろう
「殺すだけじゃ物足りないぐらいの笑顔をありがとうっ」
「痛いっ。髪引っ張らないで!?禿げるっ」
「禿げれば良いじゃないか。ところで、英之助えいのすけよ」
「髪引っ張ったまま話さないで!?」
「チッ。朗報があるんだ」
「舌打ちしたなお前……………」
「畑が荒らされなくなった」
「それは奇遇だねっ。うちの畑もだよっ」
「三年以内といわず、三秒以内に呪い殺したろか」
「あ、あんたたちもなの?荒らされなくなったの」
「出たっ。ショタコンだっ」
「誰がショタコンよ!!」






ちりちりちり。
かろかろかろ。
金魚売りは、金魚を売るため歩きます。
かたかたかた。
次はどこへ行きましょうか。
それは金魚売り次第です。
とりあえず、今日はここまで。
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