18 / 25
堺の街の陶朱公 ―『緋色の果実とファウストの聖杯』断片―
しおりを挟む
私は今、堺の街にいる。
松永少伯、それが今の私の名前だ。我が妻もこの国の美女にちなんで「小町」と名乗っている。我らはすっかりこの国に馴染んでいる。
我らはこの街で商人として、様々な者たちと交流がある。幕府要人や、他の商人たち、公家や武家など、頻繁に出入りがある。この国の人間だけではない。大陸や半島や、その他の国々の者たちも出入りする。中にはアガルタの者たちもいる。
まあ、我らは今のところはアガルタには行く事もない。呂尚先生やカエムワセト殿下からも、特別な連絡はない。しばらくは、ここを動く必要はないだろう。
果心はまだ、私がこの国にいるのを知らないが、今はまだ会う必要はない。いずれは会うだろうが、こちらから動く必要はない。その果心は、あの二人に付き従っている。
翡翠丸と瑪瑙丸。あの子たちはすでに元服して、三好家の当主に仕えている。そして、果心はあの二人と当主を守っている。
かつて、あの子たちはある寺の稚児だった。寺の僧侶たちに弄ばれた二人は、燃える寺から脱出し、私はこの二人をかくまった。そして、私は二人を養子にした。
成人した翡翠丸は、ある遊女に出会い、果心や遊女の兄からの協力で彼女を身請けして妻にした。二人は仲睦まじい夫婦だったが、少女時代の彼女を弄んだ継父が翡翠丸と争い、翡翠丸はこの男を返り討ちにした。自分の夫を舅殺しにしてしまった女房は、悩みに悩んで自害してしまったが、彼女は翡翠丸の子を孕んでいた。妻と子を一度に亡くした翡翠丸は心を閉ざしていたが、妻の兄に紹介された果心に対して心を開き、今では互いに心を許す友となっている。
かつては私の宿敵だった友、伍子胥も言っている。人間の男に生まれ変わるたびに愛する女を失う宿命にある四つの風の王。子胥も彼の力を受け継いでいる。その彼が再び人として現れたのだ。もちろん、彼自身は自らの正体を知らない。
果心は海岸で、海の息子として生まれた翡翠丸を保護した。そして、ある裕福な家にこの子を預けた。果心はしばしば翡翠丸に会いに行ったが、あの子が十歳になった頃に、家は賊に荒らされて家族は皆殺しにされ、翡翠丸は破戒僧どもに売り払われた。今の翡翠丸が幼い頃に果心と出会っていたのを覚えているかは分からない。そもそも、翡翠丸も瑪瑙丸も少年時代の自らについて多くは語らない。
おそらく果心は、今自分が守っている男がかつての赤ん坊と同じ者であるのを知らない。しかし、果心は懸命に翡翠丸を守っており、心の支えとなっている。まるで兄弟のように。
翡翠丸と瑪瑙丸は義兄弟だが、翡翠丸にとって果心は瑪瑙丸以上の「兄弟」だ。商鞅にはアスモダイが、ランスロットにはアーサーと子鳳がいたように、あの子には果心がいる。
今はただ、あの子を見守るだけ。「神のみぞ知る」としか言いようがない。あの子が本来の自らに目覚めるか、これは大いなる賭けだ。
松永少伯、それが今の私の名前だ。我が妻もこの国の美女にちなんで「小町」と名乗っている。我らはすっかりこの国に馴染んでいる。
我らはこの街で商人として、様々な者たちと交流がある。幕府要人や、他の商人たち、公家や武家など、頻繁に出入りがある。この国の人間だけではない。大陸や半島や、その他の国々の者たちも出入りする。中にはアガルタの者たちもいる。
まあ、我らは今のところはアガルタには行く事もない。呂尚先生やカエムワセト殿下からも、特別な連絡はない。しばらくは、ここを動く必要はないだろう。
果心はまだ、私がこの国にいるのを知らないが、今はまだ会う必要はない。いずれは会うだろうが、こちらから動く必要はない。その果心は、あの二人に付き従っている。
翡翠丸と瑪瑙丸。あの子たちはすでに元服して、三好家の当主に仕えている。そして、果心はあの二人と当主を守っている。
かつて、あの子たちはある寺の稚児だった。寺の僧侶たちに弄ばれた二人は、燃える寺から脱出し、私はこの二人をかくまった。そして、私は二人を養子にした。
成人した翡翠丸は、ある遊女に出会い、果心や遊女の兄からの協力で彼女を身請けして妻にした。二人は仲睦まじい夫婦だったが、少女時代の彼女を弄んだ継父が翡翠丸と争い、翡翠丸はこの男を返り討ちにした。自分の夫を舅殺しにしてしまった女房は、悩みに悩んで自害してしまったが、彼女は翡翠丸の子を孕んでいた。妻と子を一度に亡くした翡翠丸は心を閉ざしていたが、妻の兄に紹介された果心に対して心を開き、今では互いに心を許す友となっている。
かつては私の宿敵だった友、伍子胥も言っている。人間の男に生まれ変わるたびに愛する女を失う宿命にある四つの風の王。子胥も彼の力を受け継いでいる。その彼が再び人として現れたのだ。もちろん、彼自身は自らの正体を知らない。
果心は海岸で、海の息子として生まれた翡翠丸を保護した。そして、ある裕福な家にこの子を預けた。果心はしばしば翡翠丸に会いに行ったが、あの子が十歳になった頃に、家は賊に荒らされて家族は皆殺しにされ、翡翠丸は破戒僧どもに売り払われた。今の翡翠丸が幼い頃に果心と出会っていたのを覚えているかは分からない。そもそも、翡翠丸も瑪瑙丸も少年時代の自らについて多くは語らない。
おそらく果心は、今自分が守っている男がかつての赤ん坊と同じ者であるのを知らない。しかし、果心は懸命に翡翠丸を守っており、心の支えとなっている。まるで兄弟のように。
翡翠丸と瑪瑙丸は義兄弟だが、翡翠丸にとって果心は瑪瑙丸以上の「兄弟」だ。商鞅にはアスモダイが、ランスロットにはアーサーと子鳳がいたように、あの子には果心がいる。
今はただ、あの子を見守るだけ。「神のみぞ知る」としか言いようがない。あの子が本来の自らに目覚めるか、これは大いなる賭けだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる