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女神の侵食 ―『緋色の果実とファウストの聖杯』断片―
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「ふふっ、愛い奴よ」
女は男を組み敷き、のしかかる。互いに一糸まとわぬ姿、男は四肢に赤い絹のような長い布を巻きつけられ、大の字にされ床に縛り付けられている。
常人離れした美貌の女は、真紅の瞳を輝かせ、艶やかに微笑む。髪も肌も白い女神は、哀れな犠牲者を貪る。
「果心」
女は男の名を呼ぶ。果心と呼ばれた男は、精悍で端正な顔立ちと筋骨たくましい長躯を持っている。しかし、今のこの偉丈夫は借りてきた猫よりも弱い。
「お前は枯れぬ泉を持っている。ただの人の子では味わえぬ」
果心は喘ぐ。苦痛と快楽の化合物により、意識がぼやけていく。
「イシュ…タル…」
「マル…いや、久秀があの娘と共に寵愛していただけの事はあるな。まあ、お前と久秀はそういう関係ではなかったがな」
当たり前だ。果心はぼやける意識の中、毒づく。あいつは童の頃の屈辱のせいでそのような事を嫌っていたのだし、小姓などの部下たちにも無体な事はしなかったのだから。
女神は豊満な肉体美を誇示し、勝ち誇る。果心は女神に精気を吸い上げられていく。
「やめなさい!」
女神は突然の清冽な声に振り向く。そこには、一人の若い女がいた。
黒く真っ直ぐに長い髪をなびかせ、白い女神をにらみつける。可憐にして毅然とした顔立ち、引き締まった肢体、女神と同じく白い肌。その目は怒りに燃えている。
「待っていたぞ、緋奈」
女神…イシュタルは艶やかに微笑む。
「イシュタル、果心様を離しなさい!」
イシュタルは果心の身体から離れぬまま、緋奈の目を見つめる。
「ふっ、愛らしいな。あの男が寵愛しただけの事はある」
緋奈の両の握り拳を電流が囲む。その電撃から逃れられる者はほとんどいない。
「まあ、良い。少しは遊んでやろう」
イシュタルは果心の身体から離れ、一糸まとわぬ姿のまま緋奈と向き合う。
緋奈はイシュタルに殴りかかる。イシュタルは軽く拳をかわす。
「アガルタの精霊とはいえ、元は人の子。この私に本気で勝てるとでも思うか?」
「黙れ!」
緋奈は電撃を放つ。しかし、そこに女神はいない。
「こっちだ、緋奈」
イシュタルは窓辺に腰掛けている。
「おのれ!」
緋奈はさらに電撃を繰り出す。しかし、女神はそれらをことごとく弾き返す。緋奈は直接イシュタルに殴りかかり、体当りし、蹴り上げようとするが、女神は軽々とかわす。
「やれやれ」
女神はため息をつく。
「もう、どうでも良くなった。さらばだ」
「あっ…!」
女神は光の球になり、飛び去った。
「義母上!」
「伯母上?」
「姉さん!」
二人の男たちと一人の女が部屋に駆け込む。
「父上は無事か?」
「かなり力を奪われているぞ!」
緋奈は窓辺から戻り、昏睡中の果心のそばにひざまずく。
「果心様…」
なめらかで愛らしい白い手を男の額に寄せる。悪夢による汗がにじむ。男を縛り付けていたものは、女神と共に消え失せていた。
「因心殿、久毅。果心様をお願い」
緋奈は義妹緋月と共に部屋を出た。
「兄者、伯父上はあの女に力を搾り取られた」
久毅と呼ばれる男は、兄者、もしくは因心と呼ばれる男に言う。因心は答える。
「うむ、やはりアガルタに連れて行こう。父上を回復させられるところはあそこしかないのだからな」
「弾正様の忠告通り、あの女は危険人物ね」
緋奈は緋月に語る。義妹緋月。彼女は義姉緋奈と瓜二つの美貌の女だが、互いに血のつながりはない。
「黎明の子、第六天魔王、大淫婦バビロン。それがあの最強の女神、イシュタル。私たちにとっては最大の敵よ」
夜明けが近づく。緋奈は明けの明星をにらむ。
「あの女は総長シャマシュ公の妹。だけど、私たちはあの女とは相容れない」
緋月は答える。
「あのお方は私たちの敵だとは限らないでしょう」
緋奈は反論する。
「あの女は果心様をいたぶって辱めた。私はそれだけでも許せない」
涙が頬を濡らす。
「今の私たちはまだまだ修行中。本来ならば私はまだ果心様とは再会出来ないはずだった」
緋奈と緋月は、まだ人気のない街を歩く。どこかから鶏の鳴き声が聞こえる。
「私たちが一人前になるには、もう少し時間がかかるわ。それまでは…あの人には逢えない」
緋奈の目から滴り落ちた涙はすっかり乾いていた。日が昇る。
「さあ、行きましょう。緋月」
「はい、姉さん」
緋月は微笑む。この頼もしい義妹は、緋奈がかつて愛したもう一人の男の義弟のようだった。そして、他ならぬ緋奈自身がかつてのもう一人の恋人のようであった。
彼は死後もなお、彼女に寄り添い、助言をする。何度となく、彼女は彼に助けられていた。
二人の仙女たちは、新たな試練を求めて街を出た。
女は男を組み敷き、のしかかる。互いに一糸まとわぬ姿、男は四肢に赤い絹のような長い布を巻きつけられ、大の字にされ床に縛り付けられている。
常人離れした美貌の女は、真紅の瞳を輝かせ、艶やかに微笑む。髪も肌も白い女神は、哀れな犠牲者を貪る。
「果心」
女は男の名を呼ぶ。果心と呼ばれた男は、精悍で端正な顔立ちと筋骨たくましい長躯を持っている。しかし、今のこの偉丈夫は借りてきた猫よりも弱い。
「お前は枯れぬ泉を持っている。ただの人の子では味わえぬ」
果心は喘ぐ。苦痛と快楽の化合物により、意識がぼやけていく。
「イシュ…タル…」
「マル…いや、久秀があの娘と共に寵愛していただけの事はあるな。まあ、お前と久秀はそういう関係ではなかったがな」
当たり前だ。果心はぼやける意識の中、毒づく。あいつは童の頃の屈辱のせいでそのような事を嫌っていたのだし、小姓などの部下たちにも無体な事はしなかったのだから。
女神は豊満な肉体美を誇示し、勝ち誇る。果心は女神に精気を吸い上げられていく。
「やめなさい!」
女神は突然の清冽な声に振り向く。そこには、一人の若い女がいた。
黒く真っ直ぐに長い髪をなびかせ、白い女神をにらみつける。可憐にして毅然とした顔立ち、引き締まった肢体、女神と同じく白い肌。その目は怒りに燃えている。
「待っていたぞ、緋奈」
女神…イシュタルは艶やかに微笑む。
「イシュタル、果心様を離しなさい!」
イシュタルは果心の身体から離れぬまま、緋奈の目を見つめる。
「ふっ、愛らしいな。あの男が寵愛しただけの事はある」
緋奈の両の握り拳を電流が囲む。その電撃から逃れられる者はほとんどいない。
「まあ、良い。少しは遊んでやろう」
イシュタルは果心の身体から離れ、一糸まとわぬ姿のまま緋奈と向き合う。
緋奈はイシュタルに殴りかかる。イシュタルは軽く拳をかわす。
「アガルタの精霊とはいえ、元は人の子。この私に本気で勝てるとでも思うか?」
「黙れ!」
緋奈は電撃を放つ。しかし、そこに女神はいない。
「こっちだ、緋奈」
イシュタルは窓辺に腰掛けている。
「おのれ!」
緋奈はさらに電撃を繰り出す。しかし、女神はそれらをことごとく弾き返す。緋奈は直接イシュタルに殴りかかり、体当りし、蹴り上げようとするが、女神は軽々とかわす。
「やれやれ」
女神はため息をつく。
「もう、どうでも良くなった。さらばだ」
「あっ…!」
女神は光の球になり、飛び去った。
「義母上!」
「伯母上?」
「姉さん!」
二人の男たちと一人の女が部屋に駆け込む。
「父上は無事か?」
「かなり力を奪われているぞ!」
緋奈は窓辺から戻り、昏睡中の果心のそばにひざまずく。
「果心様…」
なめらかで愛らしい白い手を男の額に寄せる。悪夢による汗がにじむ。男を縛り付けていたものは、女神と共に消え失せていた。
「因心殿、久毅。果心様をお願い」
緋奈は義妹緋月と共に部屋を出た。
「兄者、伯父上はあの女に力を搾り取られた」
久毅と呼ばれる男は、兄者、もしくは因心と呼ばれる男に言う。因心は答える。
「うむ、やはりアガルタに連れて行こう。父上を回復させられるところはあそこしかないのだからな」
「弾正様の忠告通り、あの女は危険人物ね」
緋奈は緋月に語る。義妹緋月。彼女は義姉緋奈と瓜二つの美貌の女だが、互いに血のつながりはない。
「黎明の子、第六天魔王、大淫婦バビロン。それがあの最強の女神、イシュタル。私たちにとっては最大の敵よ」
夜明けが近づく。緋奈は明けの明星をにらむ。
「あの女は総長シャマシュ公の妹。だけど、私たちはあの女とは相容れない」
緋月は答える。
「あのお方は私たちの敵だとは限らないでしょう」
緋奈は反論する。
「あの女は果心様をいたぶって辱めた。私はそれだけでも許せない」
涙が頬を濡らす。
「今の私たちはまだまだ修行中。本来ならば私はまだ果心様とは再会出来ないはずだった」
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「私たちが一人前になるには、もう少し時間がかかるわ。それまでは…あの人には逢えない」
緋奈の目から滴り落ちた涙はすっかり乾いていた。日が昇る。
「さあ、行きましょう。緋月」
「はい、姉さん」
緋月は微笑む。この頼もしい義妹は、緋奈がかつて愛したもう一人の男の義弟のようだった。そして、他ならぬ緋奈自身がかつてのもう一人の恋人のようであった。
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