あやかしぃ

三憑 夜式

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金魚売りと人形

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江戸






夏の暑い日差しが降り注ぐ。
みぃーんみぃーんと、蝉の声。
じくじくと、鳴き鳴き鳴き。
わいわいと、賑やかな町中。
金魚売りはあるいていた。
金魚鉢のある木箱を背負いながら。
木箱についている鈴が、歩く度にちりちりとなる。
「………金魚、金魚ぉ」
男にしては長い、墨を流したような真っ黒な髪を結っている。
真っ直ぐに切られた前髪から、涼やかな切れ長の目が覗く。
目の縁は、赤い紅に彩られている。
戦化粧である。
長い睫毛に包まれたどこまでも黒い瞳。
すっ。と通った鼻筋。
日焼けを知らない白い肌が、淡い着物と合っているようだ。
紅をさした赤い唇は、金魚、金魚と言葉を吐く。
一言でいうと、美人であった。
かろっ、かろっ、と下駄がなる。
「そこの、金魚売りさん」
「はい」
「金魚を二匹、頂戴」
がたり、と木箱を道端に下ろす。
真っ赤な金魚を二匹、金魚鉢から取り出し、小さな木箱に、水と共に移す。
「はい。どうぞ」
「ありがとうよ」
「二十文です」
「はいよ」
ちゃりちゃり、と渡される銭を受け取る。
金魚を買った男性は、上機嫌で去っていった。



「ふぅ」
甘味屋の席にどさり、と腰を下ろす。
さすがに、この暑さの中、傘無しに歩き続けるのは辛い。
金魚売りの真っ白い肌に、汗がじんわりと浮かぶ。
「あ、茶と団子を一つ」
「かしこまりました」
「ふぅ」
懐から手拭いを取り出し、汗を拭く。
店の軒先に吊り下げられている風鈴は、ちりんとも言わない。
「お任せいたしました」
「ありがとう」
早速、運ばれてきた団子を口に含む。
美味しい。
茶を傾けると、氷が涼しげにからり、と鳴った。
きんきんに冷えた茶が、喉を通り抜ける。
「………ふぅ」
ほぅ、と一息、息を吐いた。




「金魚、金魚ぉ………」
かろっ、かろっ、とまた町を歩き出す。
ちりちり、と鈴が鳴る。
「おかあちゃん、おかあちゃん。見て、見て」
子供が、金魚売りを指差す。
「金魚さんが、真っ赤なおべべを着ているよ。みおと同じだね」
「本当ね。みおと同じね」
親子連れのようだ。
「……真っ赤な金魚。いるかい?」
「金魚さん、金魚さん!!」
にこり、と微笑みながら、親子連れに近寄る。
「おかあちゃん。みお、この金魚さん欲しいっ!!」
「そうね、可愛いし。金魚売りさん。一匹下さい」
「はい。十文です」
とびきり真っ赤な金魚を、小さな木箱に水と一緒にいれた。
それを、女の子に渡す。
「ありがとう、金魚売りさんっ!!」
パァッ、と女の子の顔が明るくなる。
「良かったわね。みお。………あ、そうだ」
ちゃり、と渡される銭を受け取ると、母親が声を上げた。
「金魚売りさん。うちに寄って行きません?金魚のお礼です」
「わぁ、金魚売りさん、みおの家に来てくれるの?」
「え………?」
親子二人から提案され、口から声が漏れる。
「家が、結構近いんですよ」
「金魚売りさん、行こっ!!」
女の子に、金魚が入った木箱と反対の手で引っ張られる。
金魚売りは、もうどうにでもなれ。と、親子二人についていった。





「これがね、なでしこちゃん。こっちは、すみれちゃんなの」
女の子、みおは、綺麗な着物を着た人形を、金魚売りに紹介している。
桃色の着物を着たのが、なでしこちゃん。
紫色の着物を着たのが、すみれちゃん。
「ほら、なでしこちゃん、すみれちゃん。金魚売りさんに、ごあいさつして。こんにちは」
「こんにちは」
金魚たちは、縁側の日陰ですいすいと泳いでいる。
この親子二人の家は、とても大きかった。
長い歴史のある家らしい。
なんでも、鎌倉時代らへんに建てられた家だとか………。
「こら、みお、いい加減にしなさい」
「はーい」
「すいません。あのような娘で」
どうぞ。と、茶を置かれる。
ありがとうございます。と礼を言い、茶を啜った。
「ねーねー。この金魚さんに、べべちゃんって名前をつけたのー!!」
「へぇ。そうなの」
みおは、金魚の入った木箱を持ってくるくると、はしゃいでいる。
「こら、止めなさい。危ないわよ」
「わっ!!」
母親が止めるが、どうやら遅かったようだ。
みおは、足を滑らせてしまった。
木箱が宙を舞い、ばしゃりと水が跳ねる。
びしゃっ、と水が金魚売りにかかってしまった。
「こ、こらっ。みお!!」
「あ、あう。金魚売りさん。ごめんなさい………」
金魚は、見事、近くに置いてあった、水が入っている茶飲みにホールイン。
平然と、すいすいと泳いでいる。
茶飲みがあって幸いだった。
「す、すいません。今すぐ手拭いを持って来ますので………」
母親はバタバタと部屋を出ていった。
「ご、ごめんなさい。金魚売りさん。ごめんなさい………」
「大丈夫ですよ」
今にも泣きそうなみおに、笑顔で答えるも、濡れた着物はどうしようもない。
「金魚売りさん、これ、使って」
すると、すっ、と青い手拭いが差し出された。
「あぁ、ありがとう」
その手拭いを掴もうとして、ふっ、と止めた。
………この子は、誰だ?
手拭いを差し出してきた子は、おかっぱ頭に、黒く、くりくりとした目に、青い着物を着た女の子だった。
「どうぞ」
「……ありがとう」
青い手拭いを受け取り、着物を拭く。
吹き終わったあと、もう一度礼を言おうと、女の子を見ると、
「………」
女の子は、何処へ行ったのか。
その姿はなかった。
「す、すいません。今、手拭いを持ってき………あら」
手拭いを手にした母親が首を傾げる。
そりゃあ、そうだ。
濡れた着物を拭くために持ってきたのに、その濡れた着物は、もうすっかり乾いているのだから。




