Avaloncity Stories(掌編集)

明智紫苑

文字の大きさ
上 下
4 / 25

薤露行 ―田横―

しおりを挟む
「皇帝は、私の顔を見たいだけなのだ」
 彼は、自分の従者としてついて来た二人の食客に語った。
「平和のために」命を絶つ。なぜなら、自分たちの存在が戦乱の世を再び呼ぶ事になりかねないからだ。
「犠牲は私一人で十分。他の者たちを巻き添えにはしたくない」
「天下のために」、この世を捨てよう。彼の決意は堅かった。かつての大国の末裔、そして最後の「王」としての誇りだけではない。天下万民のため、私は死のう。
 彼は自らの首を切り落とし、従者たちに洛陽の街に届けさせた。

「この者は『賢』なり」
 皇帝は彼のために涙を流し、かつて彼が身をひそめていた島の者たちのもとに使者を送った。しかし、島の者たちは皇帝の降伏勧告を拒み、自ら死を選んだ。
「王」として葬られた主を看取った者たちもまた、主に殉じた。
 かの「国士無双」がファウスト博士ならば、それに対する彼はアーサー王だった。
 彼はさらに言い残した。

「もう『海の子』たちを陸に揚げてはならぬ」

 海の子。母なる海から産まれる、健やかな子供たち。海の活力から生み出される彼らは「陸の子」以上に優れた資質の者が多かったが、彼らと「陸の子」との間に産まれた子供たちもまた、優れた資質を持っていた。
 彼は「海の子」の血を濃く受け継ぐがゆえに、同世代の一般人たちより若々しかった。しかし、その優れた資質が凡庸な人間たちにねたまれていたのも事実だ。
 そして、「海の子」の誕生は祖先・田常の時代に比べてかなり減っていた。「陸の子」と「海の子」の混血はかなり進んでいたが、それでも「海の子」を警戒する者たちは少なからずいた。
 人生は朝露の如し。
 夏目漱石の小説『薤露行かいろこう』のタイトルは彼を弔う挽歌に由来するが、果たして暗に漱石は「人間的に弱い」韓信とランスロットを同類視していたのだろうか?

 メフィストフェレスの魔の手が届かない英傑、その名は田横でんおう
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...