「ただいま……………おや?」
そのあと、みおと人形を使って遊んだ。
遊んで欲しい。
と、駄々をこねられたのだ。
そうしているうちに、父親が帰ってきた。
自分の娘と遊んでいる、見ず知らずの金魚売りに、目を丸くする。
「おとうちゃん。おかえりなさい!!この人はね、金魚売りさんだよ」
「そうかい。金魚売りさん、またこの娘がご迷惑を………」
「いえいえ、大丈夫です」
金魚売りがそう答えた時。
ドガンッ!!
と、家が揺れ動いた。
ぐらり、とバランスが崩れる。
「きゃっ!!」
「うわっ」
「っ!?」
が、それも一瞬で、次には、揺れが収まっていた。
きゃっ、きゃっ。
トタトタトタ…………。
子供の笑い声と、走る音。
家の中に響く。
「またか」
「また、ですか?」
ぼそり、と呟いた父親の言葉に反応する。
「えぇ。よくあるんですよ」
「そうですか」
きゃっ、きゃっ。
うふふ。
トタトタトタ…………。
「ききょうちゃん、ききょうちゃんっ!!」
みおは、子供の声を聞くと、バッと立ち上り、襖をがらりと開け、部屋を出ていった。
みお!?」
それに続いて、母親も出ていく。
「お、お前!?みお!?………全く、すいません。すぐ、連れ戻します」
父親も、母親と娘を追い、部屋を出ていった。
ポツン、と金魚売り一人取り残される。
「みおちゃん………」
一人の部屋の中で聞こえる、女の子の声。
バッ、と聞こえた方へ振り向くと、女の子が立っていた。
先程、手拭いをくれた、青い着物を着た女の子だった。
「あなたは………?」
「わたし?わたしは、桔梗」
すっ、と透き通る声で答える。
みおが言っていた、ききょうちゃんだろうか。
「ききょうちゃんっ!!」
ガラリ、と背後の襖が開けられた。
そこにいたのは、みおだった。
家の中を一周したのだろうか。
息を荒くしている。
「みおちゃん………」
「ききょうちゃんっ!!」
すっ、と女の子、桔梗が、金魚売りの横を通りすぎる。
その瞬間
「…………?」
ふわり、と漂う、怪しの香り。
この子は、怪しか………?
みおっ」
母親と、父親も家を一周して帰ってきた。
「おかあちゃん、おとうちゃん。ききょうちゃんが、ききょうちゃんがいるよっ」
みおは、嬉々として言うが、親二人は、顔を真っ青にしている。
「ききょうちゃん…………。あの、お人形さんのこと?」
みお、何を言っているんだい?ききょうちゃんは………」
「黙れっ!!!!」
途端、桔梗が大声で叫ぶ。
「ききょうちゃん……?」
「黙れ、黙れ黙れ黙れっ!!お前らが、お前らがお前らお前らががあぁぁ………」
「き、ききょうちゃん、どうしたの?」
「五月蝿いっ!!」
「ヒッ………」
桔梗に近づこうとしていたみおがたじろぐ。
金魚売りは、その一瞬で、みおを、自分の背の後ろに隠した。
腰にある刀に、手を触れる。
「お前らが、お前らが、お前らが…………」
桔梗の黒い目が、ギラギラと血走る。
桔梗の、さして長くもない髪が逆立つ。
「き、ききょうちゃん………」
「う、う、ううぅ………」
今度は、じくじくと、涙を流し始めた。
「お前らが、お前らがわたしを、わたしを捨てた、捨てた、捨てたせいでぇぇ…………」
髪が逆立ちながらも、血走った目から涙が流れ落ちる。
「捨てた?ききょうちゃん、捨てられたの?おかあちゃん、どういうこと……?」
みおが、親二人に問いかける。
「み、みお、ききょうちゃんはね、捨てたんじゃない。よその子に、あげたんだよ………」
「わたしは、わたしは、みおちゃんの側にいたかった………なのに、なのにいぃ………」
キッ、と血走った目で親二人を睨みつける。
「お前らのせいで、お前らのせいでえぇぇぇ」
「ひっ………」
母親と父親も、思わず後ずさる。
「みおちゃん、これで、また遊べるね………」
くるり、と桔梗がこちらを向いた。
みおが、体を強張らせるのがわかった。
「みおちゃん、みおちゃん」
すすす、とこちらに歩み寄ってくる桔梗。
金魚売りは、手にかけていた刀を、すっ、と引き抜いた。
すらりとした刀を、桔梗に向ける。
「邪魔。金魚売り、邪魔。手拭いを貸してあげたじゃない。どいてよ」
「退くわけには、いかぬ」
「どうして?どうしてよ。わたしは、みおちゃんと、遊びたいのに………」
また、桔梗がぽろぽろと涙を流す。
仲の良い人と、遊びたい気持ちはわかる。
だが、怪しと人が、一緒に遊べるわけがないのだ。
もとは、種族が違う者同士。
このように、言葉を交わすことすらも、できない。
「だが」
「………?」
「だが、お前が、もとの人形に戻れば、また、遊べる」
その金魚売りの言葉で、桔梗の涙が止まった。
「遊べるの?わたし、みおちゃんと遊べるの?」
「もとの人形に戻れば、の話だが」
「わたし、また、みおちゃんと遊びたい」
「そうか」
すっ、と、刀を構える。
「金魚売りさん、何をするの?」
みおが問いかけてきた。
今にも、目にためられた涙が、零れ落ちそうだ。
「桔梗と、また遊べるようにする」
「本当!?」
「あぁ」
構えた刀で、桔梗の『持ち主と遊べなくなった怨み』を斬ッ、と断ち斬る。
ぽとり、と畳の上に、おかっぱの、青い着物を着た、女の子の人形が落ちた。





「ごめんね。みお、お人形、もう誰にもあげないからね。このお人形は、みおのものだからね」
「うん。ききょうちゃん、これからは、いっぱい遊ぼうね」
「ありがとうございました。金魚売りさん」
あれから、親二人は、勝手によその子に人形をあげたことを後悔したようだ。
みおに抱き締められている桔梗は、心なしか、嬉しそうに見えた。
「金魚売りさん、べべちゃん、大切にするね」
「金魚も、喜ぶろうねぇ」
親子三人に見守られながら、金魚売りは、家をあとにした。







また、金魚売りは、町を歩き始めました。
ちりちりと鳴る鈴。
かたかたと鳴る刀。
歩く度に、かろかろと。
赤い金魚は、涼やかに泳いでいます。
だんだんと、茜色から、黒が差してきました。
夜が始まります。
とりあえず、今日はここまで。
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